ブルーライトニング 第16章 戦いの後
アルトシティの防衛に成功したサムは、かつての上官トマセッティ大将からマルスのことを問われる。トマセッティはマルスを核とするプレストシティ海軍の戦闘システムに関心を示していた。
サムは用意された部屋でほっと一息ついていると、トマセッティ司令が入ってきた。
「サム、紅茶を持ってくるように頼んである。ちょっと一休みしよう。緊急の記者会見にまでつきあわせて、すまなかったな。」
「いえ、任務が達成できてよかったと思っています。」
「君たちにはお礼の言葉も言い尽くせない。市長が直接お礼を言いたいと言っていたが、こんな事件の直後なのでね、対応がいろいろあって、無礼を許してもらいたい。市長からは外交ルートを通じて、改めてプレストシティ政府に感謝の意を伝える予定だ。」
トマセッティはどっかりとサムの正面の椅子に腰を下ろす。
「どうやらグリフォンを売り込んでいたガバメント社の傀儡議員どもが、市長にいいわけしているらしい。なにせ、テロリストのドラグーンに対抗できるのは、ガバメント社のグリフォンだけだと主張していたからな。今回の事件で、あっさりと覆されたというわけだ。」
トマセッティは意地の悪い笑みを浮かべ、「おもしろい、見物だろうな。見てみたいものだ」とつけくわえた。
「そうですか・・・・」とサムは差し障りのない答え方をする。トマセッティは灰色の目をひたとサムに向けた。
「今回、ガバメント社にとっては露骨な営業妨害になったな。ガバメント社を有するラルゴシティも黙っていないだろうが・・・ これが君らの真の目的なのか?」
「さあ、私は一兵卒ですので・・・・」
「おまえが目的も知らず、作戦指令に従うとは信じられんが、まあ、いい。おっと、お茶が来たぞ!」
給仕の兵がティーセットをおいて退出する。サムを押しとどめ、トマセッティ自らカップに紅茶を注いだ。サム同様、トマセッティにも紅茶にこだわりがある。トマセッティとサムはカップをとり、紅茶を一口飲んだ。ふーっと満足げに息を吐き出し、トマセッティはおもむろに本題に入る。
「さて、モニターしながら感心したのだが、あの連係攻撃はたいしたものだ。今、進めている軍備調達計画を後押ししてくれるデータが満載なので、戦闘データを使わせてほしいがかまわないか?」
「かまいません。」
「ブラックの量産型ブルータイタン、ドルフィンの改修プラン、いずれも今回の戦果が、導入の後押しをするのは間違いない」
「残念ですが、あるトシティの現状の計画では、今回の戦闘は達成できません」
「やはり、あの子か、マルスとか言うアンドロイドが要なのだな? 急遽、派遣に追加された・・・」
「そうです」
「あのマルス型アンドロイドは輸出するのか?」
「予定では、ロンドシティ、フォルテシティが導入を決めています。この二つのシティでは、ノーマ型のアンドロイドを運用しているので、導入にはそれほど困難では無いでしょうが、アルトシティはアンドロイドを導入を予定してませんよね」
「やはり、アンドロイドが必要か、アンドロイドの運用は難しいのか?」
「自分で言うのもなんですが、アンドロイドを扱う兵士に高いモラルが必要です。それに、1人のアンドロイドを複数の兵士で共用するのは、おすすめしません。これは、プレスト海軍の失敗でも明らかです。」
それは当初、ノーマを複数の軍人で共用していたら、ノーマの能力ががた落ちしてしまったことである。そのことはトマセッティも聞いたことがあった。
「選抜された人材に与えるべき、高度な装備か・・・」
「装備ではなく、パートナーというべきでしょう。ダグラス製アンドロイドは個人への忠誠心が高いので、パートナーとして扱うほうが、よい結果を生みます」
「なるほど、覚えておこう。今度の結果を受けて、装備計画を変更する必要もありそうだ。そのときは、プレスト海軍にはいろいろ教えてもらいたいものだ」
プレスト海軍情報部のオペレーションルームでは、川崎中将と情報部指揮官マリー・オルソン少将が話し合っていた。痩身で高齢の川崎中将に対し、マリーは少将といっても年は若く、薄い化粧は少女のような快活な印象を相手に与える。淡いブロンドの前髪を煩わしげにかき上げ、マリーは川崎に報告していた。
「ガバメント系列の金融会社は、アルトシティ関連の株価が暴落しなかったので、「プットオプション」による利益は得られなかったようです。まあ、相場が暴落したときに備える掛け捨ての保険ですから、これによる経済的損失はたいしたことはありません。でも、テロ活動の前兆となる活動が解析できました」
