ブルーライトニング 第45章 ダグラスの屋敷にて
ダグラス家に招かれた玲子とマルスは、楽しい晩餐を過ごす。夜、今でくつろいでいた玲子は、同級生のマイクから、あることを聞かされる。
玲子たちを乗せた車は門をくぐり、玄関に横付けされた。玲子は初めてではないが、マルスにとっては初めてなので、車で玄関に横付けするということが、ちょっと驚きだったようだ。
「大きいお家だね」と玲子を見上げてマルスが言うと、
「そうね」と玲子は答えた。
「さあ、二人とも入ってちょうだい。すっかり遅くなってしまったわ」
すでに8時を過ぎていた。玄関のドアが開き、中から元気な女の子が飛び出した。
「玲子! いらっしゃい」
アリスの娘「メアリ」だった。玲子の体に抱きつくと、玲子の手に引かれたマルスにも、
「あなたがマルスね、いらっしゃい」といって、マルスも抱きしめた。メアリは11歳なので9歳くらいの体格のマルスより背が高い。
「メアリ、ママも玲子もおなかがすいているの。早く食事をさせてちょうだい」
「あたしたちも、これからよ。一緒に食べましょうよ」
「先に食べなさいといったでしょ」
「せっかく玲子が来るんだもの、一緒に食べたいもの。みんな待ってるわよ」
アリスは肩をすくめた。
「じゃあ、一緒に食べましょう」
とりあえず荷物を居間に置き、食堂に入る。テーブルには料理や食器が並べられ、この家の主、ジム・ダグラスがすでに席につき、玲子たちを招いた。
「玲子とマルスはそこの席に座りなさい」
「待たせてごめんなさい」
「玲子のせいじゃない、謝らなくてもいいよ。それより大変だったね、それによくやった。玲子が頑張ったおかげで、ややこしい問題が回避できたよ」
ジムはすでに報告を受けて、詳細を知っていた。
「弁護士が資料をまとめて明日には弾劾の手続きをするから、あの忌々しい警官にはたっぷりと思い知らせてやるよ」
「もう、どうでもいいんですけど」と席に着いた玲子が言うが
「いや、ああいう輩は今までもろくなことをしてないはずだ。それにこれからもろくなことはしない。警察という組織から除去しないといけないよ。それは玲子のためじゃない、社会のためだ」
ぱんぱんとアリスが手をたたく。
「さあ、そんな話はもうお終い。食事にしましょう」
玲子の右にはメアリが座り、左にはマルスが座った。真正面が同級生のマイクとアリスが座る。テーブルは客をもてなすために大きく、6人にとっては大きく余裕があった。
最初にスープが運ばれてくる。
「これ、マイクが作ったんだよ」とメアリが玲子に告げた。
「へえ、そうなの」と玲子がマイクに言うと
「うん、これしか作らせてもらえなかったよ」とマイクが答えた。脇に控えていたロボットが
「お客様にお出しするにふさわしいものと思います。最近ではマイク様も腕を上げました」と口添えした。ダグラス家に仕えるメタロイドの「ジスカルド」とは、玲子も顔見知りだった。ジスカルドは屋敷に仕えるロボットのリーダーでもある。
「おいしいわ。マイク、ほんとに上手ね」と玲子もスープを口にして感想を口にした。
「マイクはね、せめて一品くらい作らせてくれって、ジズカルドにお願いしてたんだよ」とメアリが玲子に暴露する。
「メアリ、余計なことをいうんじゃない」
「マイク、ほんとによくできてるぞ」と父のジムも言った。
「ジスカルドの指導のたまものね」アリスも言った。
「よろしかったらメインディッシュをお出しします。パンのおかわりもお持ちしますが・・・」
「ああ、出してくれ」とジムが答えた。しばらくマルスやロビーだけだった玲子にとって、今夜の晩餐は楽しい時間となった。
「あっ、そうそう、玲子、明日のティーパーティにはお友達も呼びなさい。あの、ソレイユとテニスをしている娘さん」
「瑞穂ですか」
「そうそう、彼女。あの娘がくるようになってから、ソレイユも一段と楽しそうにしていたから、ソレイユもシティへ来れるようになったから、明日のティーパーティに呼ぼうかと思うの」
ソレイユショックの事件後、危険なロボットと見なされ、シティへの立ち入りを制限されていたソレイユは、牧原市長の謝罪とともに、シティへの自由な立ち入りを認められるようになっていた。
「あの、瑞穂の弟も呼んでいいですか。ルーナのお友達なの」
「いいわよ、姉弟で呼びなさい。お菓子なんかは用意するから、手ぶらで来るように言ってね」
ジム・ダグラスはちらっと妻の方をみて、玲子に
「遠慮はいらんから呼びなさい。ソレイユも喜ぶだろう」
「はい、食事が終わったら瑞穂を招待します」
食事が終わって、ロボットたちが後片付けを始めると、マイクは
「玲子、明日の午前中に数学のレポート、一緒にやらないか?」と誘う。
「そうね、いいわね、一緒にやりましょう」
憤慨した様子でメアリが割って入ってくる。
「マイク! ずるい!! 玲子はあたしと一緒に宿題をするの」
マイクは頭をかきながら、
「メアリは高等部の数学はわからないだろう。玲子だって自分のレポートをやらないといけないんだぞ」
メアリはすがるように玲子を見る。
「いいよ、一緒にやろう。算数だったら私も得意だから、メアリに教えてあげる」
「やったー」とメアリは歓声をあげる。
「玲子は優しいなあ」とマイクがぼやくと、
「マイクが意地悪なんだよ」とメアリが言い返す。
「そうだ、メアリはマルスに教わったらどうだ?」とマイクが言うと、
