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アリス君は諦める。

 



 あっという間に4ヶ月が経った。

 僕は変わらず弱いままだ。

 正確には違うな、クラスメイトとの差は大きくなったよ。

 みんなが龍の力に慣れて来たんだと思う、ああ、こうやって人は成長していくのかと僕は知ってしまった。

 僕は龍の力無しの模擬戦ならクラスメイトだけじゃなく、先輩でも学生の人になら負ける事はほとんどなくなった。だけどそれになんの意味があるのか。


 僕は龍使徒なんだから。


 訓練は進んで剣に龍の力を纏わせることも始まった。

 炎龍だったら炎、水龍だったら水、風龍なら風、僕にはそれが出来なかった。

 小さな火の粉一つ出す事も出来なかったんだ。


 今日は訓練で流天(るてん)という技術を学ぶ、これは龍の力を踏み込みの時に放つ移動術で、流天こそが龍使徒を最強たらしめる、そんな説明がされた。

 チラチラと向けられるみんなの視線が痛かった。

 僕には流天は使えないって誰もが分かっているんだろう、それはそうだ、身体能力は変わらない、小さな火を出す事も出来ない、そんな龍の力で何が出来るというのか。


 ・・・結果は想像通りだった。


 僕は加速する身体に悪戦苦闘するみんなから距離を取って立ち尽くす。

 神子の子が心配して近くに来てくれたけど笑ってお辞儀をしてもう少し下がる。


「アリス、少しいいか。」


 アランさんが後ろにいた。

 このタイミングでストーリアの龍使徒トップのアランさんが僕の所に来る、何があるのかは感じ取れた。


「・・・はい。」


 無言のままで二人で歩く、連れていかれたのはアランさんの執務室なのかな、そこには既にナイルさんがいた。

 穏やかな顔で僕を迎えてくれる。


 ソファーを勧められて3人で向かい合って座る。


「アリス・・・。」


「アラン・クロウ・アリス、わたくしが言います。」


 僕が目を合わせるとナイルさんは悲し気に微笑んだ、いつもみたいに泣いたりはしないんだ。


「アリス君、もう、諦めましょうか。」


「・・・。」


 そう言われる事は想像通りだったのに僕は何も言えない。


「もうこれ以上、辛い想いはしなくていいのです。わたくしたちが判断を誤ったせいであなたを長く苦しめてしまいました。」


 違う、僕が全部した事で、僕が選んで。


「龍使徒を辞めろという事ではありません。これからはここでアラン・クロウ・アリスやわたくしの仕事を手伝ってくれませんか?」


 僕は、僕は・・・。

 頭に手が置かれる、大きい手は凄く熱い、アランさんの手、何度も僕はこの手に撫でられた。


「アリス、もういいんだ。」


 ああ、初めて会った時にアランさんは諦めるなって言ってくれたのに、僕はアランさんに諦められてしまったんだ。

 分かってる、僕だって本当はずっと前から僕を諦めていたんだから。


「少しだけ、時間をください。」


 それだけ言って僕はフラフラと部屋を出る。

 あああー、ずっと優しく笑って見守ってくれていた二人に僕はあんなに悲しい顔をさせた、全部僕が弱いから、僕に才能がないから。


 涙を拭いて訓練所に戻ると、そこにはロロナとカナデさんだけが残っていた。

 エトはいない。

 もう大分長い事エトとはちゃんと喋れていないな、壁を作ってしまったのは僕で、強くなれない負い目が僕にエトとの距離を取らせたんだ。


「アリス、アラン・クロウ・アリスは何の用だったんだ?」


 おずおずと聞いてくるロロナもきっと気付いているんだろうな。

 それが分かっていて僕は、うそをつく。


