ブルーライトニング 第3章 ソレイユ
玲子はソレイユに会うためにダグラス社に向かう。ソレイユはある重要なことを玲子に語るのだった。
登場人物
敷島玲子 16歳の少女。ダグラス社のソレイユとは親友同士
ロビー ダグラス社が作った高性能ロボット。軍事用で高い戦闘能力を有するが、今は玲子の家で家事を担っている。
ソレイユ ダグラス社が製作した少女型アンドロイド。玲子の親友である。
2020年5月3日加筆
玲子は周りが明るくなったことを感じて、うっすらと目を開けた。
「お目覚めですか?」
ロビーが窓の遮光カーテンを開けていた。朝日とは違う光に、玲子の目がぱっと覚める。
「あれ! 今、何時?」
「11時ですよ、そろそろ、起きませんと、ソレイユとの約束に遅れますよ」
「いやー、寝坊しちゃった! 朝食のしたくは?」
「上原博士がご自分で用意されていました。お嬢様の分もありますよ」
玲子は毛布をはねのけながらロビーに言った。
「起こしてくれれば良かったのに・・・」
「お嬢様が寝付かれたのが明け方だったので、寝かせておいた方がよいとの博士のご指示でした。少しは眠らないと、体に悪いですよ。さあ、仕度してください。お食事を用意してお待ちしております」と、ロビーは軽く会釈をすると部屋を出て行った。玲子は気を取り直すと素早く身支度をする。支度をしながら玲子はつぶやいた。
「私、どうかしている」
玲子が着替えてキッチンに行くと、ロビーが食事の用意をして待っていてくれた。
「さあ、召し上がってください」
玲子は少し後ろめたさを感じていた。
「ロビー、今日はおばさんが作ったの? ひょっとして、ロビーが私についていてくれたから?」
「はい、たまにはお嬢様に自分の手料理を食べてほしいと博士も言われていました」
ロビーは温めた食事を玲子の前に出す。パンに暖めた野菜のサラダが並べられる。
「ありがとう」というと、玲子は食べ始めた。上原が作る朝食を食べるのは久しぶりだ。
「ソレイユが心配してました。お嬢様が起きて、朝食を召し上がっていることを、報告しても良いですね?」
それを聞いて、玲子は食事の手を止めた。
「ソレイユに伝えたの?」
「はい、お嬢様に何かあったときは、すぐに知らせるように、ソレイユに頼まれています」
「ソレイユに心配をかけたくないのに・・・」
ロビーは玲子の態度に違和感を抱いた。いつもとは何かが違う。
「お嬢様が隠そうとすれば、ソレイユはよけいに不安を感じます。ソレイユを親友と思っておられるなら、隠し事はいけません。違いますか? お嬢様」
ロビーのいうことはもっともだった。
「ごめんなさい。ロビー。ソレイユには私は元気だと伝えて。だから、予定通り、今日の午後、会いに行くって・・・」
「はい、お伝えします。ソレイユも喜ぶでしょう」
玲子は朝食をかねた昼食を食べると、身支度をしてアパートを出た。近所の停車場で都市鉄道に乗ると沿岸工業地帯に向かう。そこにダグラス社の工場と研究機関「ファントムワークス」があった。ダグラス社は航空機や艦船等の大型のものから、生活物資まで生産し、プレストシティの経済を支えているが、ファントムワークスはその技術開発を担う重要な位置にある。
玲子の親友でもあるアンドロイド「ソレイユ」は、4年前の連邦歴112年、ここで誕生した。家族を亡くし、伯父の敷島に引き取られた玲子は、学校でソレイユと出会い、仲良くなった。玲子にとって、ソレイユが同じ年頃の少女だという以上に、伯父の敷島や、同居している上原が開発に関係していたとを知って、親近感がわいたということもある。しかし、連邦歴113年に起こったロボット展覧会の出来事がすべてを変えた。
世界最大の軍事メーカー「ガバメント」はプレスト海軍の兵器開発契約を受注するための布石として、自社の戦闘用ロボットを出品した。これが会場で暴走したのである。暴走ロボットは警備のロボットを破壊し、「最新・最強のロボット」というセールスポイントを実証するところだったのだが、居合わせたソレイユにライトサーベルでまっぷたつにされ破壊されてしまった。
あっという間の出来事に、驚愕したのはメンツをつぶされたガバメントだけではない。「ソレイユショック」とよばれたこの事件は、ロボットの強さの概念を根底から破壊したと言っていい。マスメディアはソレイユが戦闘用ロボットを倒したことを連日報道し、ソレイユを危険なロボットと論じた。アンドロイドであるソレイユが人間と同じような弱い存在ではなかったことが、人々をパニックに陥れる結果となったのである。平和活動を展開する市民団体「ピースメーカー」は、ソレイユの解体処分を求める市民運動を立ち上げた。また、ソレイユが人のすぐそばで暮らしていたことあげ、市民を危険に陥れたとしてダグラス社を非難した。そして、ソレイユの解体とダグラス社の解体を求めて、裁判所に訴えたのである。
