ブルーライトニング 第39章 マルスのクラスメイト
守のクラスにマルスが転入してきた。初等部6年のクラスに小さなマルスはちょっとした人気者になったが、守はマルスがなぜ自分のクラスにやってきたのか考えていた。
守は教室でぼんやりと先生が来るのを待っていると、ドアが開き、長身の女性教師の後に小柄な男の子が一緒について来た。教室が一様にどよめく。
「マルスは小さいな」と守は改めて思う。
9歳くらいの背丈しかないマルスが、初等部6年の教室に来ると違和感がある。なぜ、ぼくらのクラスに入ってきたんだろうと守は考えていた。担任の佐藤先生は生徒を見ながら、
「今日からみんなと一緒に勉強するマルスです。アンドロイドの男の子だけど、みんな、仲良くね」
先生の紹介は簡潔明瞭だった。マルスは礼儀正しくお辞儀をした。
「マルスです。よろしくお願いします」
「先生!」
一人の男子が声を上げた。
「俺たちのクラス、ロボットが一人いるのに、なんでもう一人くるんだよ! せっかくルーナがいなくなったのに!」
「市川くん、人間もロボットもこの学校では平等なの。そこんとこ、ちゃんと理解しなさい。みんなもいいわね」
佐藤先生はクラス全員を見渡す。佐藤先生はマルスの方を向き、
「マルス、河合くんのことは知ってるわね」
「はい、先生」
「河合くんの隣の席、あいているから。ちょっと机が大きいけど、我慢してね」
「はい」
マルスは机の間を通って席に着く。
「河合くんと、それから高野さん。マルスのこと、頼むわね」
先生の言葉に、守はマルスの席を挟んで反対側に座る「高野恵」を見る。恵はマルスの方を見ていた。その顔には優しい笑みが浮かんでいたので、恵はイヤだと思っていないのだろう。
「私、高野恵、よろしく」
守は思い出した。ルーナが学校に来たのは4月、新学期になってからだ。そのときも先生は恵にルーナのことを頼んでいた。そのときは恵がアンドロイドの少女「ユリ」と一緒に学校に来ているので、ついでに頼んだのだろうと思っていた。アンドロイドがたったひとりでクラスでやっていけるかというと、そうでもない。さっきの市川のような、ロボットをよく思わないものもいるから、誰かが守らないといけないからだ。恵がいないとき、守はそれとなくルーナのそばにいて、からかわれたこともあるが、ルーナの方も守や恵のそばからあまり離れなかった。先生がマルスを守と恵に頼んだのはその流れがあるからだろう。そもそも、なぜマルスはこのクラスに来たのだろう。ロボットには年齢は関係ないので、玲子のクラスでも良さそうなものである。
休み時間、マルスのまわりに恵やクラスの女子が集まってきた。小柄でかわいらしいマルスは皆の目を引いたのだろう。アンドロイドを敵視するものは側にもよれなかった。
「ぼくは不要かも・・・」
守はちょっとクラスの女子にしっとを感じてしまう。マルスのことは前から知ってたんだぞと言いたくなるが、じっとこらえる。そんな守の耳に女子たちが楽しげに話しているのが聞こえてきた。
「マルスって、家族はいるの」
「うん、おじさんとおばさんと、お姉ちゃん」
「パパとママじゃないの?」
「うん、お姉ちゃんもおじさんとおばさんて呼んでるから」
「お姉ちゃんもロボット?」
「ううん、人間だよ。ここの高等部に通ってるの」
「お姉ちゃんと一緒じゃなくて、寂しくない?」
「寂しいけど、一人でちゃんと勉強しなさいって、お姉ちゃんが言うの」
「へえ、ちょっと厳しいお姉ちゃんだね」
ぼんやりと聞いていた守が少し納得した。玲子なら言うだろうなと。玲子は優しいが厳しいところがあるのは守も感じていた。でもそれでも、大事にしてるマルスを、たった一人で学校に行かせるだろうか。
「僕や高野さんのことをあてにしているのかな。ルーナのことを知ってるのなら、ルーナから話は聞いていそうだし」
放課後、守は昼休みに続いて、マルスをサッカーに誘ったが、今度はやんわりと断られた。
「高野さんと約束があるの。テニスを教わるんだ」
「ああ、そう」
マルスがそつなくサッカーをこなすので、守のグループも好意的にマルスを受け止めていた。が、先約があるのなら仕方がない。
「悪いわね、河合くん、先に私たちが約束しちゃった」と明るく恵が言う。守は苦笑いを浮かべた。甘えんぼなマルスは、やっぱり、女の子がいいのかなと邪推してしまう。
「いや、いいんだ。マルス、じゃ、明日、昼休みにサッカーをしよう」
「うん」
瑞穂にマルスの面倒を見るようにときつく言われた守だが、まあ、かわいがってくれる人が他にもいるから、いいだろうと思った。
夕食のあと、リビングでくつろぐ瑞穂が守に聞いてきた。
「今日のマルスはどうだった?」
「うん、女の子に大人気だった。ぼくの出る幕なんてないよ」
「そうか・・・ うん、そうかもしれない。なんか、かわいいもんね、マルスは」
瑞穂もマルスがかわいくって仕方がないたちだ。
「でも、お姉ちゃんのクラスでもよかったんじゃない。そしたら、マルスは玲子さんのそばにいられるでしょ。その方が安心だと思うけど」
それを聞くと瑞穂が口をとんがらせた。
「うーん、かわいがってくれる人もいるけど、私のクラス、いやな奴がいるのよ。すぐに玲子に突っかかるの。玲子がロボットの弟を連れていったらなに言うかわからないよ」