「何でもないんだ。」


 僕の嘘にロロナは優しく微笑む。


「そっか、どうする? 流天の練習してみるか? 少しはコツを教えられるかもしれないぜ。」


「ありがと。今日はやめておくよ。」


「ん、そっか。」


「ふん、シャンとしなさい。」


 後ろからカナデさんが僕の両肩を握って背筋を伸ばすように親指を押し込んでくる。

 痛いって、振り返ると静かな瞳のカナデさんと目が合う。


「・・・いつの間にか、身長並ばれたわね。」


「そういえばそうだね。」


「もうじき、抜かれてしまうんでしょうね。」


「どうかな? そうだといいな。」


 こんなにカナデさんと顔を合わせるなんて訓練以外だと初めてだ。


「二人共本当にありがとう。」


「ふん、お礼を言われる事なんてないわ。」


「ああ、友達だろ。」


 そう言ってくれるから、ありがとうなんだよ。




 結局、今日も僕は一人部屋から出る。

 龍使徒になってから毎日だ、一人で部屋にいるとどうしようもない気持ちになるから、強くならなくちゃって心が叫ぶから。


 炎龍イシュタリフの力を剣に宿して僕は走る。

 やっぱり、普通に走るのと変わらない、どんなに足に力を込めても変わってはくれない。

 僕は普通に走るなら大分早くなった、だけど僕は人の壁を越えられない。


 僕はきっと、最初から最後まで龍使徒にはなれていなかったんだな。


 剣が手から落ちて僕は地面に膝をつく。


 分かってた、諦めてた。

 ただ僕は、僕を諦められてもエトを諦められなかった、それだけだ。


 足音、僕の低くなった視界に映るのは足元だけだけど、それが誰なのかは分かるよ。


「エト・・・僕はまだ起きてるよ。」


「そうだね。・・・そりゃ気付くよね。」


「うん、ずっとありがとう。」


 毎日毎日エトが夜中でも僕の事を回復してくれてたんだ、疲れ果てて気を失う様にそのまま寝ていたのに、いつも目を覚ますと身体が軽かった。


 ずっとずっと僕を見ていてくれた人、僕の大好きな人、僕は君には届かないよ。


「エト、僕はここを出て行くよ。」


 諦める僕には君の近くはきっと辛すぎるから。

 俯いていた顔を上げると、エトは静かに頷いてくれた。その表情には悲しみや喜びではなく、ただ優しさだけがあった。

 月明かりの下で見るその顔は本当に綺麗で、ずっと一番近くで見ていたかった。


「それでいいと思う。アリスはアリスの幸せを探してね。」


 ああ、やっぱりエトは止めてくれないよね。

 僕が不合格だってなってから、エトは一度も龍使徒になる事をいい事だとも悪い事だとも言わなかった。

 ただ何も言わないで近くにいてくれた。

 何を思って一緒にいてくれたのか、僕には最後まで分からなかったよ。


 膝をついたままの僕は手を伸ばそうとして、エトに首を振られた。

 された拒絶に僕は歯を食いしばる。


「アリス。私の事嫌ってくれていいよ。私はアリスにはついていけないんだから。」


 嫌いになんてなれる訳がないんだよ。

 エトには大好きとありがとうしかないんだからさ。

 僕は小さく首を振る。


「エトも僕の事を嫌ってくれていいよ。せっかく一緒にいてくれたのに僕は期待に応えられなかった。」


 僕は立ち上がると剣を拾って鞘に戻す、エトには背中を向けた。


「じゃあ、おやすみ。」


 ずっとありがとう。

 僕はきっと、もう君に会えない日が来るとしても「さよなら」だけは言えないんだろうな。



 エト視点



 1人になって涙が零れる。

 私は泣いてるアリスを拒絶した。


 だけどこれでやっとアリスは少しの間でも楽になれるよね?

