1.ヒガン・ネロクラウスという男。
「なるほど。この水準を保てるなら、今後は貴方からポーションを購入してもいいだろう」
「お、分かっているじゃねぇか! それじゃ、さっそく契約――」
「半年……いいや一年、だな」
「へ……?」
俺と話していたポーション屋は目を丸くした。
「少なくともそれだけの期間、この機能性を保ったポーションを作ってもらおうか。そうでなければ、貴方の店との専属契約は結べない」
「な……そんな話はねぇだろ! てめぇ、どういう了見だ!?」
「その言葉、そのままそちらに返そう」
そして俺が噛み砕いて伝えると激昂する。
だがしかし、そんな店主に俺は冷静に答えるのだ。
「俺はいま、質こそ劣るものの満足いく機能を提供する他店と契約している。この店と契約するということは、そちらとの契約を打ち切るということだ。今回は良い試作品を提供されたが、これが継続的に提供される保証はどこにもない。こちらは死と隣り合わせの職業でな、安易なことはできない。――それとも、俺が重傷を負って寝たきりになったら面倒見てくれるのか?」
感情は込めない。
そんな必要は、そもそも存在しない。
「う、ぐぅ……!?」
「……半年でいい、そのポーションを試す期間を設けないか? それがお互いのためであり、この店の評判を担保することになると思うが」
「………………」
こちらの申し出に閉口する店主。
そんな相手の様子を見て、俺はさらに提案した。
「その代わりといっては何だが、半年間は必ず使用しよう。金額は八割といったところだが支払うという条件で、だ。……どうだ?」
これは決して悪い条件ではない。
お互いのため、フェアで現実的な取引だった。
ここまで提案して初めて、この店の主も納得したらしい。
「分かった……。一流と名高いヒガンに使ってもらっているってのは、それだけで店のプラスにもなるからな。それじゃ、これで――」
「それでは、さらに細かい約定を結ぶとするか」
「まだあるのかよ!?」
俺がそう思って次の段階に進むと、なぜか驚かれた。
その理由が分からずに首を傾げていると、店主は肩を落とす。そして、こう言うのだった。
「やっぱり、噂に違わぬ『リアリスト』だよ――ヒガン・ネロクラウス」
◆
「あ、ヒガンさん! お父さんとの話、終わったんですか?」
店から出る。
するとそこで水撒きをしていた、店主の息子に声をかけられた。半袖に短いパンツを履き、エプロンを着用している。黒髪に円らな瞳をした少年だ。
俺は幼い顔立ちのそんな彼――アークを見て、小さく頷く。
「あぁ、一応はな。有意義な時間だった」
「あはは! お父さん、職人肌の人間だから交渉は難しかったでしょう?」
「いいや、理解力については一定水準と言えるだろう。優秀な息子を育て上げただけのことはある」
「そ、そんな……。お世辞でも恥ずかしいですよ!」
「む?」
あくまで客観的な知見を述べただけなのだが、アークは顔を赤くした。
理由が分からない。やはり、親子は似る部分がある、ということだろうか。俺は少しだけ首を傾げながら、しかしすぐに気持ちを切り替える。
「何はともあれ、仮契約は成立した。アークの申し出を聞いて良かった」
「いえいえ! こちらこそ感謝です!」
今回の一件は、以前のクエストで助けたアークからの相談だった。
結果的に両者のためになる、実りのある話となったわけだ。
「あの! ところで、お願いがあるんですけど……」
「それは前に話していたことか?」
――そろそろ帰ろうか。
太陽の位置を確認しつつ、そう思っていた頃合いだ。
不意にアークがモジモジとして、そんなことを口にする。俺には思い当たる節があり、それを告げた。すると少年は控えめに首を縦に振るのだ。
「――冒険者になりたい、か。俺からは推奨しない、と言ったはずだ。アークは頭が良いが、身体能力が高いわけではないからな」
だが、俺はあくまでも現実的な話をする。
この少年はどういった理由からか、冒険者稼業に憧れを抱いているらしい。明らかに合理的ではない思考に疑問が尽きないが、アークの目は本気だった。
だから俺も思いつく限りで、そんな彼を止める。
「やっぱり、ダメですよね……」
説得が効いたのか、少年は苦笑いしつつ頬を掻いた。
俺は特別に表情を崩すことな頷く。そんなこちらを見て、アークは言うのだ。
「でも、だからこそ羨ましいんです」――と。
空を見上げて大きく息をつく。
そして、まるで少女のような笑顔を浮かべながら続けた。
「ヒガンさんの隣に立つであろう、他の冒険者さんのことが……!」
一陣の風が吹き抜ける。
アークはなびく髪を手で押さえながら、目を細めた。
「他の冒険者、か……」
そんな少年に対して、俺は冷静にこう答える。
「あり得ない。俺はこれからも、ずっとソロで活動するからな」
パーティーを組む必要はない。
一人でも不便でないのなら、それは贅肉のようなものだ――と。
「それでも、ですよ?」
しかし、そんな俺の主張を聞かない様子で。
アークはまるで預言者のように、こう口にするのだった。
「ヒガンさんの隣には、誰かがいるような気がするんです」
事実であるように。
「きっといつか、そんな人と出会うのかもしれませんね」――と。
◆
帰り際に俺はギルドに立ち寄った。
理由というのも、併設している酒場で食事をするため。
「今日の日替わりは、ふむ……。この組み合わせならば、栄養バランスの観点から最良だ。しかし価格だけを考えるのであれば、必要カロリーを補うには他の選択肢もあるな。この場合は――」
そして、酒場の入り口前で品書きを見ている時だった。
不意に店の中からこんな声が聞こえたのは。
「私のことを愚弄するのか、貴様!!」
一人の少女のもの、だろうか。
どうやら、誰かと揉め事を起こしているらしい。
俺はそれを察知して、ある理由から、メニューを決めるより先に酒場に入った。
「ふむ……」
すると、そこにいたのは――。
「私の名はアリナ・フレデリカ! ――剣を抜け!!」
アークなんかよりも、よっぽど幼い。
金髪に碧眼の、美しい少女だった。