「えー、マルスは私より小さいんだよ」とメアリは不服の声を上げる。
「マルスは初等部6年だぞ」とからかい気味にマイクが返す。玲子がくすりと笑って、
「そうね、それにマルスなら高等部の数学も理解してるから、頼りになるわよ。私もしょっちゅうマルスに間違い指摘されてるから」
「えーっ、あたし、玲子と一緒がいい!」
しょうもない兄妹げんかにアリスが割って入る。
「もう、4人でこの部屋でしなさい」
「明日のお茶会に、ここを使わないの?」とマイクが聞くと
「明日は天気が良さそうだから庭にテーブルをしつらえるから、4人でここをつかいなさい」
しっかりとマルスが勘定に入っているのがアリスらしい気配りだった。
玲子が風呂から出て、マルスが入れ替わりに風呂に入りに行った後、居間でくつろいでいるとジスカルドが声をかけてきた。
「玲子様、温めたミルクはいかがでしょう」
「えっ?」
「ロビーから伺っております。最近、よく飲まれていると」
「頼んでいい?」
「わかりました、少しお待ちください」と言ってジスカルドはその場を去る。ジスカルドはロビーと違って純粋な家庭用ロボットであるが、外見はロビーとよく似ている。同じダグラス社製のメタロイドだから当然かもしれない。
ジスカルドかロボットがミルクを届けてくれるかと思っていたら、マイクが二つのカップを乗せたトレーを持って居間に入ってきた。
「はい、ミルク」とマイクが玲子に差し出す。
「ありがとう」
「風呂に入ったの?」
「ええ」
一応、他人の家なので、玲子はきちんとした服装をしていた。
「そうか・・・」
「マイクは?」
マイクも食事の時と変わらない服装をしていた。
「俺は最後、メアリや母さんや父さんが入るからね」
もっとも広い家なので、客用の風呂と家族用の風呂は別にあることを玲子は知っている。玲子とマルスが使わせてもらったのは客用のものだ。見たことはないが、ロボット用の洗浄室も別にあるはずだと玲子はぼんやりと考えていた。
マイクは自分のカップを手にすると
「伊藤のやつ、今日の放課後、保護者が呼ばれていたぜ」
「はい?」
唐突な話の切り出しに、玲子はすぐには理解できなかった。いつも嫌がらせをしてくるクラスメイトの伊藤綾のことは、玲子にとって関心の一番外側の存在にすぎない。
「あいつ、玲子の悪口を書き連ねた裏サイトを作っていたのが、学校にばれたんだよ。うちの学校はそういうことには厳しいし、これが初めてじゃないから、しばらく停学だな」
「どうしてそんなことを知ってるの?」
「クラスの大方は知ってるよ。玲子が無関心過ぎるんだよ。河合さん(瑞穂)が言わなかったか? まあ、君は腕っ節が強いから、暴力が通用しないから、あいつも噂をまき散らしたり、裏サイトを作ったりすることしかできないんだけど」
「瑞穂からは何も聞いてないわ」
「ふーん、河合さんは以前、玲子に関する裏サイトみっけて学校に通報したこともあるみたいだけど?」
「そうなんだ」
マイクはぶすっとした表情になる。
「玲子はもうちょっと気をつけた方がいいよ。あいつ、もっと陰湿な嫌がらせをするかもよ」
「あなた、伊藤さんのことを嫌ってるわね。伊藤さん、あなたに気があるのかもよ、あなたが私に話しかけでもすると、すぐに嫌がらせをしてくるもの」
「まあ、あいつ、かわいいってクラスの男子に人気があるもんだから、男どもをすべてものにしないと気が済まないんだろうな。俺はあいつのそういうところが嫌いだよ。加えて、無責任なところも嫌いだけどさ。あれでよく人気があるよな」
「あなたも男でしょ」と玲子は笑いながら言った。
「例外はいるさ。最近は玲子だって人気があるんだぜ」
「それ本当?」
「ああ、でも、玲子には近寄りがたいオーラがあって、なかなか近づけないのがやつらの悩みなんだよ。でもって、俺に口利きを頼んだやつもいるよ」
「ふーん」
「丁重に断ったけどさ」
なぜとは玲子は聞かなかった。さすがに理由は察しがつく。
「俺も玲子のことが好きなのに、他の男のために口ききするなんて、いやなこった」
こんなのが初めての告白だったら、さすがにマイクのセンスを疑うが、玲子はすでに中等部の時にマイクに告白されている。だが、玲子の方がマイクの思いに応えていなかった。それなのにマイクはずっと心変わりをしてない。
「私は親もいないし、性格もそれほど良くないし・・・」
「親がいないってのは関係ないだろ。性格は悪くないさ。メアリが玲子にあんなになついているんだし、河合さんが玲子の親友であるはずがない」
玲子は何も答えない。
「自信を持ってくれよ。むしろ俺の方が玲子と釣り合いがとれてないよ。玲子は周りから信頼されているし評価されてるんだよ。ダグラス社のハンディを持っているだろ。おれなんか頼んだって持たせてもらえないんだから」
「おねえちゃん」と言って風呂上がりのマルスが居間に入ってきた。マイクはそれ以降、話を打ち切ったので、玲子はちょっとほっとした。
「ここにおいで」と玲子は自分の膝をたたくと、マルスは玲子のところへ来て、膝の上にちょこんと座った。玲子はマルスを後ろから抱えて、頭をなでたりする。その様子をみてマイクは、
「玲子ってかわったよね、いい意味でさ」
「えっ?」
「たぶん、マルスがいるからなんだね」
(自覚してないんだなあ)とマイクは思ったが言葉にはしなかった。