アリス君ダメですからね
「なぜ、龍使徒は龍の力を剣に宿すのかは知っていますね?」
神子先生の言葉に僕は首を傾げる。
龍帝アリスがそうしていたからじゃないの?
「はい、そうです。人の身体に直接宿すには龍の力が強すぎるからです。間違っても自分に直接なんて事はしてはいけませんよ。破裂したり、全身が切り裂けたり、燃えて何も残らなかったりしますからね。」
えええええーーーっ!!!
そんなに怖いの!!?
「アリス君、驚きすぎです。・・・ロロナ君は笑いすぎ。」
・・・ロロナ、笑いすぎ。
「アリス君、絶対にダメだから良く覚えておいてくださいね。今までにそれをした龍使徒は例外なく全員亡くなっています。神子の力でもそれだけは癒せないのですから。」
はい、覚えておきます。
「アリス、知らなかったんだな。今まで間違ってやったりしなくて良かったな。」
お昼ご飯を食べながら僕はロロナの言葉に溜息を吐く。
「なんかそれを聞いちゃったら逆に間違えそう。」
「ふん、気を付けなさいよ。あなたは龍脈が少ないんだからきっと余計に早く燃えちゃうわよ。」
「うえー、やっぱりそういうものなのかな?」
「それは、分かんないけど。・・・とりあえず気を付ければいいの。」
顔を真っ赤にしたカナデさんは僕に箸を向けながらそっぽを向く、なんかこのやり取りもすっかり慣れたな。
僕は小さく笑いながらロロナを見る、気になった事があるんだ。
「でもさ、なんか自分に使っちゃった人がいる言い方だったよね?そんなに間違えちゃった人がいるの?」
うーん、と悩む仕草を見せてからロロナは口を開く。
「あのな、噂があるんだよ。龍の力を自分に宿せばほんの少しだけ特別な力を得られるってな。」
「そうなの? でも絶対に死んじゃうんだよね?」
「ああ、でもさ。絶対に敵わない相手がいて、ほんの少しでも勝てる可能性があるならそれを使うだろ? 自分は死ぬけどパートナーを守れるんだから。」
ロロナがカナデさんの真似なのか僕に箸を向けてくる、ソース飛んだよ。
でも、・・・そうだね。
きっと使う、絶対に使うよ。
そんな風に思っていたら頭に衝撃、カナデさんが立ち上がって僕を叩いていた。
「余計な事考えないの。それはあくまでも噂で、実際にはただ死んでしまう人達ばかりなの。自己犠牲なんて考えずに神子の手を引いて逃げる、それが私たちの役割なのよ! 絶対によ!」
「う、うん。」
カナデさんの剣幕に押されて僕は首を引っ込めながら頷く。
別に僕が使うなんて言ってないのに、・・・思ってはいたけど、あと顔が近いです。
僕はカナデさんに敗北したけどロロナはまだ挑む様だ、果敢にも向き合う。
「絶対に勝てない相手なんだから逃げる事も出来ないだろ。最後にはそういうのもありだと思うぜ。」
「だから、あなたはダメなのよ! そこは一生懸命考えるのよ!」
「考えてダメだったら!?」
「それでも考えるの! 神子を残して死んじゃったら残された神子はどうしようもない絶望の中で死ぬ事になるのよ! 自己満足で死なないで!」
「ぐーー・・・はあ、分かったよ、お前が正しい。」
言い合いはカナデさんが勝った。ロロナもぐったりと項垂れる。
確かにカナデさんの言う通りだよ、エトを残して自分だけ死ぬわけにはいかないもんね、一緒に生きないと。
「ふん、分かればいいのよ。」
鼻息荒く腕組みをするカナデさんだけど、凄い注目されてるよ、僕は視線に巻き込まれない様に縮こまった。
カナデさんは毎日放課後、僕に付き合ってくれている。
カナデさんだけじゃなくて、クラスのみんなや先輩たちも僕の相手をしてくれるようになった。
今日はロロナも残ってくれてるし。
「ねー、もしかして、みんな僕が邪魔で自分の訓練したくても出来なかった?」
僕は少し休憩してしゃがみながらロロナに聞く。
「ばーか、みんなお前に付き合ってくれてんだよ。」
「えーーー、そんなの悪いよ。」
「はー、お前はそんなの気にしなくていいんだよ。」
立ったままのロロナが僕の頭を撫でてくるからその手を払う。
「僕の方が小さくても同い年なんだから子供扱いしないでよ。」
「うっ・・・おう。」
「ふん。」
カナデさんが鼻で笑ってロロナをじとーって見てる。
「なんだよ?」
「なんでもないわよ、ふん。」
「くっ。アリス、さっきのあいつにもやってやれ。」
「いや、さっきのって何さ?」
そんなに威勢よくカナデさんを指さされても分からないよ。
「ふふふ。」
少し離れた所のエトが口を押えながら笑う、僕とカナデさんは楽しそうなエトを目で追って、お互いにそれに気付いて何故か二人で会釈した。
「でもさ、ロロナ。僕に付き合ってくれなくていいんだよ。・・・僕はみんなに助けてもらっても強くなれないかもしれない。」
本当はそんな事を口に出したくなかった、言ってしまえば現実に潰されそうになるから。
それでも、言わないでいる事が出来くて、僕は俯きながら言葉を出す。
「はー、バカだな。」
