ハクさんとカナデさん
ハク視点
その魔物は小さい山と呼んでいい程に大きい亀だった。
ここが人の住まない荒野の隅で良かった。
「うひひひ、でかいな。」
私、ハク・トキ・ドールと並んで、それを見上げるロイ・フレイ・アリスに気負いを見られない。なんでそんな子供みたいに笑うかな、今はいいけど他の人がいる所ではちゃんとしててほしい。
「気を付けてよね。あれ一体にもう何人もの龍使徒と神子がやられてるんだからね。」
「分かってるよ。だから俺達が遠くまで来たんだからな。」
ロイはそれでも軽い口調で前に出る、龍使徒の正規の剣とは別に腰の後ろに装備した大剣を抜くと両手で構えた。
「我が剣に力を! イシュタリフ・クロウカル!」
彼専用に作られた剣に走る赤い光。
「行くぞ!」
「援護は?」
「でか物相手にいらない! 正面からたたっ斬る!」
言い切ったロイが踏み込む、彼の踏んだ先が炎の残滓を残しその姿を一瞬見失う。
流天、龍使徒のみが使える特殊技能、踏み込み時に龍の力を使う事で高速移動を可能にする。
借りる龍の力によって多少効果は変わり、炎龍の力を借りたロイの流天は柔軟な移動に難がある代わりにとにかく突進力に優れる。
魔物はまだこちらに気付いていない、あいつは反応が鈍重なのだ、それでもいざ動き出せばあの巨体だから人は対応も出来ずに一気に潰されてしまうのだけど。
今までの龍使徒は自分から攻撃をしたけど止めを刺すには至れずに返り討ちにあったと聞いている。
神子が結界で守ろうにもあの体重では壊されてしまうだろうしね。
さて、13神徒である私の結界なら何秒持つのかな?
エト・クラナ・ドールの結界なら?
思考がずれたか、ここで私達があれを止められなければ進行先の街が一つなくなるだろう。
・・・私に出来るとしたら、あれの身体の動きを阻害する場所に複数の結界を同時に作りだして少しでも邪魔をする事かな。
必要あるかは別にして。
流天の連続で自身を最大加速まで持っていたロイは次の流天を使い宙に跳ぶ、跳躍したロイが亀の顔の横を通る、ここからは見えないけど、彼が不敵に笑ったんだろう事は分かった。
ロイの足が何もない空中を踏む、炎が咲いて彼の身体を運ぶ、天を進むからこその流天。
「さー!! 燃え上れ!!」
彼の剣が炎に包まれる、炎の大剣が亀の頭に振り下ろされる、爆発。爆発の反動を上手く使いながらロイは甲羅の上に着地、そのまま駆け出す。
あれは頭の三分の一が吹き飛んでるし、もう終わりだと思うのだけどね。
「世界に光を・光は奇跡を・奇跡よここに! エルクドール!」
私は言葉と共に杖を地面に突き立てる。
「おらーーーっっ!!」
更に強く燃え上がるロイの剣、その剣が亀の甲羅を打つ、やると思ったわよ、硬そうなもの見ると攻撃するの我慢できなくなるんだから。
そして爆発!!
結果は見えないけど、うん、ロイなら大穴を空けているだろう。
そのロイは自分の攻撃で吹き飛んで甲羅から落ちる、その先には私が結界を代用して作った光る足場が階段状になっている。
結界に着地したロイは・・・笑ってるな。
パートナーだもの、あなたの動き位は先読みして補助してあげるわよ。
ロイは剣を私に向ける、その横では大きな亀がゆっくりと沈んでいく。
私も杖を持った手でロイに応える。
今日は彼が誇らしい。
これが最強の龍使徒の1人、宝剣13位ロイ・フレイ・アリスよってね。
そんな彼は綺麗に地面に下りると剣を鞘に戻してこちらに歩いてくる。
「何食べてるのよ。」
「亀肉だぞ、俺の炎でちゃんと火は通ってる。」
いつの間に拾ったのよ、そんな物。
私が溜息を吐いても彼は悪びれもしない。
「これだけの肉だ、食べれれば儲けもんだぞ。」
「それはそうだけど。何も自分で試さなくてもいいでしょ。お腹痛くなっても知らないから。」
「俺にはお前がいるから、大丈夫。」
またそういう事言って、バカ。
「私はエルクドールの力であなたの腹痛を治すなんて嫌よ。」
「とか言っていざとなれば治してくれるんだろ、ありがとな。」
「バカ! バカでしかないわ。」
私はロイのお腹に指を突き刺す、固い、よく鍛えてあるわね、全く。
「あの子はこんな風に戦える日は来るのかな?」
