011 Start Dash
タッタッタッタッ……。
勢いをつけて廊下を駆け抜けていく。
ドンドンドンッ!!
火を噴く銃口は、もはや正確に魔物のど真ん中を撃ち抜いていって。
流石に、コレだけの弾数を撃ちまくれば、この銃にも十分慣れた。
駆け抜け様に襲い来る魔物に向かって点射。不気味な肉の塊は、その弾丸を受けて身体を飛散させ、溶ける様に消滅していく。
「ナイス!」
「…とりあえず、4階は制圧完了ですかね」
四方を見てさり気無く気配を探る。…うん、とりあえず、俺の有効探知範囲内には気配を感じない。
…まぁ、上からひしひしと伝わってくるこの気配は例外っぽいが。
「……そろそろ、ご対面みたいね」
「げっ…と、その前に、ちょっといいですかね?」
夕子さんに声を掛けて。
怪訝そうに首を傾げた夕子さん。こんな所に、一体何の用があるのか。そんな表情。
「ちょっと、忘れ物をば」
此処は四階。そして、図書室があるのも四階。俺が俺の鞄を取り落としたのも四階。
…そう、この階のどこかに、俺の鞄がある。
まっすぐ伸びる廊下を歩く。
何分、此処で巨大カマキリと追いかけっこをかました所為で、廊下のいたる所が砕けたり、へこんだり、ひび割れたり。
見事な破損状況を呈していた。
「えーと……確か、このあたりに……」
廊下の破損状況がかなり酷いこの周辺。
図書室の扉が少し奥に見える程度のこの位置。
確か、この辺りであの鞄を落としていったはずなのだ。
「―――――――っと、あったあった」
そうして、地面にうち捨てられていた俺の鞄を回収する。
この中にこそ、俺のいざと言う時のためのアイテムが幾つか入っていたりするのだ。
「ソレ、鉄斎の?」
「ん。最初のカマキリに襲われたときに、ほっぽり出して逃げちゃったからね」
中身を確認する。
教科書類…冊数は少ない。教室においているし、入っているのはノートくらいか。隣から教科書が少ない点について疑惑の眼差しを向けられている。弁明。
筆箱…ペーパーナイフは取り出しておく。使えるかもしれない。
で、最後にオイルライター。
「何でライター? 煙草でも吸うの?」
「いやいや、お酒と煙草は成人してからね。コレはもらい物の記念品」
言って、ライターを右のポケットに仕舞う。
ペーパーナイフはベルトに挟んで…と。
「オッケーですよ夕子さん。こっちの準備は完了です」
「……それじゃ、ラスボス討伐と洒落込みましょうか!!」
あふれ出すのは太陽のような眩い幻想。
それが、夕子さんの属性なのだろう。
M686をチェックして、弾丸も銃自体にも問題がない事を確認して。
一気に駆け出す。
――ガシャアアアアンッ……!!!
途端、背後で盛大に鳴り響くガラスの割れる音。
「影が見えてるんだよ、ええ大きな蜘蛛さんよぉ!!」
「忍び寄るなら、月の位置も考えたほうが良かったわね」
夜中の学校、ましてやこの悪質な結界の中だ。
仮令水銀灯の明かりがあろうと、この瘴気の所為で有効となる光源は精々月光と星明り程度。
しかし、その果敢ない光といえど確かな光。
その光に彫り出された闇の影は、窓の外から廊下へと映し出されていて。
ドンドンドンドンドン!!!
銃を乱射する。
その蜘蛛の巨大な体躯。いかに適当に撃とうが、外れる心配と言うのも無く。
―――が、ガチンッ、ガチッ!!!
…だというのに。
大蜘蛛はM686の弾丸を確かに身体に受けたというのに、そんな金属音を立てて、怯んだ様子の一つも見せなかった。
「ええっ!?」
「……むぅ」
夕子さんの驚愕の声。そりゃ、.357マグナム弾の連射がはじかれてしまえば、驚きもするというものか。
観察する。この蜘蛛、所詮昆虫をモデルとした存在。銃弾をはじくなど、そう出来る事ではない筈だ。
…コレ、かな?
目に力を込めて、蜘蛛の細部を観察する。そうして、微妙に力を発する毛に目が止まった。
蜘蛛の身体を覆う、毛のようなソレ。
その毛の一本一本に、微弱ながら確かな魔力が通っている。
あの魔力を帯びた毛が、銃弾の威力を分散させ、弾き飛ばしたのだろう。
蜘蛛型といえ、やはり魔物。常識は通じないらしい。
「とりあえず、逃げますよっ!!」
言って、廊下を駆け出す。
背後から聞こえる、聞いたことも無いような昆虫の咆哮。
「きゃっ、ちょっと、追いかけてきたわよっ!!」
走りながら、背後を振り返って夕子さんが叫ぶ。
その手元では、鮮やかな手並みで握った拳銃に弾丸を装填していた。
白銀のマテバ。回転自動式拳銃。
「夕子さん、カンプピストルってまだ在ります?!」
「在るけど、こんな距離で使ったらこっちが吹っ飛ぶわよっ!!」
「んじゃ、とりあえず屋上行きますよ! 下より上のが近い!」
言いながら廊下を曲がる。
階段の左…上り階段へと飛び込み、そのまま一気に階段を駆け上がる。
ガッシャアアアンッ!!!!
ギシャーーーー!! という怪獣映画宛らの叫び声。
見れば、廊下で足を滑らせたのか、カーブを曲がりきれなかった蜘蛛が盛大にロッカーへ突っ込んでいた。
「…何か、大蜘蛛に追いかけられるガンシューティングゲームって無かったかなぁ…?」
「ゲームセンターに在った気がするわね」
言いつつ、動きの止まった蜘蛛の関節や目を狙ってM686を撃つ。
…ゲームでも、そういえばの話、其処が弱点だったような。
「ギシェアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!?????」
悲鳴。…どうやら、通じたようだ。
「真逆、ゲームを発想にした攻撃が通じるとは」
「今日日のゲームは恐ろしいわね。発想のレベルが怪奇的よもうっ!!」
しかし、コレはチャンスだ。
人間である以上、上へ向かうという行為にはどうしても負荷が掛かる。
速度が落ちる俺達に比べ、多足のアレはのぼりを歯牙にもかけず追ってくるだろう。
「今のうちに行くわよ!!」
言って、駆け出す夕子さん。
五階へ駆け上がり、しかし廊下に進むことなく。
そのまま階段を上り、屋上への扉の前へとたどり着く。
ガチャガチャ。
ありゃ、鍵が掛かってる。
…あ、ヤベェ、大蜘蛛追ってきた。ってか、逃げ場も無いよ!!
ドンドンドンッ!!
突然背後から響いた轟音に、思わず背筋を伸ばして。
「さ、行きましょ」
背後を振り向いた途端、夕子さんは笑顔でそう言い放った。
金属製のドアのノブに開いた幾つもの穴。…コレって弾痕って言うんだよね。解ります。
…可愛らしさに似合わず、物凄く乱暴だ。彼女。
「いいから、其処居たら巻き込まれるわよ」
「それは勘弁願いたいね」
言って、扉から屋上へ出て、そのまま左…出入り口の死角へと移動した。