ブルーライトニング 第34章 リョーカ
ロールアウトしたマルス型アンドロイドの受領のため、プレスト海軍のパイロット「ルイス・フォッカー」がフォルテシティに向かう。だが、リョーカには芳しくない噂があった。
プレスト海軍第7艦隊航空部隊に所属する戦闘機パイロット、ルイス・フォッカー少佐は、艦隊の連絡機「アーチャー」でフォルテシティ防衛軍基地に降り立った。機体から降りると、プレスト海軍から出向しているベイカー中佐がルイスを迎えた。
「ようこそ、フォッカー少佐」
「お迎えいたみいります、ベイカー中佐」
二人は握手を交わし、話しながら基地の建物に向かう。
「新型のリョーカは少佐に任されると海軍司令部から聞いてるが、リョーカの近況については?」
「ええ、伺っています。性能が規定値を満たさず、テスト運用しているフォルテシティ防衛軍の評判がさんざんだとか・・・」
ベイカーは渋い顔をした。マルス型アンドロイドの生産ラインはダグラスインダストリーと技術提携しているフォルテシティのローウェルインダストリーに構築されている。その生産ラインで初めて作られたのがリョーカだった。だが、プレストシティへの引き渡しの前にフォルテシティ防衛軍はリョーカのテストを希望したのである。だが、結果は芳しくなかった。
「マルスのアルトシティでの活躍の噂を聞いて、期待値が高かった分、失望も大きかったようだ。正直、私も混乱している。リームもいろいろ手を尽くしているようなのだが・・・」
リームはベイカーに任されているアンドロイドの少女で、ノーマの最新バージョンである。ルイスはサムとの通信会話を思い出していた。
「リョーカの不調については聞いてるよ。いやあ、さんざんなようだね」
モニターの中でサムはにやにやと笑っている。
「もう、笑っている場合じゃないわよ。そのリョーカが私に任されるのよ!」
サムは真顔になって言った。
「大丈夫さ、ベイカーにできなくても、ルイスにはできる。ベイカーは照れ屋だからな、どうしてもロボットと一線を引きたがる。リームや人間嫌いなアトス達はそれでよくても、リョーカは同じようにはいかないんだ」
遠回しの言い方に、ついルイスがいらだつ。
「だから、私にマスターがつとまるかと聞いてるの!」
「リョーカを抱いてやれよ。妹のように接すればいいんだ」
何でもないことを、さらりと言われて、ルイスは意外そうな顔をした。
「それだけ?」
「それだけだ。マルスはそれで玲子をマスターを決めたんだ。けっこう、抱かれるとうれしいみたいだよ。守ってもらえると思うらしい」
「はあ? 私が守ってやれる訳ないじゃない。リョーカは私より強いんだから」
「気持ちの問題だよ。とにかくリョーカを守ってやれよ。そうすれば、リョーカはルイスを守ってくれる」
ベイカーの問いかけにルイスは我に返った。
「そんなことよりも、噂になってるよ。ドルフィンでフェニックスに圧勝した模擬戦のこと」
「ああ、そのことですか・・・」
ラルゴシティ沖で航空部隊の模擬戦が行われ、世界最強の能力を誇ると言われている戦闘機フェニックスを相手に、ドルフィンで圧勝したことが話題になっていた。プレスト海軍はラルゴシティにあるガバメント社の兵器システムを採用せず、ローウェル社の兵器システムを採用したことが問題視され、ラルゴシティ沖で能力試験を兼ねた演習を行ったのだ。艦隊の拠点侵攻作戦については、ラルゴシティの防衛軍基地に強襲をかけ、ラルゴシティ防衛軍の面目をつぶし、空中模擬戦でも圧勝したことで、ローウェル社製の兵器システムの実力を示したのだ。
「あんなもの、パイロットの練度の差ですよ。もっとも、フェニックスは意外に乗りにくい戦闘機ですけどね」とルイスは答えた。ルイス自身、フェニックスに乗っていたこともあったので、性能は熟知していた。
「フェニックスとドルフィン、君が選ぶとしたらどちらだ?」
「ドルフィンですね、乗っていて楽しいから・・・」
ロンドシティ防衛軍で初めてドルフィンに乗ったときの衝撃を、ルイスは忘れていない。哨戒機などと揶揄されている機体でも、実にエキサイティングな機動ができたからだ。大量のミサイルを装備できる、大柄で動きが鈍いフェニックスは、ミサイルが無効化されつつある現状では不利だった。
「やはり、パイロットに好評なのはドルフィンの方なんだな」
「それより、リョーカのテストをしたいのですが、私が使えるドルフィンはありますか?」
「ああ、リョーカがテストで使っているのがあるよ。B型だから君も乗れる」
B型は人間用とロボット用のコックピットをもつタイプである。ルイスが前席、リョーカが後席に乗ることになる。
「できれば、リョーカとは別の機体にしたいんです。ドルフィンでなくてもいいです」
「フォルテシティ防衛軍に問い合わせてみるが、なんとかなるだろう。それより、フォルテシティ防衛軍がリョーカのテストを中止にしようかと検討中だ。リョーカはメーカに戻して徹底的に点検する必要があると考えているのでね」
「その決定の前に、私がテストしたいですね。とにかく、リョーカにあわせてください」
ルイスがドアをノックすると、中から「ハーイ」という返事がして、黒髪の少女が顔を出した。顔見知りのリームである。カチューシャ型のセンサーをつけているタイプの情報分析型アンドロイドだ。
「リーム、久しぶり、リョーカはいる?」
「フォッカー少佐、お久しぶりです。いますよ、こちらへ」とリームは部屋にルイスを招き入れる。部屋の中の簡易ないすに、ちょこんと小さな女の子が座っている。金髪の長い髪、赤いカチューシャの可愛い女の子だ。ルイスはつかつかとリョーカい近づく。リョーカは立ち上がってルイスを見上げた。