「・・・来ないな。正直、想像していた以上だった。」
誰の事かは伝わったらしい、二人で一緒に遠くの空を見る。
「止めてやるべきだったと思ってる。」
ああ、ロイまでそんな風に思っていたんだ。
私達は本当の意味では誰も、才能が無いという事がどういう意味なのか理解してはいなかったんだ。
努力では決して埋められない壁がそこにはあった。
分かっていた筈なのに分かっていなかった。
唯一の幸いは彼が今の所は悪感情を持たれていない事か、当然あの見た目もあるだろう、でもそれ以上に大きいのは、彼が戦い続けているから。
腐りもせずにヤケになりもせず、ただひたむきに戦い続けている。
きっともう誰もが気付いているのに、あの子が強くなれない事は。
それでも彼は笑っているのを見かける、嬉しそうに笑って、困った様に笑って、恥ずかしそうに笑って、愛おしそうに笑うのだ。
でも。
「心はどこまで持つのかしら。」
もう少しすれば、剣に龍の力を纏わせたり、流天を習ったり、訓練は本格的になっていく。
彼は恐らくどっちも出来ない。
「まだ間に合うぞ。」
「そうね。」
私の肩を抱き寄せる彼に今は甘えさせてもらおう。
カナデ視点
私は最初彼女を気に入らないと思っていた。
エト・クラナ・ドール。
デモンストレーションとしての巨大な結界も、皆の前で神子の頂点になると宣言した度胸も素直に凄いと思う。
神子としての高い能力も、神に選ばれた様な容姿も、強い意志を感じるエメラルドの様な瞳も、見れば思わず胸が高鳴る優しい笑みも、何もかもが完璧に見えて、本当に特別な人なんだと嫉妬もわかずに感心する。
ただ幼馴染だという彼には妙に素っ気ない・・・と思う。
そのせいか彼はふとした瞬間にとても寂しそうな顔を見せるのだ。
確かに見た目だけで龍使徒になってしまった彼と彼女とでは釣り合わないのは分かるけど。
そのくせに彼の放課後の自主練には付き合ったりする、聖女でも気取っているのか、それとも見た目は英雄の彼を近くに置いていたいのだろうか?
私には関係ない筈なのになんだか気持ち悪くなってしまう。
知っているんだから、あなたが一線引いた冷たい目で彼を見ている事。
可愛そうだよ、あなたが近くにいるせいで彼は届きもしないのにあなたに近付こうとし続けなくちゃいけないんじゃないの?
訓練中は私たちに他の事に気を割く余裕はない、だから、それに気付いたのは本当に偶然だった。
怖い程に真剣な視線を感じた。
彼女が彼を見てる。
彼の動きを僅かでも逃さぬようにと彼女の目が追う、何をしているのか理解できなくて私は自分の相手の剣を受けてしまった。
腕に傷を負って一歩下がると神子の奇跡が私の腕を包む。
回復のタイミングを計っている訳ではないわよね?
その後も気になって何度か彼女に視線を送ってしまう。
時々、何か呟くのか口が動いていた。
呪いでもかけているの?
訓練が終われば何事も無い様に彼女は他の神子と談笑して、そして彼と二人ここに残る。
なんとなく邪魔しづらくて私が自主練をする場所無くなっちゃったな。
彼女は彼の動きを覚えようとしていた?
そう思い至ったのは部屋で一人リンゴを薄く剥き続けていた時だった。
神子は龍使徒のパートナーになればその動きを補佐出来る様に、癖を覚える必要がある。
例えば邪魔な攻撃を結界で防いだり、足場を作って空中戦を円滑に進めたり、龍使徒には流天があるけど足場がある方が戦いやすいらしいから。
彼女は今からその準備をしているの?
彼を相手に? あんなに真剣になって?
もし本当にそうなら、なんて、なんて酷い事をするのだろうか。
能力が違いすぎる、彼と彼女がパートナーになどなれる筈がないじゃないか。
そんなのあの子を苦しめるだけだろう。
きっと、彼は彼女のそんな視線には気付いていない、誰よりも必死に訓練してるから、恐らくこの先も気付く事は無いのだろう。
街を歩く二人を見かけた。
仲良く手を繋ぐ彼と彼女は普通の幼馴染に見えて。
幸せそうに笑う彼女を見て、私は何か勘違いをしていたんじゃないかと思った。
本当は普通の女の子だったんじゃないのかなって。
特別な力を持ってしまった普通の女の子?・・・なのかな。