瑞穂の頭に大嫌いな伊藤綾の顔が浮かぶ。
「ふーん、ぼくらのクラスの方がましなのかな」
「そうかもね」
守は身を乗り出し、少し声を抑えながら言った。
「僕のクラス、もう一人、アンドロイドがいるんだ。ユリさんって言う・・・ 高野さんが連れているんだけど」
瑞穂は急に思い出したように
「ああ、あの高野さんかな。アンドロイドの女の子を連れているんでしょ」
「お姉ちゃん、知ってるの」
「うん、時々、初等部や中等部の子にテニスを教えるんだけど、その中にアンドロイドをつれている女の子がいれば目立つわよ。とっても仲がいい姉妹みたいよ」
話の腰を折られながらも、守は続ける。
「高野さんのお父さんて、海軍の長官なんだ。たぶん、ユリさんは高野さんの護衛なんだろうね。ひょっとしてマルスやルーナも高野さんの護衛なのかな」
それを聞くと、瑞穂は弟の顔をひたと見つめる。
「あり得るんじゃない。マルスは玲子の弟だもの、マルスが海軍のロボットだといっても不思議じゃない。それに、玲子がルーナのことを知っているというのも、偶然じゃないよね」
「そうだよね、たった一人でクラスにいるって、よほどの理由がないとおかしいよね。今日だって、マルスは高野さんと一緒に帰ってるんだよ。家が全然違う方向なのに」
「じゃあ、そういうことなんじゃないの。でもね、それ、人に言っちゃだめよ。たぶん、玲子も内緒にしていることだから、秘密にしておきたいんだろうと思う」
「そうなの?」
「マルスがもし、ソレイユと同じスーパーアンドロイドだったら・・・ そのことが口の悪いマスコミにばれたら、玲子とマルスが一緒に暮らせなくなっちゃうでしょ。そんな原因を作ることをしてはだめよ」
姉の強い口調で言われたことを、守は理解した。
「わかったよ。うん、気をつける」
玲子はマルスを横に座らせて、夕食をとっていた。敷島と上原は出張でフォルテシティに行っているので、玲子のほかはロビーとマルスだけである。
「それでね、高野さんがね・・・」
「マルス、さっきから高野さんの話ばかりね、よっぽどいい人なのね」
ロビーがあきれるほど適当な食事、パンと焼き肉と温野菜だけである。玲子は自分だけだと、本当に手を抜くのだ。
「うん、優しい人だよ。守くんも優しいけど、高野さんもすごく優しいの」
「じゃあ、今日は高野さんと一緒に帰ったのね」
「うん」
「怪しまれなかった?」
「特に・・・ 楽しかったし。テニスも教えてくれたんだよ。テニスの話をいっぱいしたんだ」
「そう、よかったわ」
マルスが不思議そうな顔をした。
「なにが?」
「だって、守るなら、いやな人よりいい人のほうがいいでしょ」
「そうだね」
「でも、できるだけ自然に振る舞いなさい。あからさまに守るようなことはしないで、マルスだったら、一緒にいられるだけでいいんだからね」
「はい」
ロビーが食堂に入ってきた。
「お嬢様、アリス・ダグラス様からお電話ですが、後になさいますか?」
「いえ、すぐにでるわ。私のハンディにまわして」
玲子は胸のポケットからハンディを取り出す。
「はい、では切り替えます」
玲子はハンディを耳にあてて言った。
「かわりました、玲子です」
「玲子、食事中によかったかしら」
「ええ、ぜんぜんかまいません。何ですか?」
「敷島博士と真奈美がいないでしょう。ちゃんとご飯を食べてる?」
玲子はちょっと肩をすくめた。
「食べてますよ、おばさん」
「まあ、きちっと食べていればいいわ。それより、今週末、私の家に泊まりにこない? メアリも喜ぶし、マルスも連れてきていいわよ。ちゃんと部屋も用意するから。マルスのエネルギー補給はノーマが使っている機械があるから、それを貸してあげる」
「でも・・・」
「いいの、久しぶりにゆっくりと玲子と話がしたいわ。敷島博士と真奈美がいない間にね」と、茶目っ気を感じさせる言い方だった。アリスの誘いは断りづらい。
「わかりました。マルスを連れて伺います」
「金曜日の夜にいらっしゃい。宿題ができるように、忘れないように持ってきなさい」
「はい」
「それから、何か困ったことがあったら、遠慮なく、私に連絡しなさい。真奈美がいない間は、私が母親代わりですからね。いいわね」
「はい」
「いいお返事だわ。じゃあ、週末、楽しみにしてるから。おやすみなさい」
「おやすみなさい、おばさん」
ハンディの通信を切ると、玲子はちょっとため息をついた。
「どうしたのですか」とロビーが聞いた。
「うーん、メアリはいいんだけど、おばさまのところにはマイクもいるでしょう。同じクラスだから、気まずいなと思って」
マイクとメアリはアリスの子供達である。
「わかりません。なぜ、気まずいのでしょう。アリス様のご子息ならば、しっかりした方だと思いますが」
「わかってるわ、そんなこと。だって、マイクは男の子でしょう。クラスにばれたら、私はかまわないけど、マイクが気まずいわ」
いや、私が気まずいと玲子は思っていた。が、そんな玲子の本心はロビーにはわからない。
「なるほど、からかわれるということですか。しかし、アリス様のお気持ちも大事でしょう」
「そうね、ここはマルスのことも、マイクとメアリーに紹介できると思って、お誘いに応じましょう。マルスもいいね」
「はい」
「じゃあ、ロビー、お留守番、お願いね」
「はい、かしこまりました」