010 魔犬
「右から来てますよ」
「了解、そっちは上からね」
バカンバカンと拳銃を乱射する。
俺は一丁の拳銃を両手で構え、狙いを付けてその犬型の魔物へ。
夕子さんは次々と取り出す魔銃での二丁拳銃。即座に多彩な拳銃を切り替えるその様はまさに手品師。
あるときは高威力の一撃を、またある時はマシンピストルの猛攻を。
「しかし、この数って言うのもうざいですね」
「残弾の事もあるし、一発で仕留めなさいよ?」
頷いて弾丸を放つ。
どうも、魔物のほうもあのヘドロやら粘土っぽいドロドロでは此方に追いつく事が出来ないということに気付いたらしい。
そこであちら側が生産したのが、あの魔物犬。
何処から引っ張ったのか、犬の屍骸をモデルに、ゾンビ犬みたいな魔物を大量生産。
不定形とは違って総量は減ったが、数と形という概念を得た連中は意外に手ごわい。
…あれは、形を得たことで個別という認識も生み出しているのではないだろうか。
偶に連携を取るような動きを見せることがある。…といっても所詮は獣の模倣。空中で魔犬同士の衝突はザラ、一箇所に固まりすぎて身動きが取れなくなっているなんてのもある。
カチャッ、タンタンタンタンタンタンッ!!!!!!
M686の銃口からたたき出される弾丸。
六発連続して吐き出されたその鉄の塊は、与えられたエネルギーにしたがってそのゾンビ犬の群へと突き立つ。
.357マグナム弾の威力は並外れている。
一匹を貫通してもう一匹の身体へ潜り込んだ弾丸は、ついでもう一匹に突き刺さってようやくその勢いを止める。
一発で最低三匹は仕留めなければ成らない。まぁ、相手が密集してくれている御陰で、比較的狙いやすいのが不幸中の幸いか。
と、不意に犬達の攻撃がなりを潜め、じりじりと後ろへ向かって後退していく。
残った個体数は数えられるほど。何とし出でも此処で殲滅しなければ。
…そう思って銃爪に手を掛けたところで、その圧迫感に思わず腕が固まった。
「ゆ、夕子さん!」
「解ってるわよっ!! …っ、SHIT!! 何よコレ、またボス戦!?」
ズズンッ、と校舎が揺れる。
廊下の彼方、闇の中に見えたのは、さっきまで戦っていたのと同一のフォルムのゾンビ犬。
ズズンッ…。
「………ちょ、えええぇぇぇ……」
「本当にボス戦だったか」
目元に手を当てて項垂れる。
其処に居たのは、さっきまでのゾンビ犬をそのまま拡大したかのような姿の、巨大なゾンビ犬だった。
「ヴルルルルルルルル…………………」
唸り声。ほぅ、此処まで原型を模倣する事を覚えたのか。
魔物と言うのがどれほどの存在かは知らないが、中々に面白いとは思う。
「…とか、言ってる場合でもなさそうだな」
「とりあえず、場所を移すわよっ!!」
言いながら、脇目も見ずに走り出す夕子さん。俺もその後を追って一気に走り出す。
「―――――オオオオオオオオオオン!!!!!」
咆哮。
思わず蹲りそうになる膝を気力で鼓舞し、なんとかそのまま階段を上って3階へ。
階下を仰ぎ見て、しかし其処には既に犬の姿は見当たらず。
ほっ、と気を抜くような真似はしない。そりゃ死亡フラグだ。
油断無く周囲を見回して、一点。廊下に巡る、透明なガラス張りの窓。
「………………っ!?」
ゾッと背筋に走る悪寒。視覚に異変は感知できない。
が、第六感が。霊的なセンスが、其処に危機を感じていた。
M686を抜き放つ。視覚で判断してからでは間に合わない。直感にしたがって、指先でトリガーを我武者羅に引きまくった。
「ちょっ!?」
夕子さんの驚きの声。まだその危機を感知していなかったのか。
次の瞬間、窓ガラスが盛大に音を立てて吹き散らされる。
割れたガラスは、外ではなく内側へ。…つまり、窓ガラスを破砕したのは、俺のはなった弾丸ではなく、外から来た…………
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
窓の外から転がり込んできたその巨大な魔犬。
