ブルーライトニング 第11章 暗雲
ダグラスインダストリーの最新鋭アンドロイド「マルス」はプレスト海軍に納入され、期待通りの性能を性能を見せていた。だが、ダグラスインダストリー側から、突然、マルスは欠陥品で納入を取りやめるとの申し入れがくる。
サムがマルスの訓練を行っていた頃、プレスト海軍の司令官スコット大将のオフィスに、ダグラスインダストリーのロボット部門の最高技術責任者であるスミス博士が訪ねて来た。スミスはマルスを開発した敷島と上原の上司にあたり、ソレイユを開発した中心人物である。そのスミス博士が開口一番、AS52型アンドロイド、すなわちマルスの開発契約の破棄を申し入れてきた。
「では、スミス博士。あなたは海軍とかわしたAS52開発プロジェクトの契約を破棄し、代わりにAS51型を納入するというのですな。理由はAS52型の欠陥・・・」
スコット司令は憮然とした表情を隠そうともせず、会議机に向かい合わせに座るスミスをにらむ。傍らには川崎中将が座っている。
「そうです。ダグラスインダストリーのアンドロイドは、人間との共存が最優先されます。しかしながら、マルスは共存のための家事機能を持っていません。対してAS51型は基本機能として家事機能を備えています。同じ出力のフォースモーターを内蔵することで同等の飛行能力を持ち、単体での戦闘能力はかなりのレベルです。AS51型の1号機であるルーナを、あなた方も高く評価していたではありませんか。」
スコットは頷きはした。確かにマルスに先行して完成した少女型アンドロイド「ルーナ」の能力は高く評価した。だが、ルーナに要求されている能力はマルスに要求されている能力とは異なる。スコットは都合のいい事実だけを選び、自分の意見を押し通すスミスのやり方が気に入らなかった。反論しようとしたスコットだが、川崎の無言の制止を受け、指示に従う。スコットは年長の川崎を師として尊重していたからだ。川崎は穏やかな口調で話し始めた。
「ダグラスインダストリーの規定では、アンドロイドは人間との共存を最優先することと定めていますね。そのため、三つの原則が定められている。」
「そうです」とスミスはやや用心深く答えた。川崎は話を続ける。
「すなわち、人命を尊重する。法律を守る。マスターと定めた人間の命令に従うの3点ですね。」
「そうです。それに、家庭用機能が必須です。」とスミスが付け加えた。
「家庭用機能の搭載は、あなたの見解であって、規定にはない。実際、中央病院へ導入された看護用アンドロイドは、高度な医療プログラムを持つ代償に、料理を作るなどの家庭用機能は搭載していない。もっとも、病院食を作るのは人間の仕事ですから、実用上は全く問題はなかったのではありませんか?」
挑発するような川崎の問いに、スミスはぐっと返答につまった。ロボット工学の素人である川崎が、ロボットの機能を、そこまで把握しているとは思ってなかった。たたみかけるように川崎は言葉を継ぐ。
「AS52型マルスは3つの規定を備えています。それは完成時検査でも認められているはずです。マルスは軍事用に限らず、あらゆる人災・災害から市民を守るために開発されました。しかし、家庭用機能の実装は人工頭脳の記憶容量の制限から不可能だったので要求していません。」
「ですが、あえて欠陥品であるAS52型を選ぶ必然がありますか?」と反論するスミスだが、既に川崎に圧倒されつつあった。
「マルスは欠陥品ではありません。残念ながら、あなたが提案するAS51型では最新鋭のメタロイドを管制できない。これは演習でも実証されています。ルーナでは我々が要求する任務をこなせないのです。」
「それはあなた方の要求する性能が高すぎるのだ!!」とスミスが負けずに主張するが、川崎は穏やかに切り返す。
「ルーナとマルスでは求められる能力が違います。とにかく、近々予想されるテロに対応するため、マルスの力が必要なのです。あなたの戯れ言につきあっている暇はありません。お引き取り願えますか!!」
穏やかさの中にも一歩も引かぬ川崎の口調に、スミスはあきらめたように退室した。
2020年5月4日加筆