ブルーライトニング 第20章 玲子のもとへ
玲子は突然ソレイユに呼び出されるが、それがなんなのためなのか見当もつかなかった。玲子の知らぬところで、マルスを玲子に預ける計画が進む。
昼休み、玲子のハンディにメールが着信した。玲子はブラウスのポケットからハンディを取りだし、メールの内容を確認する。それはソレイユから今日の放課後に会いたいという内容のメールだった。
「どうしたんだろう。何か、あったのかな?」
いつものソレイユならば、玲子の都合を気にしつつ、会いたいと伝えてくるのが常だった。だが、今日のメールには玲子の都合を聞く部分はない。つい、玲子はハンディを手に考えこんでしまった。
「なに、そのかっこわるいハンディは! もっと、いいものに変えたら!」と、あからさまに侮蔑を込めた声に玲子は我に返る。クラスメートの伊藤綾だった。玲子は動じることもなく、ポケットにハンディを押し込む。
「私は、このハンディでいいのよ。別に伊藤さんが使う訳じゃないでしょ。」
「私はね、あなたがみすぼらしいと言っているの。わかんないかな、やっぱり玲子はバカよね! これくらいのハンディにしなさいよ」と、自分のハンディをみせびらかす。それが流行の最先端モデルであることは玲子でもわかる。綾の取り巻きの女子は、一斉に笑い声を上げた。そこに、ぴしゃりと厳しい声が響く。
「ちょっと、そこ! 安物のハンディを自慢してんじゃないの。玲子が使っているハンディは、ビジネスモデルの高級品よ! 私たちが使っている子供用のハンディとは違うんだから! それとも知らずに悪口言っている、あんた達のほうがバカよ!」
玲子の親友である瑞穂だった。クラスの男子に人気がある瑞穂と、まともに争うものは少ない。それに言っていることも間違いではないのだ。玲子のハンディはダグラス社の一部の社員に支給されるカスタムモデルである。綾たちは自分たちに向けられる冷ややかな視線からのがれるように、その場を離れていった。瑞穂は声を落として玲子に話しかける。
「どうしたの、ハンディを見ながらぼんやりとして? 玲子がぼんやりとしてるから、伊藤の連中が噛みついてくるのよ。ソレイユになにかあったの?」
「ソレイユが私と会いたいと言ってきたの。今日の放課後、来てくれって・・・」
「そんなこと? 」
「ええ・・・」と玲子は曖昧に返事をした。
「ソレイユからお誘いがあったなら、私も連れて行ってくれない?」
「それは無理よ、なぜか知らないけど、今日は私一人でと言ってるの」
玲子は自分とは違う。一人で来てと言うのは、何か事情があるのだろうと察して、瑞穂はあっさりと引き下がる。
「それじゃ、仕方ないわね。また、差し支えないときに、私を誘って」
プレスト海軍第7艦隊司令である西郷はスコット司令の命令に応じて、プレスト海軍司令部に出頭していた。 プレスト沖海戦の報告を求めるものであった。西郷は、これまで判明したことをゆっくりとした調子で報告していた。
「確保した捕虜からの情報によると、今回の旅客機への攻撃は、乗客の一人を暗殺するためとわかりました。相手が旅客機であるので、新人の戦闘訓練の標的にしたようです。もっとも、旅客機の回避運動が巧みだったことと、迎撃が間に合ったことで攻撃が失敗してしまったといったところです」
きわどい事実を聞かされて、会議の参集メンバーは息を飲む。のんびりとした調子で西郷は報告を続ける。
「旅客機は航路管制装置に何らかのハッキングを受け、航路を逸脱したこともわかりました。旅客機はガバメント社の管制システムを搭載していたので、システムに何らかのバックドア(ハッキングの侵入口)が仕込まれている可能性もあります。これについては現在も調査中です。乗客の誰をねらったのかは、捕虜は聞かされていなかったようですが、オルソン少将の報告によると、乗客リストに彼女がつとめていた投資会社のCEOが乗っており、状況から彼が標的であったと考えられます。詳細はオルソン少将の方から・・・」
西郷に替わってオルソンが報告を引き継ぐ。
「私がつとめていた投資会社が、ガバメント社から大量の投資を引き上げることを決定したようです。CEOはダグラス社への投資を決め、今回、ダグラス社との交渉のため、自らプレストシティへこられたようですが、私が、CEOに直接会ってお話を伺ったところ、この投資の引き上げには社内に反対する勢力もあったようで、結局CEOの決定で実行されたとのこと。今回の旅客機襲撃は、CEOを暗殺することで、投資の引き上げを阻止するために実行されたと考えられます」
高野長官が疑問をぶつける。
「こんなことをいっては失礼だが、たかが投資会社のCEOを暗殺したところで、何とかなるものなのか?」
「ご指摘、もっともですが、彼の影響力は市場では大きいのです。ガバメント社はその影響力をおそれたものと思われます」
さすがに、元トレーダーであるオルソンの言葉を疑うものはいなかった。
「実際、ガバメント社は投資市場から資本の大半を引き上げられています。これは相当、経営に影響を与えるでしょう」
「つまり、ガバメント社は経営にかなり打撃を受けるということか?」
「長官のおっしゃるとおりです。もっとも、アルトシティ攻防戦で3機のドラグーンがタイタンに撃破されなければ、これほど、劇的な投資の引き上げはなかったでしょう。ドラグーンは実質ガバメント社の主力製品であるグリフォンの改修型ですから、ドラグーンの敗北はガバメント社の製品の敗北でもありますので」
