第6話 「 膝枕は苦痛を伴う 」
これは本当に酷いことである。
先程までの経歴を改めて、確認しておこうと思うのだが、先ず、この異世界に転移し、肉ダルマ兼火ダルマを退治したことを覚えてはいる。
そして、1日目から小さな少女を助けて、恩を売ったというところまでは完全に覚えている。
記憶にないのはそこからの経歴である。
あの後、格好良く退場し、腕の千切れた少女の腕がうまいこと繋がり、異世界からもヒステリーを残して退場。
というのが一番上手い、格好良い退場の仕方なのだろう。
起きたら異世界を出ていて、普段通りの生活に戻り、見事ハッピーエンド。そんな上手い事が身近に起きれば煜にとっては最優の未来だ。
煜にとって、普段通りの劣等学園生活、日常的な生活に戻れるならば幸いだったのだがーー
「んん……ふぁぁ……」
ーーなんか寝てる、しかも膝枕で。
ちなみにだが、今欠伸をしていて、膝枕をされて眠っているのは、紛れもなく相手の方である。
倒れていたはずの煜だが、何故か知らないが膝枕させられている。妻に敷かれた夫の気持ちが、何故かよくわかった。
一番驚いたのは、それがあの追いかけてきた少女であった事である。
身知らぬ部屋、身知らぬ空間で、身知らぬ少女に膝枕をしていた。
多分、変態じゃないです。
恐らく、煜はあの後、あまりの疲れに膝からタイミング良く倒壊、気絶してしまったのだろう。その後、何らかの力で体力の回復、気絶状態のまま放置し、少女は身近に居た煜を仕方なく自分の部屋に運び入れた、というところであろうか。
「……しかし、こんな汚い部屋に住む女の子がいるもんなんだな……」
正直、この部屋で食事したら十中八九喉を通らないだろうと考えられる汚さである。
布団以外の全ての区域をプリントやら、使ってない拡張コンセントやらで荒らされまくっていた。
簡潔的に言えば、ゴキブリホイホイみたいな部屋、としか言いようがなくなってしまうような部屋だ。
壁には、無駄に綺麗な学生服が3着掛かっており(新品だろうか?)、布団の上には、一目見ただけで分かる、使い古された学生服と、女性用下着などなど。
生活感ゼロのこんな部屋で、本当に彼女は暮らせているのだろうか?多分、自炊はまともにしてないだろう。
そして、
「んがー……」
膝枕で寝てる癖に、膝枕をしてもらっている癖に、寝相が悪過ぎるというイライラ案件が発生。
顔だけは可愛いので、部屋の掃除くらいならしてやろうと思っていたのだが、この寝相だけは予想外。
煜の嫌いな女性ランキングにはキッチリと、『寝相が悪い女性』がランクインするほど嫌いなのだ。というか、なんだかイライラする。
多少だが、イライラっときた煜は、起こしてやろうと思った。喝を入れてやりたいのだ。
「起きろ、このヤロー。誰の上で寝てくれちゃってんですかー?」
最初は優しく、ペチペチ、と心地の良い音を鳴らして頬を叩いてやる。人間であれば、こんな弱い一撃一撃のビンタでは当然起きるはずがない。
煜は心の中で、良心的なのはここまでだ、と言い放つかのように、柔らかな頬を勢いよく叩いてやる。
パァン!と、気持ちの良い音が部屋を包み込む。やられた本人からしたら、きっと不快な音なのだろうが。
「いっつうぅぅ……!な、な、何すんのよ!?」
「何すんの、は俺のセリフじゃねえのかよ……!?ここはどこ!?なんでここにいるんだ!? お前は何してんだ!?俺はなんで、正座して律儀に膝枕してんだよ!?」
「あー、あー、キコエナーイ、質問は一個にしてー。」
煜は、思い切りこう罵倒してやりたかった。「正座させておいて言うセリフか、ふざけるなよお前」と。しかし、言ったら言ったで面倒な事になりそうだ。
と、いうわけで仕方なく、というか不本意だが、質問を一個に削ってやる事にした。
