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3.ヒガンのリアリズム。







「なぜ俺が、そのようなことに付き合わなければならない?」

「その理由はまだ話せない。だが、これは大切なことなのだ」

「大切なこと……? ――ふむ」


 アリナが薄っぺらい胸を張って口にする言葉に、俺は少しばかり思考を巡らせる。

 力を示すことを、大切なこと、と彼女は言った。それが僅かに引っかかる。つまりこの少女は、そのようにしなければならない立場にある、ということになる。

 だとすれば、こちらも確かめたいことがあった。

 それは彼女のことを観察して抱いた、一つの疑問について。


「いいだろう。ただし、この一回限りだ」

「ふ、その決断を後悔させてやるぞ!」


 だから、俺はアリナの申し出を受けた。

 そして最後にちらりと、彼女の手にした剣に描かれた紋を見る。


「――まさか、な」


 至った結論、その一つ。

 あり得ないだろうと、そうは思いながら。





 ――翌日。

 俺とアリナは一時的にパーティーを組み、クエストを受けた。

 その内容というのも、単純な魔物の討伐だ。数や種族に指定はなく、ただ魔物を倒した際に回収できる魔素の結晶を目的としたもの。


「これなら、思う存分に暴れられる!」

「言っておくが、ここにはそれなりに強い魔物が出現する。万が一ということもある。助けが必要なら、無理をせずに申告するようにしろ」

「はっ……! 貴様――ヒガンの方こそ、強気でいられるのも今のうちだぞ?」


 ダンジョンの中間層にて。

 俺たちはそんな言葉を交わしていた。

 こちらが忠告をしてやったのに、なぜか喧嘩腰な少女。しかし、それに感情を逆立てることはない。子供の挑発に乗るほど、未熟ではないからだ。

 それに、こちらはこちらで目的がある。


「話はここまでにするぞ。どうやら、現れたらしい」


 軽く受け流して、俺は前を見る。

 すると、視線の先には一体の異形がたたずんでいた。


「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 筋骨隆々な黒褐色の肌、鋭い赤の眼光。

 背には巨大な翼が生えており、爪は鉤のようになっていた。

 こいつは【デイモン】と呼ばれる悪魔族の一種。冒険者の間では、こいつを倒せるか否かが実力を測る指標ともなっている。いわば、一つの壁だった。


 手始めと言ってはアレだが、アリナの実力を見るには手ごろな相手だ。

 俺はちらりと、口角を上げる少女を見る。手に握っているのは――件の剣。


「それでは、私からいかせてもらう!!」


 それを一度、大きく振りかぶってから。

 彼女はデイモンに向かって、一直線に駆けだした。

 一瞬で間合いを詰め、悪魔の丸太のような腕を切り落とす。


「……ふむ」


 俺は顎に手を当てて、納得した。

 なるほど、挑戦的な態度を見せる理由も頷ける。デイモンに一撃を加えることも、並の冒険者であれば苦心するのだ。

 それにもかかわらず、彼女は相手に隙を与えることなくやってのけた。

 さらに続けて脚、胴体と斬り付け、最後は眼前に降りてきたその首を刎ねる。流れるような動きで、ほとんど無駄がない。


「――ふ、どうだ!!」


 自身でも会心の出来だと思ったのだろう。

 得意げにこちらを振り返り、魔素へと還る悪魔を背にした。


「あまりの手際の良さに、言葉もないだろう!」


 そして腕を組み、ふんぞり返りながら笑う。

 すでに勝ち誇っている様子なので、俺は少しだけ釘を刺すことにした。


「あぁ、たしかにな。だが――」


 少女に接近し、自身の剣を横に振り払う。


「なっ!?」

「油断しすぎ、だな」


 驚き目を見開くアリナ。

 そんな彼女の後方で、もう一体のデイモンが身体を上下に切り離され絶命した。


「な、なななななな!?」

「戦場での気の緩みは、死へと直結する。――分かったか?」

「な……助けられたわけではないからな!? 今のは少しだけ、お前の実力を見ようとしただけだからな!」

「そうだと良いがな。さて……」


 ムキになって吠える少女を尻目に、俺は周囲を確認する。

 どうやら、今ほどの戦闘が呼び水になったらしい。アリナは気づいていないが、俺たちの周りにはデイモンより大きな魔力反応が複数あった。

 ふっと息をつき、彼女に背を向ける。


「――三年振り、か」

「なに……?」


 そして、こう伝えた。



「一時的とはいえ、俺たちはパーティーを組んでいる。競い合っているとはいえ、その前提に逆らうのは非論理的、非合理的だ。――少しの間、背中を預ける」



 少女が息を呑むのが分かる。

 だが、それに答える必要はない。


「――――!」


 俺は一息に全身の魔力を放出する。

 脚に力を集中させ、まずは最も接近している魔物へと躍りかかった。





「なにが、背中を預ける――だ」


 アリナは戦慄していた。

 その理由というのは、他でもない。

 目の前で異次元の動きをする、ヒガン・ネロクラウスに対してだ。


「私のことなど、最初から眼中にないのではないか……!」


 声を震わせる。

 そうしている間にも、ヒガンは数々の魔物を屠っていく。とても目では追えない速さで。先ほどのデイモンよりも高次の魔物を、次々と……。


「くっ……!」


 少女は唇を噛んだ。あまりにも、悔しかった。

 歴然とした差を見せつけられ、足が竦む自分が情けない。しかし、そうしていると彼女に囁く声があるのだ。形なき、アリナにしか聞こえない声が。



『やはり、お前はその程度なのか』

『役立たずの恥さらし』

『無能な伝承者』



 ――瞬間。

 アリナはダンジョンの奥へと駆けだした。


「負けない、私はもう役立たずではない……!!」


 無意識のうちに涙を流しながら。

 ヒガンには何も告げずに、逃げるようにして。



「アイツよりも強力な魔物を狩れば、今回の勝負なら……!」



 ――負けには、ならない。

 その一心で少女は、さらに奥へと駆けるのだ。

 だがその無謀は当然に、彼女を窮地へと追いやる。


「ひ……!?」


 ただならぬ雰囲気。

 肌を刺すような感覚で分かる。

 目の前に現れた黒い影――その魔物は、正真正銘のバケモノだと。


「あ、あぁぁ……」


 視界が揺らぐ。

 もう、堪え切れなかった。

 ただただ、力なく少女は崩れ落ちる。



「私は、やっぱり継承者失格だ」



 そして、口を突いて出るのは諦めの言葉。

 自分はやはり、役立たずな恥さらし、なのだと。そう、思い知らされた。



「ごめんなさい、私は――」



 いよいよ目の前の魔物が、彼女に食らいつかんとする。

 だが、その時だった。



「やはり、非論理的だな」

「え……?」



 彼の声が、傍らで聞こえたのは。



「背中を預けた相手に逃げられると、こちらも困る。それに俺はスタンドプレイというものを嫌っていてな、今は三年振りに怒りを覚えている」

「どう、して……?」



 見上げると、そこにいたのは紛れもない――ヒガン・ネロクラウス。

 アリナはなぜ彼がここにいるのか、理解できなかった。

 だから、なぜと問いかける。


「なぜ助けるのか、だと? ――決まっている」


 すると、どこか小馬鹿にしたように。

 ヒガンは剣を構えて、こう少女に告げるのだった。




「仲間を見捨てる以上に、非論理的な行為はないからな」――と。



 


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