ブルーライトニング 第33章 晩餐
リヨン大統領のプレストシティ訪問が終わりを迎えるとき、リヨン大統領は密かにプレスト海軍首脳部と会談の席を設けた。
リヨンは出発時間を延長し、プレスト海軍首脳部と非公式の会談を設けた。プレスト海軍からは、高野やスコットの他、上原も参集していた。
「今回の暗殺計画を防いでいただいたことを感謝します。特に、ソレイユ、マーサを護衛につけていただいたことは、感謝の言葉が見つかりません」とリヨンは感謝の意を述べると・・・
「それで、お願いしている護衛のアンドロイドのことですが、今後の予定を伺いたい」
高野は軽く一礼すると
「大統領が望まれた護衛のアンドロイドについては、現在、製造中のマーサ型アンドロイド3号機を納入したいと考えております。詳しくは、上原博士からお話します」
上原は高野からの発言を引き継いだ。
「今、マーサ型のアンドロイドは2号機と3号機が製造段階にあります。3号機は起動まであと1か月はかかる予定ですが、1週間の訓練を施した後、大統領に引き渡します。また、それに先立ち、J6およびJ9タイプのロボットを先行して大統領護衛のため引き渡します。ソプラノシティの大統領警備部には、現在、引き渡しの交渉を行っていますが、すでに配置されているダグラス製ロボットとの交換のため、特に問題はないと考えております」
「わがままを言うようで申し訳ないのだが、私もできるだけ早く体制を整えたいと思っています。3号機と言われましたが、2号機はだめなのですか。2号機のほうが早く完成するのではないですか?」
上原は当然の質問と予想していた。
「はい、2号機はあと1週間で起動予定です。しかしながら2号機は1号機のマーサと同じ欠点を抱えています。これは1号機であるマーサの観察からわかったことなのですが、2号機にはその修正が間に合いませんでした。この修正が最初に適用されるのが3号機なのです」
リヨンは理解できないという顔をした。
「欠点・・・ いや、マーサはパーフェクトなアンドロイドだと思いますが・・・」
上原は軽く咳払いをした。
「大統領がマーサのマスターに会いたいと言われたとき、翌日の夜、玲子がエネルギー補給に送り込まれたことは、どう思われましたか?」
関係のない話題を持ち出され、大統領は少し、とまどった。
「いや、彼女が高校生だと知って、なんというか、ずいぶん手際が良いなと思いましたが・・・ 」
「実は、あの日に玲子をエネルギー補給に行かせることは、最初から計画されていたことなんです。だから、事前に着ていく制服とか準備はされていたのです」
大統領は驚いて軽く目を見開いた。
「ほう・・・ しかし、なぜ、そんなことを計画してたのですか」
「これは軍司令部も承知のことなのですが、マーサは人間に対する依存性が高いので、マスターが時々ケアしないといけないんです」
「ケアとは具体的にどんなことをするのですか?」
「マーサはずっと玲子にくっついていたと思いますが」
大統領は頷きながら
「確かに、仲がいいと思いましたが・・・」
「あれが、ケアなんです。玲子は世話好きなので、甘えられるとマーサを抱いてやったり、なでたりしてるんです。家ではベッドで一緒に寝ているほどです。でも、誰でも玲子のようにできないことを、私たちは経験上知っています。ですから、マーサはマスターをかなり限定してしまうんです」
「私たち家族には無理だと?」
「無理とはもうしません。しかし、負担は大きいと思います」
「逆に言うと、負担がかかることを、あなた方は玲子さんにさせているのですか?」
上原は苦笑いを浮かべて言った。
「それがですね、あの子には負担じゃないんですよ。マーサが来てから玲子はいい意味で変わりましたよ」
「なるほど、マーサのためだけではないというのですね。しかし、高校生を公務に引っ張りだすのは気が引けませんか?」
高野は否定しなかった。
「その通りです。しかしながら、ソレイユも含め、彼女の存在を特別のものとして認識しているファントムのロボットは多いのです。しかも、正規の軍人では彼女に代わるものはいません。そこが問題なのですが」
「マーサの2号機はどなたに託すお考えですか?」
「慎重に人選をすすめた結果、女性の戦闘機パイロットに託す予定です。人物的にもマスターに適任と判断しました」
リヨンは納得したように頷く。
「なるほど、マーサ型はあくまで前線装備なのですね。あなた方は、マーサ型アンドロイドに何を求めているのですか?」
「テロがロボットに移行した場合の備えです。実際、アルトシティのドラグーンは完全無人型でした。今後はロボットがテロの主体となるでしょう。こうなると人間の兵士を向かわせるのは危険すぎます」
「プレスト海軍が目指すところは、それだけですか? ただ、テロリストに対抗するためだけとは思えません。実際、あなた方はテロの資金源を絶つという作戦を遂行してませんか?」
さすがに、高野はすぐに返事をしなかった。リヨンは促すように言った。
「連邦軍の改革派グループ「マフィア」はあなた方の動きに同調する準備があると言っております。マフィアの存在は、おそらくご存じですね。私の身辺護衛にダグラス社のロボットを導入させたのはマフィアのメンバーですからね」
スコットが高野に目配せをして、後を引き継ぐ。
「マフィアのことは存じています。しかし、当面はプレストシティへの攻撃が主たるものと考えられ、マフィアとの連携は難しいかと思います。」
