ブルーライトニング 第10章 模擬空中戦
ダグラスインダストリーが開発した最新鋭アンドロイド「マルス」。プレスト海軍のパイロット「サム」はマルスの戦闘能力を試すため、訓練に立ち会う。
装備を着けたサムがノーマをつれて格納庫に来ると、マルスとソレイユがそろって待っていた。マルスもソレイユも制服ではなく、普段着のままだが、普段着でも特殊な防護服であり、アンドロイドの胸に納められている人工頭脳を保護する役目を持たされているふくだから、実用上、戦闘時に着用しても全く問題はない。
ソレイユはノーマがサムと一緒に来たことで、状況が変わったことを理解したが、妙に、ノーマのテンションが高いことが気になった。実務的には問題ないだろうが・・・
「ダグラス中佐もドルフィンに乗られるんですね。私はバックアップでマルスの後席に乗ります」
「ソレイユ、マルスのことを頼むな」
ドルフィンはほとんど滑走せず離陸できる。狭い巡洋艦のヘリ甲板からでも運用できるドルフィンの特徴だ。サムとマルスの機体は滑走路から短距離で離陸し、わずか数分で訓練高度に達する。サムは離陸操作をノーマにまかせ、マルスの機体の状態を観察していた。昨日のシミュレータとはちがって、マルスの機動は実になめらかだ。
「マルスの動きは完璧だ。ノーマ、管制室に次の訓練ステージに移ると伝えろ。それから、まずはノーマ、機体のコントロールを頼む。遠慮なく振り回せ!」
「はい、いよいよですね!」と、ノーマはうれしそうに答えた。機体の後方に回り込むマルスの機体に対し、ノーマは上昇用スラスターを使って急激な上昇を行う。マルスは衝突の危険を回避するため、サムの機体の下をすり抜ける。ここまではサムの予測通りだった。ノーマは機首を翻し、マルスの機体を照準にとらえるが、あっという間にマルスの機体が照準から消えた。
「ノーマ! マルスはどこだ?」
「下です!」
サムはヘルメットのバイザーに表示されたシンボルを見る。明るい点が点滅し、センサーがとらえたマルスの機体の位置を示していた。サムは下を向くと、バイザーに機体のセンサーが捉えたマルスの機体が映し出される。完全に死角に入り込まれていた。
「やるな!」
ノーマはマルスの意図を悟って回避機動に入る。しかし、レーダーに完全に捕捉され、耳障りな警報がなった。
「残念です。撃たれました」
激しい加速度の中でノーマが平然と言う。いかなる時にも落ち着いた口調のノーマは、サムにとってありがたい。おかげで感情的にならずにすむ。
「マルスもなかなかやる。初体験とは思えんな。面白い!」
「うれしそうですね。」
「そうさ、これなら今日からでも実戦で使える」と、サムは上機嫌だ。これだけの能力なら武装テロリストのパイロットを余裕であしらえるはずだ。
「サム、マルスが機体を立て直してます。ヘラヘラ笑ってるひまはないですよ!」
「わかってる。ノーマ、コントロールを俺に渡せ!」
「ユーハブコントロール」
「アイハブコントロール」
サムはスティックを握ると、にやっと笑う。
「さあ、一矢報いるぞ。」
「あれ、動きがかわったよ」と、マルスがソレイユに言った。
「サムが操縦してるようね。ノーマはどうしてもサムの体の負担を考えるから、無理な機動はしないけど、注意して、あのサムの強さは半端じゃないわよ」と、ソレイユが注意を促す。
「はい」とマルスが答えたとたん、射撃レーダーにつかまる。
「早速やられたわね。」
「うん、すごい!」
マルスは本来、自分の手足に内蔵されたフォースモータを使うようにプログラムされているので、空中戦では速度よりも複雑な機動を重視する傾向があった。だが、機動性に優れたドルフィンといえど、マルスの思い描く機動はできない。
「すごいね、あの二人!」
再び、射撃レーダに捉えられ、マルスは驚嘆する
「あのペアは最強よ。私じゃ絶対に勝てない相手だわ」と、ソレイユが率直に言う。ソレイユは自身の体を使った格闘戦は得意だが、戦闘機の操縦はそれほどではない。一方、戦闘機の操縦に特化したノーマは、格闘戦ではソレイユに勝てない。だが、戦闘用に開発されたマルスは、格闘戦を含むあらゆる状況に対応できるように設計されている。マルスはプレスト海軍が望んだ、次世代のアンドロイドなのである。
2020年5月4日加筆