4.【仲間】の理論。
少女はいつも、膝を抱えて震えていた。
朝が来るのが怖い。そう思って眠れない日々は数え切れず、親族が起きだすと同時に涙を流すのは日常だった。それほどまでに、少女は追い詰められていた。
されど彼女は、立ち向かったのだ。
親族の期待に応えて、強くなろうと精進した。罵られようとも、貶されようとも。無神経に心を折りにくる相手のために【アリナ】は努力した。
「きっと、それが私の生きる意味なのだから」
――そう、信じて。
◆
ヒガンの言葉を聞いて、アリナは目を見開いた。
「仲間、だと……?」
思いもしなかったのだ。
彼がまさか、そんな理由で自分のことを助けるなど。
されど潤んだ視界に映り込むヒガンは、真剣眼差しで剣を構えていた。そこに嘘偽りなどない。そもそも、この男に冗談が言えるとは思えなかった。
つまり、先ほどの言葉は真実であり――。
「バカな、こと……!」
アリナにとっては初めての【対等な扱い】だった。
「なにを、寝惚けたことを言っている!? 今の私たちは他でもない敵同士だろう!! それに、私には――」
――仲間など、必要ない。
そう、まるでヒガンが言いそうなことを口にしかけた。
しかしそんな彼女の言葉を遮って、冷静な口調で彼は告げる。
「やはり、子供だな――」
視線は魔物に向けたまま。
「まさしく駄々を捏ねる子供、そのものだ。自分の感情だけで行動し、状況判断を誤る。取り得る選択肢の中で最悪なものを追いかけ続ける。――非論理的だ」
一つ、ため息をついて。
「人間にはできることと、できないことがある。それはキミだけではなく、当然ながら俺にもある。得手不得手から、他者の期待に応えられないこともあるだろう。だからこそ、自分を見つめ直さなければならない。自身の限界を知り、必要とあらば他者に身を委ねる。それこそが――」
最後には、こう締めくくった。
「人間という生き物であり、仲間の必要性というものだ」――と。
あくまでも、理屈によって。
ヒガンはアリナを仲間と呼んだ理由を結論付けた。
「それは、つまり……?」
「俺は俺の興味で、キミのことを必要とした。キミはキミの事情で、俺とパーティーを組むことを求めたのだろう。そこにあるのは利害の一致であり――【契約】」
――だから今のキミは、俺にとって【かけがえのない仲間】だ。
「――――――っ!」
アリナはそれを聞いた瞬間、呼吸を止める。
そして同時に、ようやくヒガンという人物の在り方を理解した。
彼はおそらく根っからの冷酷人間ではない。どこで捻じ曲がったのかは知らないが、豊かな感情を理屈によって表現している。
そんな【リアリスト】なのだ、と。
「私は貴様――ヒガンにとって、必要な存在、なのか?」
「そう言ったつもりだが?」
なぜなら、そうでなければおかしいから。
そうでなければ、こんな穏やかな目をして話すなんて、できないから。
「………………ははっ」
涙を拭って、アリナは立ち上がった。
一度は手からこぼした剣を、再び拾い上げる。
「案外、面白い奴なんだな」
「魔物を目の前にして何を言っている? 面白いことなど一つも言っていない。俺はあくまで、当然の話をしただけだ」
「そうか、当然の話――か」
アリナの言葉に、淡々と答えるヒガン。
そんな変わらない相手の様子に、少女は満足げに頷いて決意を構えた。
「すまない、待たせたな!」
「あぁ、本当だ。魔法で動きを封じるにも、限界がある」
そしてニッと笑って、ぐっと手に力を込める。
時を同じくして魔物が咆哮を上げた。ヒガンの拘束魔法から解き放たれた強大な存在は一歩、また一歩と二人に迫ってくる。
「この強さの魔物を倒すには、ある程度の連携が必要だ。――できるか?」
「あぁ、大丈夫だ。私はヒガンの指示に従おう」
「合格だ。それでは――」
ヒガンは珍しく口角を上げて、こう宣言した。
「束の間のパーティーを始めようか」