ブルーライトニング 第44章 高野家にて
高野夫妻は小泉議員が殺され、その一味がテロ対策部に逮捕されたことを知る。
高野は娘の恵とユリを連れ、ルーナを自宅に案内した。
「ルーナ、今日は家でゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
玄関から入ると、食堂から恵の母親が出てきた。
「ああ、恵、良かったわ」と母は恵を抱きしめた。
「けがはなかった?」
「ユリや、ここにいるルーナが守ってくれたから」
母はルーナとユリに
「ありがとう、二人とも」というと、恵は
「あっ、でも、ここにはいないけど、マルスとお姉さんも守ってくれたの」
「そう・・・」
高野は妻に
「そのことなんだがね、マルスのお姉さんには結構世話になったので、明日、ダグラスさんのティーパーティの席で改めてお礼を言おうと思うんだ。一緒に来てくれるか?」
「ええ、いいですけど、そのお姉さんもロボットなの?」
「いや、人間なんだが、詳しいことはこれから話すよ。とりあえず、食事にしてくれないか」
「まあ、そんなことが・・・」
食事を終え、話を聞いた恵の母は顔を曇らせた。
「全く警察の不祥事だよ。偽造した調書に署名させるなどと・・・ 弁護士が今、弾劾請求の手続きを進めているんだが」
「でも、みんな無事に帰ってきたから良かったわ。玲子さんにもお礼を言わないと」
「私一人だったら、警察の人のいうとおり、名前を書いちゃったかも・・・」と恵は小さな声で言った。今日一日でいろいろなことがあったので、恵に元気はなかった。夕食もほとんど食べられなかった。
「あれは警察が悪いんだよ。恵は悪くない。それにしても、なんでマルスのお姉さんと一緒だったんだい?」
高野にとってそのことが不思議だった。マルスを学校に通わせる段階で、恵の護衛が任務であることは玲子も聞かされていると聞いていたからだ。普通に考えれば、危険に首を突っ込むことはしないと思うのだ。
「今日、高等部の人とテニスの練習をしたの。その後、マルスのお姉さんから私に話しかけてきて、一緒に帰ることになったの。私がマルスと仲良くしていると聞いて私と話してみたかったみたい。マルスのこと、かわいがってくれてありがとうと言ってたわ」
「そうか、恵がマルスを大事にしたから、お姉さんも恵を守ってくれたんだな」
恵の母親はルーナに目を向けた。
「あなた、ルーナにもお礼を言わないと。ルーナもずっと恵を守ってくれてたのだから」
「もちろん、ルーナにも恵が世話になった。ありがとう」
「いえ、私も学校に行かせてもらいました。私こそ、お礼を言いたいです」
「そうか、学校に行ったのがルーナにとっては良かったのか?」
それが西郷の意図かどうかは高野にはわからなかった。ルーナを学校に通わせると聞いたとき、てっきり、厄介払いをしていると思っていたのだが、最近になってルーナをソレイユの後継にと意見してきたので、高野のほうが驚いたくらいだ。どうも、西郷という男はいろいろ深い考えを持っているようだ。
疲れを訴えた恵を、ユリは寝室に連れて行き、大きめのベッドにユリは恵と一緒に横になった。高野は不安そうにしている恵の枕元で、少しの間、娘の話に付き合っていた。
「お父さんはマルスのこと知っていたの?」
「ああ、知っていたよ」
「お父さんがマルスを私のそばに置いてくれたの?」
「それはちがう。お父さんも自分の家族のために、軍の装備であるマルスを使えないよ。マルスとルーナは学校に行かせることは、軍の司令部が計画したことなんだ。もっともその人達は恵も守らせることを考えていたようだけどね」
「マルスは軍のロボットなの・」
「そうだ」
「軍のロボットなのに、玲子さんは弟にしているの?」
「玲子さんはね、軍に協力してくれているんだ。マルスのことを引き取って、世話をしてくれているんだよ。マルスが軍のロボットということはないしょのことだから、クラスの友達に言いふらさないようにね。約束だよ」
娘たちを寝かせた後、高野は妻と二人きりになった。ルーナも先に休むと客間のベッドで横になったからである。夫妻はなんとなく小泉議員の死亡のニュースを眺めていた。
「殺されたのか・・・ (西郷のやつ、ほんとにやったのか!)」
政敵である小泉は高野夫婦にとっては印象は良くない。特に妻は悪人面と嫌っていた。人の本性は顔に出ると言うのが彼女の持論である。
「プレストシティのテロの首謀者ですって、あなた、知っていたの?」
「ああ」と高野は短く答えた。さすがにこんなことは家族には話せない。妻もそのことはわかっていた。
ニュースでは警察のテロ対策部が公式の記者会見を行い、先のリヨン大統領暗殺計画の首謀者として、また今日の高野長官の娘を襲撃した事件の首謀者として小泉の名とそれらに連なる主要なメンバーを逮捕したことを公表した。生きていれば政治権力を使い、あらゆる抵抗をしただろうが、死者には抗弁はできない。高野はためらいもせず小泉を死に追いやる作戦を、淡々と実行した西郷を薄気味悪く思っていた。一方で、平和運動を時に暴力的に展開するピースメーカーと称する市民団体、セレクターズと通じているプレスト防衛軍、テロに加担してきた警備部や捜査課に所属する警察に巣くうテロ分子、そして世論の形成に協力したマスコミ、これらを巧みに使い、自己の政治権力を構築してきた小泉という要を西郷は砕いた。西郷は残りの勢力を各個に撃破する計画を立てている。少なくとも西郷はテロの原因となるものを潰しているだけである。
(テロリストではないだけましか)と、西郷に対する思考の最後はこの結論になる。
「あなた、この前のリヨン大統領の暗殺未遂には警察の警備部が絡んでいたでしょう」
「ああ、そうだ」
「今日、恵達を脅迫した捜査課の刑事も一味なのかしら」
「だとしたら、テロ対策部が放っては置かないさ」と、高野は曖昧に答え、妻はその意図を察してそれ以上は聞かなかった。だが、一つだけ聞かずにはいられなかった。
「恵はこれからも狙われるのかしら」
「それはわからないが、ユリもいるし、マルスも引き続き恵を守ってくれるだろう。今回の件で、ロボットを連れている子供はテロリストにとっては狙いづらい対象となるはずだ。実際、アンドロイドを子供のボディガードに導入する家族も増え始めている。まあ、抑止力だな。それに、いずれは警察のテロ対策課がシティの主立ったテログループを一掃してくれるだろう。とにかく、そのときを待とう」
「それはいつになるの?」
「そんなに先ではないさ」と高野は曖昧に答えた。