001 銃舞の姫君
―ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン!!!!!!。
その一連の正射が行われるのに、3秒も掛からなかったのではないだろうか。
宙から放たれた閃光は、しかし見事にその巨大な鎌を粉砕していた。
「キリキリキリキリキリ!!!!」
見れば、それは鎌だけではない。
その巨大な尻、足の一本、そのいたるところに穴…弾痕が撃ち込まれていた。
…銃声からして、リボルバー?
「伏せなさいっ!!」
何処からか聞こえてきた声に、命じられるまま咄嗟に伏せて。
――そして、俺はその光景を目視した。
まるで月から降ってきたかのような幽玄な、しかし苛烈な勢いを持ったその飛び蹴り。
カマキリの顔面に突き立ったその蹴り。
悲鳴を上げながら、その介入者に残った左の鎌を振り上げるカマキリは、しかしその飛来した人影は蹴ったカマキリの顔を足場に、其処から更に地面へと飛び立って。
カマキリの鎌が宙を切る。
その人影は既に地面…俺の傍へ降り立ち、余裕を持った動作で手元の其れをカチャカチャと弄っていた。
…って、こりゃ拳銃か!?
「耳、ふさいでおいたほうが良いわよ」
言われるまでも無い。
耳に両手をあて、しかし視線は正面から逸らさず。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!!!!
再び六連射される弾丸の閃光。
それは、カマキリに大穴を開けて、そのままカマキリは崩れ落ちた。
「―――――――――――――――――」
断末魔。
そう表現するしかない咆哮を上げて。カマキリはサラサラと灰になって、そのまま風に乗って跡形も無く消滅してしまった。
……いや、カマキリなんて如何でも良いんだ。
問題は、むしろこの間近にいる……。
「無事?」
「あ、ああ。……助けてくれて有難う」
差し出された手を借りて立ち上がって、思わず言葉を失った。
其処に居たのは、…奇跡だった。
俺は、正直人間にあまり興味を持てない。精々、交友関係の在る連中が“興味在る人間”の最高位だろうか。
だからこそ、雑誌のグラビアなんて何が良いのか全く理解できずに居た。
そんな俺が、思わず固まってしまうほどに。
其処に居たのは、綺麗な人間の女性だった。
何処が優れているというわけではない。顔立ち、パーツ、その配置。全て平均を上回ってはいるが、しかしそんなのはグラビアにだって登場する。
彼女を奇跡と判断してしまったのは、その気配だろうか。
暗い夜に居てなお明るい銀色の気配。まるで月そのもののように軟く、包み込むような優しさと、暗闇を切り裂く鋭い苛烈さの同居したような不思議な気配。
右手には荘園の立ち上る拳銃を。左手には銀色のスーツケースを抱えたその女性は、危ういほどの美に満ちていて。
「大丈夫?」
「……え、あ、ああ。大丈夫だ」
ぼっとしていたようだ。慌てて、その女性の声に応える。
と、女性は不意に何か感じたように背後を振り返って。……げ、なんじゃありゃ…。
「不味いわね……校舎、昇降口まで走りなさいっ!!」
「む、いや、あそこは…」
「早くっ!!」
言われて、振り返らずに一気に走り出す。
背後…校門の方向に見えていたのは、無数の白い何か。アレは、俗に言う魑魅魍魎ってやつにしか見えないんですが…。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
背後から聞こえる銃声。アーアーアー、俺は何にも聞いていない。
聞いていないから助かりますようにっ!!
ダッシュで昇降口に入り込んで、そのまま玄関のシャッターを大急ぎで閉める。
此処の扉、ガラス戸ともう一つ、金属製の防護シャッターを下ろせるようになっているのだ。
「ほら、早く早くっ!!」
言って、こちらへと掛けてきたその女性に合図する。
其れを見取ったか、女性は半ば下ろされていたシャッターの下を滑り込んできて。
「せっ!!」
そのまま勢い良くシャッターを叩き下ろす。
がしゃんっ、ガシャガシャと響く物音。この向こう側に、一帯何が群がっているのか…うわ、シャッターの向こう側が透けて見えた。ナマンダブナマンダブ。
「此処は…不味いわね。少し、移動しましょうか」
「あ、ああ。心得た」
言って、その女性は何時の間にか拳銃を何処かへと仕舞い、銀色のスーツケース片手にカツカツと廊下を歩いていってしまった。
「……何だってんだか」
正直、ついていって良いのか。かなり悩むのだが。
――ま、悩むまでも無いか。
一つだけ肩を竦めて。そのまま、その女性の後を急ぎ足で追うのだった。