「……ここ、お前の家?」
別に、これが聞きたかったわけじゃないのに聞いてしまった感がダダ漏れではあるのだが、一つに絞れと言われたら、これくらいしか浮かばなかった自分が居たのだ。あり得ないだろってコメントは無しで。
「ここ……あー、うん、あたしの部屋だけど」
「あー、うん、じゃないよな……そもそも、お前何者だよ……」
今更ながら、この少女の名前をまだ聞いてなかったのである。知らない人と会話というのは、また違った良さがあるのだが、名前くらいは教えて欲しいものだ。
と思っているのは、少女の方もだろう。普通、ぶつかって謝るだけで終わる仲のはずなのだが、あの事件後ということもあり、少しくらいなら、という感情が煜にはある。
まあ、問題点として、ぶつかった事を謝ってはいないのだが、 膝枕の件でおあいこになった事だろう。
「……別に、名前なんて言わなくていいじゃない。本当に知りたいなら、なんで一つに絞るとき言えなかったの?あんた、もしかして…」
「誤解だ!俺をそんな変態のような目で見るんじゃあない!」
世間話は、異世界で学業成就が出来ないことを見越しての行為ではあるのだが、ここで、いま現在の状況がまさに難攻不落だという事に気付く。
一番目の問題として、この少女と自分の種族が明らかに違う事だ。胸部的な意味や、身体つきの面で見れば(つまり変態視線)、人間と対して変わりはないのだが、それ以外の面で見れば、大分違いがある。
例えて言うなら、異世界モノゲームでありがちな『明らかにエルフだろ』現象。分かりやすく説明するとしたら、エルフ耳。
これは最初の方で説明したと思うが、すごい尖り方をしている。
二番目の問題は、服装の違いである。
これは非常にマズイ事で、この洗濯できなさそうな少女の服に注目するのだが、エルフ種族かは分からないが、羽根の部分が大丈夫なように羽根を出す為の隙間みたいな部分がある。
お洒落には疎い青年、煜だが、流石に煜が背中に穴の空いた服を着るのは、なんとも言えない気分になるどろう。
ただただ、格好がつかないという点がある。
「ーーとりあえず、君がなんの種族か、教えてプリーズ」
「はぁ?」
この少女の反応は、大体コレなのだから、話が続かないのなんの、コミュ力だけは自信のある人も、これには流石にお手上げだろう。
可愛げがあるならまだ良いが、コレは酷過ぎる。目に涙を浮かべそうになる。後に笑い話になってくれれば嬉しいが、多分ならない。
「……一応名乗るけど、俺は高瀬 煜。そこらにいる学生と変わりねえ、勉強の出来ない一般学生だ。おっと、金はねえから集るんじゃねえぜ」
金がないというのは、実は間違いである。
一応、煜の元居た世界でのお金は持っている。火ダルマ事件の時の端っこによせたものとは、必需品であるお金や、仮に異世界から戻れた時用に残してあるパスポートや学生手帳である。
煜は、誰にも見せたことの無いくらい気味の悪いドヤ顔で、『これが目に入らぬか』と手帳を見せつけていく。
「あんたの名前なんか知ったことじゃ無いし、そんな字はココじゃ通用しないわよ、ヒカル」
「あるぇー……?」
どうやら、日本語はこの世界では使えない、アラビア語みたいな扱いとなっている。言語は万国共通で、イージーモードかと思えば、こんなところでルナティックに突入するとは、煜が言うなら、無理ゲー乙かもしれない。
「てか、お前今、煜の読みを面倒そうにしたろ」
「棒読みで悪い?興味ないもの、あんたなんか知らなーい」
ーー可愛げがねえな、おい。
煜改めヒカルは、絶句した。相手が自分以上、いや、はるかに凌駕するクズだった。
幾ら何でも辛辣過ぎではないか。
ヒカルは近くにあった枕で、枕投げに使われる不意打ち、初手顔面を上手いこと決めた。