1審ではソレイユの解体が命じられるも、ダグラス社の解体は却下された。被告と原告が控訴した第2審は、プレストシティの防衛に尽くしているソレイユを危険なロボットだとは認めず、原告の訴えをすべて却下。だが、原告が判決を不服として、最高裁に上告し、現在に至っている。その判決がまもなく出るため、ピースメーカーや一部のマスメディアはソレイユの危険性を盛んに訴えていた。
ソレイユは笑って首を振るだけだったが、玲子はピースメーカーという団体が嫌いだった。プレストシティはソレイユ達に守られていることは間違いない。世界がテロリストにおびえる生活をしているなか、プレストシティが安穏と平和な生活を謳歌しているというのに、なんという恩知らずで恥知らずな人たちだと思っていた。玲子にとって、家族の仇であるテロリストより、ピースメーカーの人間達が嫌いなのだ。
ダグラス社内の休憩室でソレイユは玲子を待っていた。
「いらっしゃい」と、ソレイユがソファーから立ち上がった。
「待たせちゃった?」と玲子が聞く。待ち合わせの時間より前に来たのだが、ソレイユはその前に来ていたのだ。
「いま来たところよ。座って、お茶を入れるから」と、ソレイユは休憩室のすみにある給湯設備を使って、紅茶を入れる。長年のつきあいで玲子の好みは知り尽くしていた。
「あとね、今日、玲子が来るからって、ケーキを頂いたの」
「ケーキ? だれが?」
「プレスト海軍司令のスコット大将。お茶だけじゃ、寂しいだろうって・・・」
ことっと、ケーキの皿が玲子の前に置かれる。こんなことは初めてだったので、玲子は面食らった。ソレイユはティーセットをテーブルに置き、玲子の横に座ると、カップに紅茶を注ぐ。
「でも、海軍の偉い人が、何で私にケーキをくれるの? 会ったこともないのに・・・」
「いろいろ、心配りをする人なの。玲子のことは軍の偉い人はみんな知ってるわ。遠慮しないで、食べて。スコット司令に、玲子が美味しそうに食べてたと報告したいから・・・・」
ケーキは確かに美味しかった。
「とても美味しいわ。これ、どこのケーキ」
「社内レストランのケーキなの。今度、新しいパテシェさんが入ってね、結構、評判が良いのよ」
二人の穏やかな時間が過ぎていく。ソレイユと出会ってから4年、玲子は12歳から16歳へと成長したが、ソレイユは出会った時の12歳の少女のまま、全く変わっていない。まるで、夢の中の出来事のようだ。
玲子がカップを置いた。カチャッと耳障りな音がする。ソレイユはぼそっとつぶやいた。
「どうしたの、玲子」
「えっ」
「心がここにあらずって感じよ」
玲子は言葉に詰まった。なにを言ったらいいのだろう。
「やっぱり、アルトシティのことが心配?」と、ソレイユにずばりといわれ、玲子は動揺する。玲子は隠し事はいけないといったロビーの言葉を思い出だした。結局、みんなわかるのだと玲子は悟った。玲子は気持ちを整理し、素直に答えるようにした。
「あのテロリストの首謀者が、アルトシティを必ず破壊すると言ってるでしょ」
3ヶ月前には、ひとつのシティがドラグーンによって壊滅させられたばかりなので、玲子の心配はもっともである。
「アルトシティには、まだ、私の友達もいるのよ・・・ もう、いやよ・・・・」と、玲子は下を向いてしまった。ソレイユにはそれが涙をこらえているのだとわかった。
「今度、アルトシティへの攻撃を防ぐために、ダグラス中佐とニーナが、アルトシティに派遣されるの。もちろん、ノーマも一緒よ」
「えっ!?」
なじみの名前に玲子の表情が、驚きに変わる。サム・ダグラスとは、家族ぐるみでつきあっている。以前は玲子も憧れていた頼もしいお兄さんだ。
「サムがドラグーンと戦うの?」と、玲子は背筋に寒気を感じる。ドラグーンの恐ろしさはメディアで語り尽くされていたからだ。
「ええ、でも、大丈夫よ。サムにはノーマがついているし、ニーナも戦うからには、勝つ自信があるの。ニーナの自信には根拠があるのよ」
ソレイユは玲子の手をぎゅっと握りしめた。
「ニーナはあなたのために、アルトシティを守ると言っていたわ。あなたを泣かせることはしないって。だから、ニーナを信じてほしいの。大丈夫、ミサイルの一発だって、シティにうちこませはしないわ」
落ち着いてみると、ソレイユが軍事作戦の内容を話したことが玲子には意外だった。
「ソレイユ、私に、そんなことを話してもいいの?」
「ええ、スコット司令は玲子になら話してもいいと言われたわ。その方が、玲子も安心するだろうと言われたし・・・」
なぜ、スコット司令がそこまで配慮してくれたのか玲子にはわからなかった。が、心遣いはとても嬉しかった。だが、同時に玲子にもスコット司令の信頼に応える義務があると自覚した。
「ありがとう、ソレイユ。おかげで、気持ちが楽になったわ。それから、このことはだれにも話さないと約束するわ。スコット司令にもそう伝えて」