オルソンの発言が一息つくと、会議の場にほっとした雰囲気に覆われたが、長官の一言が、そのゆるみを吹き飛ばす。
「西郷司令、現状はプレストシティに対する攻撃が考えられるが、君の考えはどうか?」
覇気のない西郷の様子は変わらない。わかってはいるものの、高野でも、ちょっといらいらしてしまう。
「はい、長官の言われるとおり、ローウェルインダストリーと技術協定を結ぶダグラスインダストリーを有するプレストシティへの攻撃を考えるのが自然でしょう。ロンドシティもフォルテシティも現状では手が出ないでしょう」
「それに対し、君の対処方針は?」
「プレスト沖海戦で、セレクターズは潜水空母を失いました。先ほどのオルソン少将の報告にあるように、ガバメント社には兵器供与の余裕はあまりありません。おそらく、セレクターズによる攻撃の準備には時間がかかるでしょう。その間は政界や世論による切り崩し、もしくは、小規模な市街地でのテロをもくろむものと思われます」
「しかし、君が切り札と考えていたマルスは、今現在、経営監視委員会から量産を止められている。これからの対処は?」
「経営監視委員会において、アリス・ダグラス議長の采配で、マルスの家庭での試験運用が提案されました。試験は敷島博士の姪である敷島玲子がおこないますが問題はないでしょう。彼女による試験で、マルス型アンドロイドの生産に移れると思います」
「自信ありげだな?」
「はい、スミス博士は、今ではプロジェクトを騒ぎを起こしたことは後悔しています。これ以上、マルスプロジェクトを妨げることは無いと思います」
「これも君のプランで折り込み済みのことか?」
「いえ、必然的な流れです」
調達部長が意見を発する。
「軍用装備であるマルスを一般人に預けるのは問題ではないですか?」
その問いには高野長官自らが答えた。
「いや、彼女はソレイユに関わりが強い娘だ。マルスを預けるのに不都合はないと私は考える。スコット司令、君の考えは?」
「私も問題ないと思います」
「それならば、私にも異存はありません」と調達部長も同意して議論は終了した。
「どういう理屈で、玲子がマルスの試験をやらなきゃいかんのですか?」
出張から戻った敷島がことの次第を聞いての第一声がそれだった。
「成り行きですよ。マルスが家庭生活を支障なく過ごせると証明しなければならないの。それに、玲子はマルスのこと気に入っているみたいじゃないですか。サムの話だと、マルスも玲子のことを、意識しているみたいですしね」
ダグラス社の経営監視委員会の議長であるアリス・ダグラスが答える。彼女はダグラスインダストリーの会長ジム・ダグラスの妻であり、サムの母親である。その場には上原もいたが、二人の話を黙って聞いている。
敷島はローウェルインダストリー・フォルテ本社への出張から戻ったばかりだった。ローウェルインダストリーでは、マルス型アンドロイドの量産ラインの構築、大型ロボットの試作型「プロメテウス」の開発を進めており、敷島の手助けを求めているのである。
「まさか、玲子を巻き込むことになるとは・・・」
「不満ですか?」
「本音を言えば不満です。ソレイユのことだけでも十分すぎるというのに・・・ 玲子はまだ16歳ですよ」
「もう16歳です」とぴしゃりと上原が言う。アリスは苦笑を浮かべる。
「まあ、年齢のことは置いといて、いろいろと玲子だけに負わせてしまってますからね。それは認めます。それは軍司令部も認めていますよ」
「認めているのなら、配慮ぐらいしてほしいものです」
「玲子はマルスのこと、気に入ってますよ」と上原は素っ気ない。
「玲子は気に入るだろう。だが、苦しむかもしれない」
アリスはふっとため息をついた。
「父親は娘に甘いですね。5人の子の母親として言いますけど、玲子ぐらいの子は苦しむものです。でも、乗り越えなくちゃいけないんです」
「それは、そうですが・・・」
「案外、玲子にとっても、いい方にいくかもですよ。母親のかんですけどね」
玲子はいつもの手順でダグラスのセキュリティエリアにはいる。待ち合わせ場所で待っていたのは、ソレイユではなくサムだった。
「私はソレイユに会いに来たんだけど・・・」
「ソレイユが君を呼んだ理由は、俺と会わせるためだ。用件を言うと、マルスを君に預けたい」
「どういうこと?」
「事情があってね、マルスが家庭用機能を備えていないってことが問題になって、一般家庭の使用に支障がないかテストしようということになった」
「それで、私がテストするの? マルスは軍のロボットなんでしょう?」
「気づいていたか・・・ いや、マルスが玲子のことを気に入ってるんだ。マルスの気持ちも大事にしてやりたいんでね。で、玲子はどうなんだ?」
玲子の胸が高鳴った。
「私も、マルスのことはかわいいと思うし、でも、なんで、私なの?」
「玲子がちょっとの間、だっこしてくれてただろう? マルスは甘えんぼなんだよ」
「でも、あれって・・・」
サムが手のひらをつきだして玲子を制する。
「アルトシティで俺たちがドラグーンを迎撃したことは知ってるだろう? マルスも参加してたんだ。マルスは2体のドラグーンに手傷を負わせたし、巡航ミサイルも撃墜した。それで、戦いが終わった後、俺に聞くんだよ。玲子が喜んでるだろうかって」
玲子にもサムが言わんとしていることはわかった。
「わかったわ、マルスに会わせてくれる?」