009 法則性
「いたた…ちょっと鉄斎、そっち大丈夫?」
「…俺の眼鏡が…逝きました」
言って手の平の上に乗せた眼鏡の残骸を見せる。
「あーあーあ、見事に粉砕しちゃって…。予備の眼鏡は? 見える?」
「一応裸眼でもモノは見えますんで。…まぁ、光の下には行き辛くなっちゃったけど…」
「??」
首を傾げる夕子さん。…そうか、真っ暗だし、見えないのも当然か。
教室の隅、非常灯の薄明かりの元へ行き、そこで改めて夕子さんに俺の瞳を見せる。
「…、赤い」
「アルビノっていうのかな? 遺伝的なものらしいんですが、まぁこんな瞳で、あんまり日光の下で目を晒せないんですよ」
昼間の強い日差しは、俺にとっては毒になってしまう。
まして、夏場なんか最悪だ。あの季節は確実にサングラスを掛けて登校しなければならなくなる。
「まぁ、視力のほうは大丈夫なんで、むしろ暗い所のほうがよく見えますし」
「そうなの?」
…本当の所、目のアルビノの場合、大抵の人間は視力が悪くなってしまうらしい。俺の視力が良いのは、魔術で目に工夫を凝らしたその結果だ。
眼鏡自体はむしろ、どうしても治せなかった赤い色を隠す為の物でしかない。
本当に問題なのは、自己暗示と言うスイッチがブッ潰れた事。
眼鏡を通して世界を見ることで自分を一般人と同等に抑圧していた俺なのだが、今現在眼鏡がつぶれ、その暗示が解けかけてしまっている。
なんとか抑圧は出来るものの、気を抜けば“魔術の徒”としての自分が目覚めてしまいそうで。
…それは、出来れば避けたい。
祖父曰く、魔術師は奇術士。その正体を隠し通してなんぼなのだとか。
一枚しかない切り札のカード。出来れば最後まで明かさずにおければ最良と言う事。
「それよりも夕子さん。そろそろ弾丸が乏しいんで、補給をお願いしたいんですけど」
「あ、…ええ、了解」
鞄の中からジャラジャラと出される.357マグナム弾頭弾。
それをポケットの中に突っ込み、更にM686の中の空薬莢を抜き出し、代わりにカートリッジを回転弾倉に詰めていく。
「…大分慣れてきたわね」
「まぁ、土壇場でアレだけ弄れば」
言いつつ、ポケットの中に左手を突っ込む。そこにある固い感触。金属製の携帯電話だ。
プラスチック製品の軽い機種が並ぶ中、あえて選んだ頑丈を形にしたような携帯電話。
「時刻は……01:48…」
結構長い時間逃げていたらしい。
この調子なら、朝まで何とか逃げ切る事も可能かもしれない。
「………いえ」
そういった俺の言葉に、夕子さんから帰ってきたのは否定の言葉だった。
「さっきのG…気付いた?」
「と、いいますと?」
「さっきのG、どうも、周囲の魔物の集合体みたいだった…アレを一体倒しただけで、周囲の魔素が一気に薄くなったもの」
魔素…ってのは、確か魔力の別称……だったか?
「よくワカランのですけど」
「ようは、あれ一匹で一気に相手の戦力ゲージを削れたって言っているの」
「それは、良いことじゃないのか?」
相手の戦力を一気に削れる。そのまま一気に削って全滅させてしまえば、朝を待つまでも無く俺はこの領域から脱出が可能となる。
「ねぇ、鉄斎。ゲームで、高コストのユニットって、性能はどんな感じ?」
「そりゃ勿論コストに比例して性能は……あ」
気付く。そうか、コストに性能は比例するのか。
つまり、一気に削れる代わり、物凄く手ごわくなる…と。
「相手に知能があるとも思えないんだけど、私達が手ごわいと見て、瘴気が数点で結晶化して、強大な魔物としてこっちに襲い掛かってきてるのかも…」
「…え、それってもしかして、状況……」
「悪化してるわね。着実に」
死へのカウントダウン、聞こえてきたような。
…いやいや、そんな弱気で如何する。
「まぁ、とりあえず勝てば良いわけでしょ?」
「勝てる?」
「アマチュアに聞かないでくださいよプロフェッショナル」
言いつつ、苦笑を一つ。
当然、こんな所でくたばる心算は一欠けらも無い。
意志も無い、有象無象の怪物なんかに遣れるほど、俺の命は安くないのだ。
俺は、ただソレを自分に証明すれば良いだけなのだから。