003 魔術師の泡沫
回想編
------------------------------------------------------------
「じぃちゃんはな、魔法使いなんだ」
「? ボケたか、じいちゃん」
がっくり項垂れる祖父。
そんな祖父の頭をぽんぽんと叩き、「で、魔法が如何したん?」と問いかける。
「え、信じるの?」
「信じて欲しくないの?」
いやいや、勿論信じて欲しいとも、と慌てるじいちゃん。
我が身内ながら、なんともリアクションの派手な人だ。
「んで?」
「お前に教えてたアレな。実は魔術ってやつなんだわ」
当時…自我の芽生えた頃の俺は、所謂オバケとかその類が普通に見えてしまっていた。
それが当たり前なのだと感じて、親に“怖い話”を聞かされても怯えることなく、「それって、お父さんの後ろの人?」とか言って親を怖がらせるような天然さんだった。
そんな俺に、オカルト方面に関して色々教えてくれたのが、祖父東だった。
「お前は、じいちゃんの血を受け継いじまったみたいだな」
言って、じいちゃんは色々な事を教えてくれた。
力を制御する為に、体の内側にシキを作る方法とか、シキを扱う方法だとか、御呪いだとか。
「…まぁ、あんなの普通じゃないし」
「因みに、アレは魔術っていうのの修行だよ。じいちゃんは魔術師だね」
「魔術師っていうのは?」
「世界に存在する、もう一つの法則を探る人たち。真理を求める探求者だね。まぁ、意味は解らんと思うけど」
さっぱりだ。言葉の半分も理解できない。
「要するに、変人ってことか?」
「うーん、まぁ、穿った見方なら」
「で、じいちゃんは俺に変態だとカミングアウトして如何する心算なんだ?」
落ち込むじいちゃん。宥めて、話の続きを促す。
「…ぐすっ。要するに、キミが鍛錬している“式”…魔術回路なんだけどね。ある程度錬度が溜まって、使い物になるレヴェルに達してきたようだし」
言って、じいちゃんはその青い瞳を楽しそうにゆがめた。
「魔法でも教えてくれるのか?」
「うーん、魔法は異界法則であって、あくまでも魔術なんだけど…まぁ、そんなところかな。うん、ボクはキミに魔術を教えてあげよう」
本当はこんな物教えたくないんだけれどもね、と苦笑するじいちゃん。
「ん? なんで?」
「危ないからだよ。魔術師は、最初に命を…自他含めて、捨てうる覚悟をしなきゃ成らないんだ。つまり、人殺しの覚悟を」
「………いきなり物騒」
「だね。でも、コレはそういうちからなんだ。人を助ける事もできるし、殺す事も出来る」
危ないんだよ、と言う祖父。
その瞳は真剣で。…こういう真面目な視線の時に限って、俺は祖父の話を茶化す事はしなかった。
「でも、キミはそれを覚悟しなきゃならない。そうしないと、生きていけないんだ」
「…? 何故に?」
問うと、祖父は何故か少し辛そうに顔を顰めて、しかしそれ以上応える事は無くて。
「それじゃ、先ずは属性から計ろうか」
言って、じいちゃんはカードのような物を取り出して。
結局答えられることの無かった問い。
じいちゃんが黙るなら、もう一度問いかけてもきっと無駄だろう。
そういう人なんだ、じいちゃんは。
…そうして、俺達は何時も通りの特訓を開始するのだった。
------------------------------------------------------------
「なるほど、ねぇ…」
それが、実に8年ほど前の話。
俺がまだ8歳の頃だから…ははぁ、なるほどねぇ。
イギリス人の母を持つ祖父は所謂ハーフと言う奴で、俺と同じで珍しい赤い瞳を持ち、昔から人前にはあまり出ない人だったのだとか。
そんな祖父は、俺が祖父と同じ灼眼で、やはり同じように幽霊が見える様だと相談に来た両親に、俺を自分に預けてみろ、と言ったのだとか。
んで、俺は6歳の頃から、週末のほぼ全てを祖父の元で凄し、魔術の鍛錬を行っていたのだ。
…思えば、あの時祖父が言い濁ったのは、このことだったのかもしれない。
―――我々は、魔術に頼らねば生きていけないか弱い存在なんだ、…なんて。
世界に蔓延る怪物。そんな物があるなど、幼い俺に、あの優しい祖父はとてもではないが言えなかったのではないだろうか。
……ははぁ、確かにあの祖父ならそんな感じがよく似合いそうだ。
「ん? 如何かしたの?」
声を掛けられて、慌てて我に返る。
「いえ、なんでも」
とりあえず。その件に関しては、伏せておいたほうが良いような気がして。
問われた問いに、咄嗟にそう返してしまっていた。
主人公は魔導師