2.酒場での諍い。
「私は本気だぞ! ――貴様はどうなんだ!!」
セミロングの金髪に、透き通るような碧眼。
身に着けているのは革で出来た防具で、ヘソを出した軽装であった。機能性を取ったというよりも、貧乏のためにそれしか買えなかった、という印象が強い。
しかしながら、構えた剣だけは――。
「ふむ、あの紋章は……?」
俺はそこまで観察してから、人混みをかき分けて移動した。
その間に少女の姿は見えなかったが、どうやら野太い声の男と言い争っているらしい。互いを罵る言葉の応酬が続いていた。
そんな声を聞きながら進むこと数分。
「あん、お前は……」
「取り込み中のところ済まないな。訳あって、ここは仲裁に入らせてもらうぞ」
ようやく喧騒の原因二人のいる場所に到着した。
こちらが姿を現すとすぐに、男の方は気づいたらしい。だが少女――アリナといったか――の方は、俺を一瞥してから男に視線を戻した。
さらには、こんなことを言う。
「助太刀など不要! ――この悪漢は、私一人で十分だ!!」
「なにを言っているんだ……?」
思わずそんな声が漏れた。
なにか、大きな勘違いをしているらしい少女。
俺は彼女の言うそれを完全に無視して、男との間に割って入った。
「いやいや、オレからは何もしねぇさ。お前さんに目を付けられたくはねぇからな。今日のところは大人しく帰るとするぜ……」
そうすると途端に大柄な男性の方は冷静になる。
荷物をまとめ、飲食代を払い、そそくさと出て行ってしまった。その姿を見て声を荒らげたのは、アリナという名の少女だ。
「待て、逃げるのか!?」
どうやら頭に血が上っているらしい。
男を追いかけようとするので、俺はその細い肩を掴んで止めた。
「なにをする、貴様!!」
「理由は知らないが、この酒場での諍いはやめてもらおうか。それに相手方が矛を収めた今、キミが息巻くのは非常に非合理的だ」
「なっ……!」
そう告げると、少女はようやく周囲を見る。
そして、震える声でこう言った。
「子ども扱い、されたのだ」――と。
剣を下ろして、無念そうに。
しかし俺はその言葉を聞いて、思った。
「む……事実だろう?」
あまりに自然に、口から出ていた。
酒場が静まり返る。数秒の間を置いてから、ざわつき始めた。
「………………」
「………………」
しかし、俺たちの間の沈黙は破られない。
それでも少女の表情には、大きな変化があった。
「貴様もかあああああああああああああああああああああああ!?」
真顔から般若のような、それへと。
理由はまるで分からないが、とりあえず適当にあしらうこととした。がら空きのところ剣を奪い取って、これといって関心を持たずに語る。
「それは仕方のない事実だ。精神年齢が可視化できない以上、キミのことは子供と言わざるを得ない。おそらく先ほどの男も、同様に――」
「がああああああああああああ!? 分かっている、分かっている!! そういうことではないのだ!! 貴様は私を侮っているのか!?」
「――む。理解しているなら話は早い。それならキミの怒りがあまりに不毛であり、無益この上ないか分かるだろう。いい加減、振り上げた拳を下ろしてはどうか?」
「煽っているのか!? 私は煽られているのか!?」
「なんのことだ?」
「無自覚はやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
酒場には小一時間ほど、アリナの叫び声が響き渡っていた。
◆
「こ、ここまで暖簾に腕押しな感覚は初めてだぞ……」
「キミほど聞き分けがない子供も、珍しいと思うが」
客足も少なくなる時間帯。
俺とアリナは、並んでカウンター席に腰かけていた。
先ほどの論争は結局、決着つかず。とはいっても、こちらの指摘に少女が悶え叫んでいる、という構図のままだったわけだが。
そこまで会話を続ければ喉も渇く。
俺は店員に、アルコールの入っていない飲料を注文した。
「あ、すまない。私にはこのジュースを」
「………………」
その際に。
メニュー表を指さしながら、彼女が注文したのは最も甘みの強いもの。
思わず何かを言いそうになったが、先ほどのこともある。俺はあまりにも不毛だと結論付けて、言葉を呑み込むことにした。
「しかし、なぜにあの男はすぐ帰ったのだ……?」
そう考えていると、少女が首を傾げながらそう漏らす。
完全に独り言の域を出なかったが、それに答える者があった。
「あぁ、それはヒガンがこの街で一番の冒険者だからさ」
そのように言って現れたのは、この酒場の主であるリリーナ。
成熟した大人の女性であり、腰ほどまである黒い髪が印象的な人物だ。彼女は飲み物を差し出しながら、こちらへと視線を送ってくる。
その意図を汲み取ったらしい。
アリナは俺を観察してから、ジュースをひと啜り。そして、
「…………この、偏屈な男が?」
どこか嫌みのこもった口調でそう言った。
なぜそのように言われるのか、まるで理解ができないところだが。とりあえず、否定するのはリリーナの言葉の方だろう。
「待ってくれ、リリーナ。この街で一番は言いすぎだ」
「あら、そう? でもランクの上では、この数年でうなぎ上りじゃない。ヒガン、アンタいまどの辺りだっけ?」
「…………SSSランクだが」
「最上級じゃないのさ! 謙遜がすぎるんだよ、いつも!」
こちらの回答に、大声で笑ってみせる店主。
しかし彼女の言うことには、まだまだ反論があった。なぜならランクというものはあくまで、こなしたクエストの総量による査定に過ぎない。
実際に誰かと戦闘を行ったわけでもなく、ギルドから与えられるものなのだ。
そのため、あまりに不正確。
不安定な査定要素と、俺は考えていた。
「なるほど、な」
だが、隣の少女はどこか納得したように頷いた。
そしておもむろに立ち上がり、俺に向かってこう言うのだ。
「そうとなれば、私のやることは決まった!」
それは、あまりにも突飛。
一つも論理的な要素を感じられない提案だった。
「私と勝負をするんだ、ヒガン! ――クエストでな!!」
酒場に広がる声の波。
俺とリリーナは顔を見合わせ、首を傾げるのだった。