「今回の暁作戦の意味は、敵に経済的ダメージを与えることではないので、いいでしょう。それより、ドラグーンを3機大破させたほうが大きいですね。しばらく、セレクターズの活動は押さえられるでしょうな。」
「いえ、それよりも、ドルフィンとブラックタイタンの開発メーカーであるローウェル社の評価が向上した反動で、ガバメント社の評価ががた落ちです。それによる金融評価の損失が深刻だと思います。それにしても、テロ攻撃で意図的に相場を暴落させて、関連金融会社が利鞘を稼ぐということを、よくもまあ、西郷司令は気づきましたね。金融トレーダーでもないのに」
マリーはプレスト海軍がスカウトした腕利きの金融トレーダーである。彼女の役目は金融取引を監視し、テロ活動の前兆をつかむことだ。
「西郷は化け物ですのでね・・・」と、妙に説得力のある言い方だった。マリーも反論をしなかった。プレスト海軍が連邦軍司令部からの命令で運用する第7戦闘艦隊。その艦隊司令が西郷中将である。武装テロリスト「セレクターズ」と、その黒幕と考えられるガバメント社の経済力を削ぐことを目的とするプレスト海軍の極秘作戦「亡霊」の計画立案者は西郷その人なのだ。
「しかし、西郷が危惧していたテロリズムへのロボット使用が確認されたことは重大です。ロボット相手では、ニーナも手こずったようですし、マルスの開発は、正解だったといえますね。」
玲子は台所の隅で携帯情報端末であるハンディを右手でもてあそんでいた。ディスプレイにはアルトシティを攻撃したテロリストが敗退したと、トップニュースで表示されている。だが、雑多な情報のなかには、テロリストの首領「カタリナ」の声明や、アルトシティがドラグーンに攻撃され、大きな被害がでているという明らかな誤報もある。玲子はソレイユから、軍事ネットワークに基づく、正確な情報を、ニュースより早く教えられていたので、誤報に惑わされることはなかったことが幸いだった。
「お嬢様・・・」と呼びかける声に玲子は我に返る。ロビーがそばまで来ていた。
「ごめんなさい、夕食の用意をしなくちゃね」
「上原博士は少し遅くなるようですから、もう少し、休まれてもいいですよ。なんなら、今日は私が用意します。お嬢様はお疲れのようですね」
玲子は左手でほおづえをつく。
「へんなの・・・ アルトシティが無事で、サムも、みんなも無事だとわかっているけど・・・ 安心したら、なんだか疲れちゃって・・・」
「最近、よく眠れていないからでしょう。今日は眠れそうですか?」
だが、玲子はロビーの問に答えなかった。
「ソレイユが言っていたの。ニーナは私のためにアルトシティを守るって・・・ ほんとにドラグーンを倒しちゃったね。でも、どうして、私のためなのかな? アルトシティのためでしょう?」と、玲子はロビーを見上げながら聞いた。ロビーの答えは明快だ。
「お嬢様は我々ロボットに、多くのものを与えてくれます。優しさ、心遣い・・・ ほかになんと表現したらいいかわかりません。だから、皆、お嬢様に尽くしたいと思うのです。それに比べれば、シティの市民の安全など、微々たるものです」
「それはちがうわ! 私のしてることなんて、たいしたことないわよ」
ロビーが玲子の肩にそっと手を添える。
「そんなことはありません。ソレイユに会い続けることで、つらいことは有りませんでしたか? 」
「ロビー?!」
「有りましたよね。セキュリティエリアに意地の悪い軍人がいたと、私に話していたじゃないですか。その軍人は防衛軍に転属になったと聞いていますが、本人には栄転だったでしょうが、実質的なお払い箱です。そんなことはどうでもいいですね。ソレイユはお嬢様の行いをよく理解してるんですよ。だから、ソレイユはお嬢様のために戦うんです。」
「ロビーには・・・」
「お嬢様は私に優しくしてくれます。頼ってくれます。人の姿からかけ離れたこの私を、人と同じように接してくれるのです。これがどれほど嬉しいことか、おわかりいただけませんか?」
「たったそれだけのこと?」
「それだけで十分です。私もソレイユのように、お嬢様のために戦いたいと思いました」
あわてた玲子が何かを訴えようとするが、言葉にならない。ロビーの手に力がこもり、玲子の心に強く迫ってくる。
「ですが、その想いはファントムの仲間達に託します。私はお嬢様にお仕えすることが本分なのです」
それを聞くと玲子はロビーの腕に涙に濡れた頬をすりつけた。何がなんだか、よくわかっていなかったが、ロビーがそばにいてくれることだけは嬉しかったのだ。
2020年5月4日加筆