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自分は物心ついた時からすでに親はいなかった。
家族と呼べたのは婆さんだけで、毎日のように昔話を聞かされてはその話の一つ一つにのめり込んでいったのを、今でも覚えている。
夜空に浮かぶ星の一つに込められた話、この世界にいたっていう英雄たちの話、御伽話から冒険譚。
毎夜聞かされる「外の世界」の話は、純粋だった子供には大きな希望となることが多い。
自分もそのクチで、「大人になったら有名な冒険者になって婆さんを楽させる」などと息巻いてたっけな。
「私が死ぬ前に、お前に話しておきたい事がある」
老婆は静かに淡々と切り出した。
その言葉にぎょっとしたような表情を見せつつ、傍らにあった椅子に腰掛けつつも彼は言う。
「……おいおい、縁起でもねえ。死ぬにはまだ早いだろうがよ」
「いいから私の言う通りにおし。胸の前で両手を広げて、その手の間に強く炎を思い浮かべてごらん」
まじないか、と茶化すように聞くも彼を見つめたままで穏やかな表情を浮かべるだけだ。
納得がいかないように唸りつつも、言われた通りに目を閉じてやってみる。
揺らぐ赤い光。
ジリジリと焼けるような感覚。
力強い、それはまるで自分の中で立ち上っているかのような熱さ。
胸の奥が熱い。何かが噴き出しそうなほどに。
炎。
手の内でイメージした炎が、踊るように揺らぐ。
「目を、お開け」
静かに目を開けると、眼の前を火が上っていく。
いや、火ではない。それは花弁だ。
花弁が舞い上がって、発火して燃え尽きて消える。
手の内に浮かんでいたのは、赤く燃え上がる薔薇だった。
「その薔薇と同じようにこの世界には7つの珍しい薔薇があってね。この薔薇を集めると、箱庭へと通じる門が開くと言われている」
「ちょっと待てよ、なんで俺がこんなもの持って」
「アカシャや。お前には私の孫だと教えてきたけれど、本当はお前の父親が旅の途中で連れてきた孤児だったんだ。その時にその薔薇を両手で大事に持っててね、一言だけ言ったその言葉を今でもはっきり覚えているよ」
それはなにか、と尋ねると、老婆は静かに続けた。
「箱庭は、停止していない」
まったく覚えがないと言うと、それは薔薇を己の胸の奥にしまい、そこからは年相応な子供のように変わってしまい何度聞いてもわからないといった状態になってしまったからだという。
「お前が独り立ち出来る歳になったら、外に送り出すつもりだった。
お前の望んだ冒険の世界に、ようやく送り出せる日がきたんだと思うと、寂しいけれど嬉しいものだね」
段々と弱くなっていく声に、その手を取って笑う。
「さあ、いつでもお行き。お前には外の世界に待ってるものがあるのだから」
ここで記憶が途切れる。
火の赤薔薇は、その熱を呼び起こしてくれる。
手に感じた熱も、胸の奥から沸き立つ熱も、全部。
でも一番は、取り合った手の温もりが鮮明に蘇って来るーーーーーーー
は ず だ っ た 。
「感傷に浸ってる場合じゃねえんだよおおおおおおおおおお!!!!!!!」
割と切羽詰ったような声をアカシャが上げ、二人は廊下を全力疾走していた。
理由は少し前に遡る。
あれから各個撃破やらなんやらと骨兵士を相手にしていたはよかったものの、罠として用意されていたであろう脆くなった壁を破壊し、その中に待機していた骨兵士がわんさかと湧き始めたのだ。
しかもただ武器を片手に襲ってくるだけならまだ良かったが、今度はその中に術を使うと思われる魔術兵も混ざっていたようで、圧倒的な数と手数の多さに一気に劣勢となって逃走するしかなかったのだった。
「アサキさん! アサキさん!! ちょっとこういう時ってなんかこう爆弾的なものとかで一掃とか出来ませんかねええええ?!」
「馬鹿を言うな! こんな場所で派手にやったら一気に崩壊する!」
