第3話 「 負け犬の覚悟と決意 」
煜は、完全に集中していた。自分の得には絶対にならない少女の救出を願いながら、少女の引っ張られていった方向へと、つられて引っ張られるように奥に入っていった。
煜は、ただ無我夢中だった。
たとえ小さな生命であろうと、自分の生命が崩れそうなくらい心が痛くなろうとも、精神が崩壊するかもしれないこの屋敷を、戦場を制覇するアレキサンダーの如く駆けていく。
「どこにいるか……そんなこと考えてられねえな」
本当に、ただただ無我夢中であった。攫っていったヤツから少女を取り戻したいという気持ちで、弾けそうな気持ちだったのだ。
しかしーー
「……ダメだ、見つかるとか以前に、何にも見えてねぇ……」
火に充満されたその屋敷内での、視界の状況は最悪の状態だった。
今来た場所の位置も、いつの間にか分からない。元から戻る気が全くないのだが、このままでは生死どころか、自分が生きて帰れるかすら、見当が付かなくなる。
煜の感覚は、まるでジェットコースターの中の様だ。最初は、安寧を得られるのだが、急に不安に駆り立てられる。そして、今はまだ急な坂を上っている途中、と言うべきだろうか。
だが、もし、ここがジェットコースターの中というならば、必ず終わりの時はやってくる。急な坂を降っていくコースターは、必ず居場所にまだ連れていってくれる。
その時、
「っ……!来たっ!」
煜の足にしがみつく、気味の悪い感触。人間のような、そうでないような曖昧な温度。
ヤツが、来たのだ。
あの少女を闇の中に葬った、忌々しい悪魔が。
「連れて行け……あの子のところに……!!」
言われなくとも連れていく、そう言うかのように、脚を引きずり回す。床にも、天井に放たれた炎が回っているが、その腕のような物質は、分かっているかのように燃えていない部分を避けて通っていく。
ーーつまり、この物質は炎やその他のダメージを受ける
だからこそ、避けて通るのだ。もし、弱らせる事を考えるならば、炎の回る方に敢えて通る事を考えるだろう。
この物質は魔術だとか、そういうオカルト系のモノというわけではなく、確かに生命の有る生き物の腕ということになる。
「ーーここに来て、初のお仕事が狩りってマジですかい」
煜の異世界に来て、初めてのミッションは少女の救出。万にひとつとして、何もできた思い出がない無能生徒の経験値など、ほぼゼロに等しいのだが、このミッションは、煜の生死を別ける運だとか勘だとか、そういういい加減かつ適当な方法では、絶対に勝ちきる事は不可能な状況に陥っている。
唯一の希望があるとすれば、怠け者の煜が、ようやく戦う決意をしたという事だ。
ズルズルと引きずられていく、その時間が、長く感じるのは偶然か、それとも錯覚なのか。煜には、理解しようのない事だ。
そうやって綱引きの綱のように、グイグイ引っ張られていくのだが、突然か、それとも目的地に到着したのか、煜の脚を、勢いを増して引っ張り、予想外の動きに対応しようがなく、煜は顔面から地面に叩きつけられた。
「っつ……たく、もっと丁寧に扱いやがれ……」
『せっかくの客人を無下に扱いやがって』、とでも言って、ふざけた態度を取るつもりだったのだろうか。
恐怖を搔き消すために、馬鹿なりに考えた策だった、それが正解の訳がない。周りの惨状から目を背けているだけだ。
しかし、連れて来られたその場所の、余りにも酷い光景を目の当たりにするまでは、その態度は正解だったのかもしれない。
ーーこいつ、化物じゃねえか
少なくとも、目の前に現れた人喰いモンスター、いや、エルフ喰いモンスターを、人とは思えない、そう思いたくない。
ただの巨大な肉塊にしか見えない、そう思えたならば、どれだけ幸せだったのだろうか。
どう見たって、四足歩行の人外でしかない化物。恐ろしいのが苦手な煜の為か、しっかりと周辺の掃除までしてくれて、マメなモンスターだこと。
「……全く、上がったテンションを此処まで大幅に下げさせてくれたのは、お前が初めてだよ、肉ダルマ」
ーー直視したくない
気味の悪さに、目を背けてこの場から消え去りたい、逃げるチャンスなら、伺えなくはない。逃げられる好機を掴めるかもとも思ったが。
本当に、奇跡的な事だった。少女は、肉ダルマの背後に隠されていた。目をしっかり開けて、自分の身体を必死に動かそうとしている。
「……取り敢えず、ミッション失敗だけは避けれるみたいじゃねえか?なら、この肉ダルマをどう退かすか、考えなきゃならない、か」
初めて抱く、正の感情。正き者として、少女の生命を助ける事を決意した。
そして、アニメや漫画のような、主人公になった気分を味わうことが、何よりの嬉しさであった煜は、心の中で宣言した。
ーー必ず、少女を連れて帰ってやる
と。