「あなたがリョーカね」
「はい」と弱々しい返事、ああ、やっぱりかとルイスは思った。ルイスは笑みを浮かべてリョーカを両手で抱き上げた。リョーカは驚いたように目をぱちぱちさせる。
「自己紹介がまだだったね。私はルイス・フォッカー、あなたのマスターよ」
「知っています。あたしのデータにあります、フォッカー少佐」
「その呼び方はなしね、リョーカ。これからは私のことはルイスと呼びなさい。パートナーなんだから」
「はい、ルイス」
「うん、それでよし。んー 」
ルイスは目の前のリョーカの頬に思いっきりキスをする。すると、リョーカの顔がぱっと笑顔になる。
「ふふっ、リョーカは笑顔も可愛いね」
リョーカは照れたように笑い、「ルイス」といってルイスの首に抱きついて、ちゅっとルイスの頬にキスをした。そんな様子をリームはほっとしたような笑顔を浮かべて見ていた。ルイスはリームに向かって
「リームには心配させちゃったみたいね。もう、私がきたから大丈夫よ。安心しなさい」
「はい、安心しました。ベイカー中佐だと頼りなかったんで・・・」
だいぶ、リームには気苦労をかけたようだった。
午後のリョーカのテストには、ルイスにドルフィンが貸与されることになった。これでリョーカの乗るドルフィンBと2機のドルフィンが確保され、戦闘機による模擬戦闘が始まった。
「いいですか? 二人は私を攻撃してください。リョーカが私の機体を援護しますから・・・」
「はあ」と二人のフォルテシティ防衛軍のパイロットは半信半疑である。ともあれ、試験は始まった。
ルイスの機体とリョーカの機体は距離をとって編隊を組む。そこへ手はず通り2機のドルフィンがルイスの機体をめがけてつっこんできた。ルイスはセオリー通り、回避行動に入る。耳障りな警報音が響くが、すぐに1機撃墜とリョーカが伝えてくる。撃墜判定を下された機体が離脱し、残り1機をリョーカの機体が追う。
「あら、すごい」
リョーカの追撃を振り切ろうとするフォルテシティ防衛軍のパイロットも見事だった。が、程なく・・・
「2機目、撃墜」とリョーカが伝えてきた。
ルイスは仮想敵の2機に通信を入れた。
「リョーカの空戦能力はいかがです?」
「見事だ・・・ もう一度、試したい。同じシチュエーションで、今度はリョーカの機体を攻撃したい。いかがか?」
「いいでしょう、受けて立ちます。リョーカもいいわね」
「はい、ルイス」
2回目はリョーカに攻撃が集中した。リョーカの機体は回避行動に入ったが、ルイスはあえて援護行動に入らなかった。おそらくフォルテシティ防衛軍のパイロットもそれを望んでいるだろう。ルイスは3機の機動を見守る位置に機体を維持する。
追いすがる2機の機体を引きずりながらリョーカの機体は右へ左へと旋回を繰り返す。だが、なかなか2機を振り切れない。
「さて、どうするかな?」
リョーカの機体がいきなり機首を起こしリフトジェットで急激な上昇をかける。おいすがる2機のドルフィンはその動きに対応できず、大きくオーバーしてしまった。2機は体勢を立て直すが1機がリョーカの機体にねらわれる。狙われなかった1機は回避しながら戦闘から離脱した。公平を保つためと、模擬戦の観察のためかもしれない。今度は1対1の戦闘が展開される。激しい攻防のあと、結局、リョーカの機体が勝利した。
模擬戦の後、基地のスタッフと敵役となったパイロットを含めてミーティングが行われた。ルイスはリョーカのことを考えてリームに任せ、会議には同席させなかった。
「いや、昨日までのリョーカとは思えない。今日のは、まさに噂通りのすごさだった。この能力の落差には驚かされると同時に、戸惑いもある。一体、どういうことなのか・・・」
リョーカの試験を担当していたフォルテシティ防衛軍のマトソン大佐がルイスに問う。
「みなさんはアトス、リームのような自立したアンドロイドをイメージされていたかと思いますが、リョーカは違います。人間に従属的で、手をかけねばなりません。ですが、リョーカのことはリームに任せて、だれもリョーカの世話をしませんでしたね」
それを聞くとベイカーは気まずそうに下を向いた。
「1号機のマルスでも同じことが見られたので、2号機も同じことだろうとの指摘を受け、私はリョーカに対し、妹のように接しました。ただ、それだけのことです」
驚愕と戸惑いがどよめきとなって部屋に満ちた。
「なるほど、我々は考えもしなかった。プレストシティが1号機を民間人に預けたのはそんな理由があったからなのだな」
「そうですね。マスターに恵まれるとアンドロイドの能力は高まります。プレスト海軍ではアンドロイドに対し保護者としてマスターが選任されるのはそうした理由からです」
ルイスの言葉はその場にいる者の心に深く刻み込まれたようだった。マトソンはあらためてベイカーとルイスに聞いた。
「我々はどうもその事実を軽く見ていたようだ。我々は現在、4人のアンドロイドをプレスト海軍から借り受けている。彼らはすべてプレスト海軍から来ているベイカー中佐に任せていたが、それではだめなのだな。我々としては彼らのマスターとなる人間を選抜し、彼らを受け入れるべきなのだろうか。」
ベイカーは何も言わなかったので、ルイスが代わりに答えた。
「その方がいいと思います。人間嫌いなアトスは無理としても、ポルトスやアラミスはきっとマスターとなる人を受け入れると思います。」
「わかった、君の意見、こちらでも考えてみよう。」とマトソンは答え、ミーティングは閉会した。