002 俺と姫と
「私は、玖珂夕子。見ての通り、ホラーハンターよ」
「俺は遠野鉄斎……って、ほらーはんたー?」
ホラーハンター…というと、確か何処かで聞き覚えが在る。
…なんだったか。確か、オバケ退治を米風に言った表現だったような気がする。
「久我さんって、ゴーストバスター?」
「ホラーハンターよっ!! …まぁいいわ。それと、私の子とは夕子と呼ぶように。夕子さんまでは可」
なんだろう。
見た目同年代にしか見えないが、其れにしては精神年齢がぐっと上のような気がする。
「キミ…鉄斎だっけ? キミはこんな所で一帯何をしていたのよ。下校時刻なんてとっくの昔に過ぎてるわよ?」
「う………」
馬鹿正直に答えて良いのだろうか。
図書室で寝ていて、気付いたらこの時間でした。
…………駄目だろう。駄目駄目だろう。んなもん言った途端に爆笑されかねない。俺ならするね、爆笑。
「…何かしら。いえない事でもしていたの?」
「い、いえない事って……」
何の話、と言いかけて。
その女性…夕子さんの瞳が剣呑な光を帯びている事に遅ればせながら気付いた。
其処に在るのは、探るような敵意。え、何故に!?
考えろ俺。今俺何か喧嘩売るようなことしたか!? …黙った事か!? いやいやいや、その程度で何故にキレる!? ………敵意?
チャキッ、という音を耳にして、思考は其処までで止める事にした。
「あー……実は、カクカクシカジカで…」
「カクカクシカジカじゃ何言ってるか解んないわよ!!」
改めて一から説明させられて。
思い切り笑われた。
「な、ないっ!! ないない、無いってソレ!!」
腹を抱えて身を悶えさせる夕子さん。……いや、確かに笑われるのは予想していたが、身体を痙攣させるほど笑うって如何よ? しかも本人を前にして。
「あはははははははははははは!!!!!!」
大爆笑。如何でも良いが、大声出してあのオバケどもに場所を感づかれないのだろうか。
「そこまで笑わなくても……」
「……っ、っっ!! ………っ、でも、キミも不幸ね。寝坊した所為で、こんな現実離れした事件に巻き込まれるなんて」
「そ、それっ!! アレは一体何なんだ!?」
勢い込んで問いかける俺だが、夕子さんは「少し落ち着け」と俺を押しのけ、深呼吸させて俺が落ち着いたのを見計らい、改めて言葉をつむぎだした。
「アレはね、俗に魔物とか呼ばれてる怪物。呼称なんて星の数あるし、私はとりあえず魔物って呼んでるわ」
「で、でも、なんでいきなりそんなのが…!?」
「いきなり、って訳じゃないわ。魔物なんて、人気の多いところになら何処にでもいるし……キミ、オバケとか見えたりする?」
なんでいきなりそんな話になったのか。
確かに、俺はオバケが見えてしまうことがある。といっても、あんな異形の怪物ではなく、あくまで“死人”の姿だけなのだけれども。
「ああ、それでね」
言うと、夕子さんは得心したとばかりに頷いていて。
「どういうことです?」
「ようするに、今までの君は受信範囲の低いラジオだったの。“幽霊”っていう範囲しか察知できないの。でも、あの魔物に近づいた所為で探知範囲が広がって……理解できる?」
「ま、まぁ……でも、それっていきなり現れた理由にはなってないじゃないですか」
言ってがなる。
確かに俺には幽霊が見える。けれども、あんな怪物は今まで一度たりとも見たことはなかった。
あの怪物が世間に溢れていると言うのなら、俺が今まで一度も見たことが無いと言うのは、どうも話としてはおかしい。
「おかしい事じゃないのよ」
そんなことを考えていた俺を遮るように、夕子さんは言葉を挟んできて。
「と、いうと?」
「今までこの土地には腕利きのホラーハンターが居たのよ。それこそ、魔物の発生を数刻前に察知して、出現と同時に屠るなんていうバケモノ級のハンターがね」
「そのハンターがこの土地で働いていた…と?」
「その通り。だからこの土地は、他に等しい竜脈を持ちながら、他に比較できないほど安全な土地だったのよ」
なるほど、ならば俺がその魔物と今まで縁がなかったのも道理か。
…しかし、気になる点が一つ。
「安全な土地だった…だったって、過去形?」
「亡くなったのよ。寿命で、ね」
寿命…。魔物に殺された、とかいうわけではないのか。
しかし、寿命ね。つい先日、身内をなくしたばかりの自分としては、なんとも言えない話だ。
「ちなみにその先人、遠野東っていうの。キミと同じ苗字ね」
「へぇ、俺と同じなんだ」
表面上適当に返しつつ、内心は一気に混乱した。
え、何? なんで其処にじいちゃんの名前が出てくるわけですか?