さっき言ったばかりなのに僕の頭にロロナの手が乗る。
「お前はそんな事気にしなくていいんだよ。俺達がそうしたいだけなんだぜ。」
「でも、」
「でもじゃない。お前が強くなれないなんて知ってるよ、それでもいいんだ。」
「いや、よくないよ。」
全然良くないよ、僕は強くならなくちゃいけないんだ。なのにロロナの言葉に救われたみたいに心の中が柔らかくなって、僕は顔を上げられなくなる、腕に自分の顔を押し付けた。
「だから、ホントに無理はするなよな。」
「・・・ありがと。」
ハク視点
夕方、姿の見えないナイル・カル・ドールを探していたら柱の影にいた、屋外訓練場を覗いてる。
この時間だとアリス君が居残り特訓してるのか。
うわー、またこの人号泣してるよ、もう怖い、恐怖するしかないよ。
・・・って人増えてる。
愛されてるんだね、アリス君。
「見ましたか? 今の見ていましたか? ハク・トキ・ドール。」
後ろにいるのに気配だけで気付かれた、相変わらずこの人は能力高い。
私はナイルの横についてアリス君の様子を覗う、休憩中かな? 横に立ってるのはロロナ・クルー・アリスだったか? そこそこ女子人気が高かった筈。
「見てないですけど、何かあったのですか?」
「アリス君の頭を撫でたロロナ君がアリス君に子供扱いしないでって上目遣いで言われて、顔を赤くしていたんですよ。眼福ですまーーー。」
激しくどうでもいいわ。
何恥ずかしそうに顔押さえてるの、見てるこっちが恥ずかしいわ。
私の冷たい視線に気付いたのかナイルが襟を正す。
「まーまー、任務の方は無事に終わったようですね。ハク・トキ・ドール。」
「そうね、問題なかったわ。ここは何もなかったみたいね。」
言いながら私の目は自然とエト・クラナ・ドールを映す、彼女も仲良くやってるみたいね。楽しそうに他の神子と話していてもふとした瞬間にアリス君を見つめてるのがなんだか微笑ましい。
本当に好きなんだよね。
いや、今訓練場にいる子らはほとんど皆がアリス君かエトちゃんを目で追ってるんだけどね。
あの二人は目立つわ。
「何もなかったですよ。わたくしが毎日用意してるシチューとロールキャベツをアリス君が食べに来てくれる事もなかったですしね。・・・まーーー。」
哀愁漂わせながら鳴かないで。
というか何してるのよ!? 何より汁物を二つ重ねて作るチョイス! 他に作るものないの??
「でも、アリス君も楽しそうにやっているみたいね。少し安心したわ。」
私が安堵の息を吐く横でナイルは深いため息をつく。
「・・・知っていますか。彼は誰もいなくなってから、真っ暗の中でもう一度・・・一人で剣を振るのですよ。」
「・・・っ。」
あの子はどうしてそんなに・・・。
思わず唇を噛む。 やっぱり私たちは間違えたの?
それでも彼は、強くなんてなれないのでしょう?
「きっと、布団に入ってから不安でどうしようもなくなるのでしょうね。毎日動けなくなるまで続けて、一人泣くのですよ。」
そんなの・・・それなのに、彼は今平気な顔で剣を振っているの?
倒されて、謝って、お礼を言って笑ってまた立って、倒れるの、そんなのナイルじゃなくても泣いてしまうよ、泣くしかないよ。
「毎日、冷めていくロールキャベツを持って立ち尽くすわたくしはなんと無力なのでしょうね。」
ロールキャベツ置いておけよ! なんでだよ!?
ロールキャベツ以上に話を聞いている私の気持ちが冷める!
「どうして、彼女は手を差し伸べて上げないんでしょうね。」
「・・・エトちゃんの事? そんなの知らなければどうしようもないでしょ。」
いくら幼馴染だってアリス君が訓練の後に自主練して、更にもう一度自主練してるなんて思わないでしょ?
「知っていますよ。だって彼女は、毎日泣き疲れて地面で寝てしまうアリス君にエルクドールの癒しを与えているのですから。・・・彼女はなんなのでしょうね。アリス君が目を覚まして部屋に戻るまで彼女は見守り続けるのですよ、決して彼に見つからない場所に隠れながら。・・・彼女なら止める事も出来ると思うのに、わたくしにはエトさんが分かりません。・・・少し怖いとさえ感じてしまいます。」
それは私にも覚えはある、エトちゃんの歪さ。
神子としての覚悟も意志もアリス君への想いも本物の筈なのに、アリス君に対しては凄く中途半端、踏み込むでも拒絶するでもなくて、ただどっちつかずにアリス君を好きにさせている。
彼女は自分一人だけで色んなものを背負っているみたい。
強くなれない事を知っていて、それでも自分を削る様にあがき続ける彼をただ一人見守り続ける、そこにどんな想いがあるのか分からずに確かに少し怖いとも感じてしまう。
だけど私は彼女のその強さに敬意を持つよ。
こうして自分の苦しみを見せずに笑顔を見せる、アリス君もエトちゃんも強いな。
・・・でもね、ナイル。他の人からしたらロールキャベツを持ってアリス君を見続けるあなたの方がきっと怖いわよ。