「アルトシティのドラグーン迎撃に介入したのは、テロの矛先をプレストシティへ向けるためですか?」
「それについてはお答えできません」
ふうっとリヨンは息を吐いた。
「野暮な問いはやめにしましょう。ところで、私のプレストシティ訪問の最後の頼み事は聞いていただけますか」
再び、高野が答える。
「ええ、相手も承知してくれました。市長も非公式ですが来ますので、晩餐には間に合うでしょう」
玲子は授業とホームルームを終えて、帰り支度をしていた。
「部活もしないなんて・・・」という陰口も聞こえてくるが気にしない。たたこうと思えば、いくらだってたたくネタはある。傑作なのは玲子はロボットだというものだ。玲子が14歳だったとき、襲ってきた暴漢を返り討ちにしたことがあるのだが、襲撃犯は玲子のことをロボットだと思って襲ったと主張し、うやむやの内に保釈され、行方不明になった。結局、事件の真相は明らかになっていないが、凶器を持った大人を玲子が倒したことで、件の陰口になったものだ。実際、ソレイユに鍛えられただけあって、玲子は結構強い。
人の陰口を全く気にとめない玲子でも、リヨン大統領の招待には少々、困惑していた。全くの非公式で、マスコミを完全にシャットアウトするという申し出に、断る理由はなかった。むろん、このことは瑞穂にも言えない。最近は瑞穂に内緒のことが増えたと嘆きたくなるが、こればかりは親友といえども、話せることではない。
「ちょっと早く、マルスに会えるんだから、いいか」と玲子は割り切ることにしている。
いつもどおりにシティトラムを乗り継ぎ、ダグラスインダストリーに入る。大統領と市長の共同記者会見が開かれると言うことで、記者がうろついているが、むしろ注意は市長が入ってくるメインゲートに注意を向けられていたので、職員が出入りする通用口を使用する玲子は目立たなかった。玲子はセキュリティエリアにすべり込む。
「お姉ちゃん」と、聞きなじんだ声に玲子のほおはゆるむ。ドアの陰から姿を現したマルスは、ぴたっと玲子の体に抱きついてきた。もう、元のマルスの姿に戻っている。
「これ、ありがとう。壊れなかったよ」と、マルスは髪留めを玲子に差し出した。
「良かった、任務が成功して・・・」と、玲子は髪留めを受け取って、ブラウスの胸ポケットに挟んだ。マルスの右手が玲子の左手に滑り込む。
「今日は大統領と一緒にご飯を食べるんでしょ。ぼくもお姉ちゃんの横の席に座るんだって。」
「そうなんだ・・・」
ロボットと晩餐の卓を囲むなど不作法というものも多いが、大統領はそうではないらしい。なんにせよ、マルスが横にいてくれるのなら、窮屈な晩餐も少しは楽しい気がする。 玲子はマルスに連れられて、晩餐会の会場に入った。会場といっても、ダグラスインダストリーの社員向けレストランを兼ねるホールの一つだった。玲子も敷島や上原とここで食事をしたことがある。大統領の非公式の晩餐会として、急遽、確保したのだろう。
誰もいない会場で、マルスは
「お姉ちゃんの席、ここだよ」と言って招くが、
「主賓の大統領より先に席に着くわけには行かないでしょ」と玲子はマルスをたしなめた。程なく、大統領夫妻と市長夫妻が姿を現した。大統領は玲子の姿を認めると、つかつかと歩み寄り玲子の手を取った。
「ありがとう。今回のことは、君の協力をなくしては成功しなかった。重ねて、礼を言います」
「いえ、私はそんな・・・」
だが、大統領は玲子の話を最後まで聞かなかった。
「いや、君の功績も大きい。ソレイユからも君のことは聞いた。君はほんとにすばらしい人だ」
「閣下、挨拶はそれくらいにして、席にお着きください」と、いつの間にか来ていた上原が間に入ってくれた。 ほんとに、こぢんまりとした小さな席だった。大統領夫妻と市長夫妻、それに対するのは玲子と上原とマルスだけだった。ほんとにちいさな晩餐としたかったのだろう。
「あの、お嬢様はどうされたのですか?」と、玲子は聞かずにいられなかった。
「ああ、娘は子供なので、この席は遠慮させた。その・・・ マルスの本来の姿を見せるのはちょっとまずいと思ったのでね。娘にはソレイユがついてるので安心してください」
上原は玲子を席に導き、自分も座る。マルスは玲子の席の右隣に座った。むろん、マルスの前には食器は置いていない。席に着くと、料理が運ばれてくる。玲子はそういう席は初めてではないので、そつなく食事を進めるが、大統領がいろいろ話してくるので、その相手もしなくてはいけない上、マルスが甘えてくるので、結構気を使う。しばらく、会っていなかったせいか、マルスはほんとに甘えモードである。それは、大統領が警戒すべき人でないとマルスが心から思っているからに他ならないからで、玲子もある程度は安心できた。大統領はそんな玲子とマルスを見ながら言った。
「私のところにも、マルスと同型のアンドロイドがくることになったのだが、私たち夫婦も君のような良いマスターになれるようにがんばらねばと思うよ」
「ほんとに、そうですね」と夫人も応じた。大統領夫妻は玲子がマルスにとって特別な存在だと理解していた。玲子はそんな二人に率直に言葉を返した。
「あの、マルスがこんなに甘えモードになっているのは、閣下がマルスによくしてくれたからだと思います。だから、きっと、その子もお二人に懐くと思います」
それは、玲子の本心から来た言葉だった。