012 攻勢開始
「…うわ」
屋上。其処は凄い有様になっていた。
所々に白い糸が張り巡らされ、天井の無い筈の空間は、しかし白い天井に覆われた異界へと変貌しており。
その風景の何処を見ても、日常の風景は見出せず。
「言いたい事は解るけど、とりあえずは処理が先!」
ドアの影に隠れるような体勢で、しかしドアではなく、ドアから一直線上に銃口を向けて。
バガンッ! そんな爆音と共に、階段で入り口の扉…どころか、その枠ごと吹き飛んだ。
「キシェアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ドンドンパンズパンシュババババババ!!!!
弾丸やらミサイルやらが雨霰と放たれる。
激しい弾幕に、流石の魔物もひとたまり無いはず。そう判断しかけて、一気に緊張が高まる。
膨大な魔力のプレッシャー。
殺意の織り交ぜられたその気配に、俺の魔を扱うものとしての制限が強制的に解除された。
「……っ!?」
クリアになる視界。煙の向こう側を霊的側面から観測する。
そこにいるのは、つい先ほどと段違いの存在感を顕す大蜘蛛のバケモノ。
空間の情報量…字祷子濃度が急上昇していた。空間を侵す魔力が段違いに高まっていた。不味い、不味い不味い不味い!!
「…っ、夕子さん!!」
気配を感じて、声を上げながらその場を飛びのく。
途端、寸前まで立っていた地面に突き立つ…これは糸か?
術式で編まれた糸。底に付与されているのは捕縛の式か。今の状態なら解除できない事は無いが、しかしその隙はこと闘争においては致命傷となりかねない。
弾倉から空薬莢を抜き捨て、新たな弾丸を装填。
蜘蛛の居るであろう方向に向かって弾丸を撃ちまくる。
放たれる銃声に、別の銃声が重なる。煙の向こうに見えるマズルフラッシュ。夕子さんの援護射撃だろう。
……が。
バキンッ!!
「なっ!?」
「嘘っ!?」
銃弾は、大蜘蛛にダメージを与えるどころか、大蜘蛛に到達する事さえできなかった。
鈍い音を立てて弾かれた弾丸が足元へ転がってきていて。
「そうか、糸は礼装の役割を…」
“拘束”の術式が描かれていたはずの蜘蛛の糸。しかし、大蜘蛛の周りに張り巡らされている“巣”を、目を凝らしてよく見ると、底に張り巡らされている術式は“防護”の術式だった。
「くっ、このボス…!!」
夕子さんの声が聞こえる。
なるほど、コイツ、魔物の癖に物凄く小賢しい。
あの大犬が肉弾戦馬鹿だとすれば、コイツは魔術による後衛、兼搦め手を使ってきた。
「ちっ、夕子さんっ!!」
合図で夕子さんがカンプピストルを撃ち放つ。
カンプピストルと言うのはつまり、ハンドガンタイプのミサイル発射機の事だ。
ロケット燃料で飛ぶミサイルは、着弾時に余った燃料をも使って大爆発を起こす。
「キシャアアアアアアアアア!!!!!!!!」
蜘蛛が吼えた。
蜘蛛と言うのは吼える物なのか、という疑問はさておき、その途端撒き散らされたのは相も変らぬ蜘蛛の糸。
今度の糸は“拘束”の術式が掛かっている。
空を蜘蛛に向かって直進していたミサイルは、しかしその蜘蛛の糸に絡め取られ、次第に威力を殺され、終いに糸にがっちりと包まれてしまった。
「…………………なんてこと」
「知性があるっぽいっすね。…こりゃ、面倒だ」
言いつつ、蜘蛛の糸の弾幕から逃れ、夕子さんと合流しつつ、屋上の階段口の裏側へ回る。
銃弾の牽制が功を奏したのか、蜘蛛のほうも此方を警戒して中々近づいて来ようとはしなかった。
「……ぷはぁ、えげつない!!」
「何よアレ!! 私より巧に魔術使ってない!?」
憤慨する夕子さん。…っていうか、それは魔術師として如何なのよ?
「…私は魔術師って言うより、魔術使いなの! 魔術はあくまで魔物狩りの手段の一つ。別に研究してたりするわけじゃないの」
考えが顔に出ていたのか、はてまた同じ事を考えていたのか。
夕子さんはそういいつつ、鞄から新しい銃を幾つか取り出し、それを懐に装備していく。
「……夕子さん、拳銃をもう一丁貸してもらえますかね」
「良いけど、何故?」
「俺が、囮を勤めましょう」
言った途端夕子さんの眉が釣りあがる。
「…あのね、協力してくれている事には感謝してるけど、あくまで君は協力。素人に命掛けてもらうほど零落れては…」
「俺にとっては生き残る事が最優先。生き残るには、アレを潰さなきゃ駄目でしょうが」
言いつつ、夕子さんから拳銃を受け取る。
渡された拳銃は二丁。両方とも自動拳銃で、「弾の交換の手間が省ける」と言いながら。
「…まぁ、それを理解しているなら大丈夫だとは思うけど。でも、囮になって一体如何するつもり? 何か策でもあるの?」
「勿論」
言って、作戦を説明する。
俺から見てもやけくそとしか思えない作戦。が、正直通れば必勝の作戦。
「……確かに、勝てるかもしれないけれど……」
「となれば実践あるのみ。為せば成るっていうのは、為さなきゃ成らないって意味なんですよ!」
言いつつ、スライドを引いて弾薬をチェンバーに送り込む。
「…解ったわ。鉄斎に任せる」
「受け賜りますよ。任せてください」