 この世界は平和でアリスはきっといっぱい愛を貰えるよ。

 本当はもっと早く止めたかった、アリスが戦い方を学んで少しでも強くなっておくべきだって分かっていても止めたかった。


 今までの世界と違ってみんながアリスに優しくて、弱いからってアリスをいじめたりする人は誰もいなかったのに、どうしてあんなに頑張ってしまうの。

 今のアリスは強くなんてなれないのに、強くなれなくても誰も何も言わないのに、どうしてあんなに命を削るみたいに。


 今度こそ、アリスの分まで私が強くなってみせるから。


「あーあ、あそこはお兄ちゃんの事抱きしめてあげる所だと思うんだけどな、お姉ちゃん♪ なんだったら最後までいっちゃってさ♪」


 アサヒ。

 黒髪黒目の人間離れした美貌の少女、そもそも彼女が人ではない事を私は知っているんだけど。

 どこから現れたんだか。彼女の前では弱い所は見せたくない、私は毅然と立つと向かい合う。


「私がそんな事してもアリスは幸せになれない。・・・私は距離を取るべきなのよ。」


 最後の時に一緒にいられるのは私じゃないんだから。

 アリスは他の人を見つけられた方がきっといい、私が邪魔をしちゃいけないんだ。


「エトお姉ちゃんはそういう所ズルいと思うな♪ そう言いながらちゃんと距離を取れていない。私あなたが大切ですって遠くから見られても、お兄ちゃんは離れられないよ。」


「そ、それは・・・仕方ないじゃない。心配だし、大切なんだもの。近くにいたら、つい。」


「別に責めてる訳じゃないよ♪ それがエトお姉ちゃんだもの。」


 朗らかに笑うアサヒに少し癒される。

 彼女こそがきっと私の理解者、消えた世界の記憶を引きずりながらアリスを想い続ける少女。


「本当は、アサヒの力を少しでも早くあげられればいいのにね。」


「うん。でも仕方ないんだよ。努力も強い気持ちもなくてただ力だけを与えられたんじゃ、誰もお兄ちゃんを認めてくれないもん。」


 アリスが英雄になれるのはアサヒの力を与えられるから、でもいきなりそれだけを手にしたんじゃ、アリスを他の龍は誰も認めてくれない。


 焦って何度も失敗した記憶が彼女にはあるから今は我慢しなくちゃいけない事を知ってる。

 アサヒも見てて辛かったろうと想像できる、アリスが力が無くて苦しい想いをするのは。


「お姉ちゃんはやっぱり神子を続けるの?」


「うん、私が少しでも強くならないと。」


「もう十分だと思うけど、お姉ちゃんが幸せになる事を考えてもいいのに。」


 後ろで腕を組んで唇を尖らせるアサヒに私は緩く首を振る。


「私はいいよ。」


 本当は何度も思った事があるんだ、アリスを抱きしめて、抱きしめられて、キスをしてそういう関係になれたらって、なりたいって。今までの私も何度も思ってきた。

 どうせ繰り返すんだから、今回の私は諦めてそういう幸せを選んでもいいんじゃないかって、でも誰もそれを選べなかった。

 いつかじゃなくて今自分が一緒にいるアリスにこそ幸せになって欲しいから、誰も選べなかった。


 それは今の私も同じ。


「だからエトお姉ちゃんはズルいんだよ。・・・お兄ちゃんは、これから私が面倒を見るから。」


 そっか、それなら私も安心できる。

 本当は少し嫉妬するけど、それは隠して笑って見せる。


「うん、アリスをお願いね。アサヒは今どこにいるの?」


「この街の隅っこでカフェレストランを開いてる。部屋が空いてるからお兄ちゃんに住んでもらうつもり。お兄ちゃん次第だけど。」


「カフェレストラン!? なんで?・・・いえ、あなたも楽しそうでよかった。」


「うん、エトも今度食べに来てよ。」


「そうね、・・・いつか。」


 私がそこに行くとしたら何度か過去に行ってからになるんだろうな、小さなアサヒに会って今のアサヒにアリスが力を貰って、きっとそれから。


「じゃあ、その時にまた会いましょう。」


「なんで? アサヒはたまにお姉ちゃんの様子見に来るから♪」


 そう・・・勝手になさい。

 当たり前の様にそう言ってくれた私の戦友に自然と口元が緩んだ。





 ナイルさんとアランさんには出ていく事を反対されたけど、最後にはみんな納得してくれた。

 二人だけじゃなくてみんなが。

 色んな人が僕を止めに来てくれたんだ、それでもちゃんと話すと分かってくれた。特に近くにいた人ほどすぐに認めてくれた、そういう人ほど悲しい顔をさせてしまったんだけど。


 剣も制服も返して僕は今日龍使徒じゃなくなる。

 みんな集まって入り口まで見送りに来てくれた。


「じゃあ、またな。住む場所決まったら教えてくれよ、休みに遊びに行くからな。」


 うん、ありがとう。ロロナ。


「何かあったらすぐに戻って来るんですよ、アリス君。まー、な、なんだったらわたくしの部屋に住んでもいいんですからね。まーー。」


 はは、ナイルさんは過保護だな、最後も泣いてるし。


「元気でな。本当に何かあったら頼っていいんだからな、知らない人に着いて行くなよ。」


 アランさんまで過保護だ。また頭を撫でられてくすぐったい。


「ふん、餞別。後ろを向きなさい。」


 恥ずかしそうに半目で唇を尖らせるカナデさんの手にあるのは赤に青の模様の入ったハンカチ?


「なに?」


 首を傾げながら背中を向けると頭に布が巻かれた、バンダナだったんだ。


「ふん、金髪を隠すだけで目立たなくなると思うから。・・・気を付けるのよ、あなた隙だらけなんだから。」


「うん、ありがと。うれしい。」


 素直に頭を下げる、本当に嬉しい。

 うん、本当に嬉しい。龍使徒の制服じゃなくなったから大丈夫かもしれないけど、もしも前みたいに色んな人に囲まれたりしたら辛い。

 特に龍使徒を諦めた今は余計に。


「ふん。」


「それも似合うな。アリス、これは俺とナイルからだ。」


 そう言いながらアランさんが僕の腰に剣を付けてくれる。


「そんな、貰えないですよ!」


 あわてて首を振る、だって僕はそんな物貰えるような事は何もしてない。心配や迷惑ばっかりかけてたのに。


「いいんですよ、アリス君。私達の気持ちだから受け取って。大きさも重さも龍使徒の剣に似たモノを選んだから使いやすい筈よ。」


 向けられるナイルさんの優しい笑顔に、僕は改めて、短い期間だったけど本当にみんなのお世話になっていたんだと思い知る。


「はい、ありがとうございます。」


「ほら、泣かないの。シャンとする。」


 カナデさんに指で涙を拭われて僕は一歩後ずさる。

 みんなの前で恥ずかしい。


「じゃあ、行きます。お世話になりました。」


 頭を下げて背中を向ける、手を振りながら歩きだす。


 エトは見送りには姿を見せなかった。

 昨日話はしたし、これで良かったと思う。本当は何度でもエトの姿を見たいんだけど、キリがないから。




「お兄ちゃん、また会えたね。」


「・・・アサヒ、さん?」


 そしてまた彼女が僕の前に現れた。




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