「だからってこのまま逃げ続けんのって無理がありませんかねえええええ」
「もう少しで深層部に近付く! それまで黙って走れ!」
角を二回右左へと曲がり、真っ直ぐの一本道が目の前に現れる。
するとアカシャは唐突に止まり、骨達の方向を向いて手を翳す。
それを見てなにか勘付いたのか、アサキが少々ぎょっとしたように目を見開く。
「やっぱ面倒だから一気に片付けんぞ!」
アカシャの手が赤く光を発し、魔力を高める。
「炎よ集え! その姿、赤き奔流となりて我に仇なす敵を焼き尽くせ!」
「アカシャ、待て!!」
理解したアサキがアカシャに制止を呼びかけるが、詠唱が完了してしまった上にアカシャの耳には届いているわけもなく。
「火焔流!!」
アカシャが声を上げると、彼の手の前に一瞬魔術陣が浮かび上がり、収束した後に轟音と共に炎の奔流が放たれた。
まず一本道に現れ、此方に向かってきていた先頭集団を飲み込み、そのまま焼き尽くしながら後続の集団も飲み込んでいった。
だが魔力の届かない範囲まで敵がひしめいており、追ってきていた事も容易に想像できたため、アカシャは一つ策を講じた。
逃げる最中、途中の壁に魔力を感じる事で発動する罠を仕掛けていたのだ。
火に乗せた魔力が届く範囲までくれば自動的に発動する「それ」は、カッと強く光ると勢いよく高熱の溶岩が噴き出したのだ。
骨兵士たちは為す術なく飲まれていき、その形態すら残さないほどの高熱によって灼け溶けていくのだが、それを見越したアカシャが高らかに声を上げる。
「どうよ! これなら逃げらんねえだろ!!」
「アカシャ」
「あ?」
そんな彼にアサキが半眼で見つめながら問う。
「一掃する考えは確かに俺も考えた。この一本道なら、威力のあるお前が得意とする炎系の術が一番活きるだろう」
そうだろう、と言わんばかりにアカシャが頷くが、アサキはそこから更にこう続ける。
「……だが、ここは横は壁で、天井も床も易々とは破壊は出来ない。付け加えると、火焔流や溶岩陣みたいな威力のある魔術は「ある一定の時間を経過しない限り消えない」。その性質を利用したのもわかった」
アサキの告げる内容を理解し始めたアカシャの顔が青ざめていく。
そんな彼に容赦なく、相棒は問いを突きつけるのだ。
「……だが、ここは一本道だ。前後にしか道がない。逃げ場のないここで溶岩陣を仕込んで発動させればどうなる?」
「ようがんが、おしよせてきますよね?」
アカシャがそれを口に出した直後に正解と言わんばかりに、下ってきた廊下の奥から溶岩が轟音と共に勢いよく逆流してきた。
量が量なら勢いもそれに比例するもので、非常に勢いよく噴き出したのだから非常に早く下って来るのは当然のことである。
百面相をするアカシャを見て嘆息すると、アサキは溶岩に向かって左手で刀印を作って空を切ると同時に、聞き取れない言語で素早く魔術を組み上げる。
「水霊の抱擁!」
唱えると二人の足元から水が湧き、水の膜の球体を作り出してすっぽりと包んだ。
直後に溶岩が膜と衝突、熱と冷がぶつかることで生じる蒸発の音がする。
膜はしっかりと二人を防護し、溶岩が突き破ってくることはまったくなかった。
やがて川のように流れる溶岩は二人を包む球体を持ち上げ、道の先へと運んでいくのだがその球体の中は熱をそれほど強く感じることはない。
アサキの機転によって「自分の術で焼け死ぬ」などという不名誉極まりない自滅は避けられて安堵したものの、道の先はまだまだ見えなかった。
「やけに長い廊下だな。それに、なんか……石の造り、随分キレイになってきてないか?」
アカシャが言うように、奥に進めば進むほど道はキレイになっていっている。
やがて魔術の持続時間が限界を迎えたのか、溶岩が急速に冷えて固まっていったのでそこから先はまた徒歩で奥を目指す。