どうやら俺の迎撃を受けたらしく、その右目から血を流している。運良く魔物の右目を貫いたのだろうか。
そのほかにも、四肢に弾丸を喰らったのか、魔犬はそのまま廊下に転がり、苦しみ悶えてビタンビタンと大暴れして。
「夕子さん、今、吹っ飛ばしてっ!!」
「ええっ!―――『結び、閉じ、満ちよ炎精』!」
夕子さんが大声で、そんな呪文を唱えた。
走る炎は、世界を区切る為の境界線。
床でのた打ち回る魔犬を円で結んだ炎は、ついでその中心に莫大な魔力を溜め込んで。
夕子さんから供給される魔力。それを対価に、莫大な数・量の炎のエレメントが、その結界の中へと集結していく。
「――――――――――――――――――!!!!!!!!!????????」
区切られた境界の向こう。そこは、まさに地獄…煉獄といえるだろう。
数立方の空間に、未だに集い続ける炎。内側の温度など、考えたくも無い。
まして、結界のすぐ傍に居る俺は全く熱量を感じていないのだ。つまり、熱量は一片の迷いも無く、外に漏れる事も無く、ただただ内側のソレを灼く為だけに用いられている。
結界の内側で響く、声成らぬコエ。
そんな音すら、結界の炎灼き散らして、断末魔は誰の耳に残る事も無く、只々、炎の中へと掻き消えていった。
「…………ふぅ」
眼鏡と言うリミッターが壊れていることで、今にも表へ出てこようと暴れだす魔術師としての自分を抑制しつつ、そんな溜息を一つ吐いて。
「またボスを一匹駆除ね。周囲の魔素濃度が一気に下がったわよ」
言って、周囲を見回す夕子さん。
「…正直疲れましたよ、流石に」
「あはは、結構頑張ってくれてるしね」
結構、どころではすまない。俺は素人なのだ。正直、ドンパチなんて専門外もいいところなのだ。
「…あと、どれくらいですかね」
「残りの時間? それとも、この学校に居る魔物の残存数?」
「両方、解るなら教えてください」
言って、廊下の隅に座り込む。
少し先に見える廊下の床。黒い巨影が焼きついた地面。…何か、ちょっと生々しい。
「――そうね……」
言って、夕子さんは目を閉ざす。
多分、霊的感覚を広げて、この学校の…いや、この学校を覆う結界内部に居るであろう存在の魔的な気配を探知していたのだろう。
…俺の場合、細かく察知できる代わりに、察知範囲は精々有視界範囲内だしなぁ…。
「あと、大きい気配が一つと、小さな気配が…うん、幾つか。そんなに多くないわよ。…でも、後一つ、よく解らない気配が」
「よく解らない?」
「うん」と頷く夕子さん。
「何か、魔素の割には純度が高いというか、人為的にもこんなのは創れないというか…」
「??? あの、何を言ってるのかさっぱりなんですけど…」
「ああ、sorry。…んー、まぁ、直接確認しない限り、なんともいえないわね。とりあえず、居る方向は上っぽいけど」
言って、真上を指差す夕子さん。
…この上、となると屋上か。この学校、広い土地を更に有効にとか言って、広い土地に更に高い建造物を作り、物凄く広く多い教室を保有している。
で、教室を増やす為に一番増えたのが回数。この学校、なんと5階まであるのだ。
「因みに、現時刻は03:48分。夜明けまであと二時間って所かしらね」
如何する? と首を傾げてこちらを見る夕子さん。
その顔には何故かニヤリと笑みが浮かんでいて。…俺の答えなどお見通しなのだろう。
「――此処まで来たんです。折角だし、最後まで行きましょうや」
「それで、いいの?」
「然り。逃げ切れるという保障もなし。ならば、受けに回らず攻める事こそ最大の守り」
逃げても、結局答えは追いついてくる。
なら、来る前に此方から出向くのが、俺の一手。
……まぁ、今回はそれだけでもないのだけれど。
「うん、それじゃ、いきましょうか」
一つ頷いた夕子さんは、しかしにこやかに笑って、踵を返した。
…だってなぁ。
あんなキラキラした、期待に満ちた目で見られたら、「行かない」なんていえないよ。
本当、美少女は卑怯だよ。