数分歩いただろうか、奥の方から明かりがはっきりと見えた。
道の終わりに差し掛かると見えてくる。
辿り着いたのは、大きな吹き抜けになっている広間であった。
様々な場所からこの広間へ繋がっているようで、横はほぼ他の通路への入り口のようである。
ただ長い年月が経っているお陰か、その殆どが落石などの理由によって塞がれてはいたが。
二人が立っているのは広間の上部の入り口の一つ。
わりと高い場所なのだが、慣れた感じでその場所から飛び降りて、アサキが術で落下を抑えて着地するのが定石らしくアカシャは短く礼を言う。
「なんかものものしいトコだな。遺跡って感じがするけど、依頼者の話じゃここって炭鉱じゃなかったっけか?」
「恐らくはこの遺跡を何らかの意図で隠した後、たまたま資源が掘り当てられたことで認識も話もすり替わったんだろう。遺跡の情報も街では全くもって得られなかったしな」
今回の依頼は、遺跡内にある「炭鉱夫たちの忘れ形見」の回収作業。
依頼自体はひどく簡単なもので、昔使用されていた採掘道具や、出来たら中で取れる資源を回収してほしいというもの。
これは、先に回収をして入り口近くまで運搬しておいてあるので、気にする必要などない。
だがその依頼は単なる「ついで」であって、本来の目的は別にあった。
それが今立っている場所、町の住人が「炭鉱山」と言っている場所の深部だ。
「しっかし、すげえなー……ところどころ崩れてるけど、それでもキレイな方じゃねえかここ」
「思った以上で俺も驚いている」
「アレ、なんだ?」
アカシャが指さした先にあったのは、部屋の中央、壇のように飾られている場所に、曇りガラスのように白く濁る大型のモノリスが置かれていた。
大きさとしては、高さ3メートル、横1メートル、厚さは40センチほどだろうか。
それが中央に鎮座していた。
「石英かね? 随分でけえけど」
「……いや、そんなヤワいものではなさそうだ」
石に触れてみたアサキが軽く意識を集中する。魔力を注ぎ込んでみているのだ。
すると石が淡く光だし、その表面に文字を表示させていく。
見慣れない言語がなめらかに描写されていくのをアカシャは面白いものを見ているかのように眺めているが、アサキがそれを見るとこう続ける。
「古代語?」
読めんのかよという声が聞こえたが、構わずアサキが文字を眺めている。
「……”星のゆらぎ”…”力を”…”あの実を”……”追い求めるべからず”?」
「なんだそれ?」
「複雑に書かれているから所々しかわからないが、どうやらこの遺跡を作った奴らが残した警告文らしい」
「警告って縁起でもねーな、バケモン封印してるとかそういう類?」
「この石はどうやら魔力に反応するように作られていたようだが、一般人では独学で魔術は扱えない、ましてやオレが今流し込んだのは”精霊系”の魔力だ。編み上げの魔力じゃ何の反応もなかった」
「おめー、本当に有能だな?!」
精霊系魔術は精神力を使う一般的なのものに比べて、精霊の力を借りるために扱いが難しい。
故に「編み上げる」とかそういった「個人作業」をして行うなどの一般魔術よりも強い。
また下手な知識で使用すると使用者の体に反動として返ってくるために、独学で使用することは決してオススメ出来るものではない。
読むことも出来ないのでは収穫が得られないと判断したのか、アサキは己の目を左手で覆い隠し、唱え始めた。
「解の眼」
ぼうっと一瞬だけ手が淡く緑の光を発すると、彼の瞳が光を発し始める。
手をどけて改めてモノリスを見れば、すると読めなかった文字がすらすらと頭の中に入ってくるようになったので、文字を読み進めていく。
読み終えると光が消えるので、それを見たアカシャがどうだったと問うも、アサキはそれに答える前にこう言った。
「いい加減出てきたらどうだ?」
魔術やらなんやらの設定はまた別途投稿いたします。