表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界からのRE-START  作者: 猫大刀
3/8

第2話 「 闇に隠れる暗殺者 」

 死を目前とした人間は、脚が動かなくなると聞いたが、そんな事はない。

 まだ動ける、幸い扉からは近かった。

  もし、逃げ出す事が出来れば、自分の命だけは助けられるかもしれないし、あの少女と言葉が通じた事で、言葉が共通である事もわかった。ならば、みんなにこの恐怖を伝える事が出来るかもしれない。

  怖気づかなければ、きっと、一を捨てて他を救うことが出来る。

 だけど、



「助け……て……死にたく、ない……!」


「っ……そ、そんな眼で…俺を見るなよ…」



  自分の事を助けに来たのかと、倒れていた見知らぬ女の子が、此方を見つめて離さない。少女は、そのつぶらな瞳と、恐怖に掠れてしまった声で助けを請う。


  自分なら、助けられるかもしれないが、それはあまりにも無謀過ぎる。立ち向かったとしても、この数の人を、相手は殺せる存在だという事を考えてみれば、無理だという事は眼前にまで見えている未来だ。



「…恐怖に狂う気持ちは、俺にだって分かる……だけど、俺じゃ、無力過ぎる」


「……そん…な…」



  少女の眼から、わずかに残っていた光が消えた。その眼からは、希望を感じ取れず、ただ、目前に迫る苦痛と、背中に忍び寄る恐怖が少女を襲う。

  煜に対して、得た希望は偽物なんだと、気付いてしまう。そうやって、死に行くだけが、自分には残る。


 ーーきっと、そう思ってるのだろう。


  煜は、そんな少女に対して、昔の自分を照らし合わせていた。何も成し遂げられなかった自分に対して、吐き気を催すだろうと。

  そんなの、許せない。そうなりたいとなんて、思わなかった。今なら、少女が手を差し伸べた今なら、きっと救えるから。

  少女の手を握り、力を入れて引っ張る。体重が意外とあって、少しずつしか引っ張れない。



「へへっ…もう、大丈夫だろうよ……」


  こうして、1人の少女の命が助かった。ズルズルと、力一杯に引っ張り、体重を掛けて、扉の前に連れて来た。

  しかしーー



「…ありがとう…お兄ちゃん……助けーー」



  ーー少女は、何かに引っ張られていった。

  煜の手の中に残ってしまったのは、小さな、年端もいかない少女の、手。手から先が千切れていて、手が痙攣している。

  握りしめたその手は、生命を失っていく。次第に手は冷えて、引きずられていった少女の苦痛を表現するように、痙攣を続けーー



「嘘…だ……」



  その動きすら、完全に止まった。

  この世の言葉で体現するならば、『死後硬直』というものだろう。人は相手の苦痛の叫びを聞くと、恐怖に屈してしまう。

 しかし、扉を開けた状態で、直に聞いた悲鳴は、この世のモノとは思えない。



 ーー痛い、痛い、痛い、痛い。


 ーー助けて、助けて、助けて、助けて。


  悲痛な叫びが、屋敷内で木霊している。気が気でなく、これ以上此処にいれば、気が動転してしまいそうだ。自分から死にに行く様なモノ。



「ーー俺は、こんなトコで死ぬのか?」



 自分自身に問いかけてみる。動転してしまった自分に、何度も、何度も言い聞かせて、異世界に来て早々死んで、助けられた生命と共にこの屋敷で果て、紡げる筈だった物語すら、もう一生、夢に見ることすら許されないのか。


  沢山絶望して、勝手な意志で少女を助けようとして、助けた気になって、調子に乗って、淡い希望を抱かせておいて、自分だけ幸せに死んで、本当に良いのだろうか?

  元々、不必要だと思っていたこの身体を、何故そんなに大切に使うのか。このまま少女と果てるのが一番幸せなのではないか。



 ーー違う。



「そんなこと……お断りだ……!!」



  高瀬 煜の人生は、ぼろ雑巾を具現化させたかの様なモノだった。しかし、今此処に生まれたのは、確かな希望だった。

  死に急ぎと呼ばれても、良い。絶望的に情け無い青年は、少女を助ける為に、ただそれだけの簡単な理由の為に、屋敷の奥に走って行く。

 ーーその時だった



  背後から、何か熱いものが迫る気がしている。血の暖かさとはまた違う、蛍火の様な弱い熱。何故か、此処に来て、聞き慣れたあの少女の声が聞こえてくる様な気がしたが、煜の五感は全て、目の前の敵にのみ、集中している。

 しかし、熱さが更に迫り来る恐怖に顔を後ろに向かせて、状況を把握しようとした。その瞬間、煜の顔ギリギリに走る火焔の一閃が疾る。しかし、煜には何も見えていない。

 屋敷内は小さな焔から、火が移り渡りいつの間にか、屋敷内の天井にまで火が上がっていた。



「…無茶してるじゃない、あんた」


「お、お前…」



 ーーさっき俺を追いかけて来た、謎の少女だ。



 少女は、瞬間的にマッチの箱を一箱、全て燃やして部屋中にばら撒いていた。

 「どうやって」と、聞くより早く、驚いて止まっていた脚を動かさせる様に背中を押された。


「助けたいんでしょ、あのコ。さっさと行ってきて、パパッと終わらせて……じっくり話、聞くからね。」



  ーー全く、余計なお世話だぜ。


  そう思いながらも、押された背中を引くわけにはいかない。少女が行った方が、あの幼い子を、助けられる確率は上がるかもしれない。煜は、巻き込まれて死ぬかもしれない。


  ーー助けたいんでしょ?


 その言葉が脳裏をよぎる。

  今此処で立ち向かわなければ、一体いつ立ち向かうのか。何が理由で少女を狙ったのか、何が目的でこんな屋敷に居るのか。

 そんな細かい事は、関係ない。



「やってやるともさ、あのコの為に」



  自分に希望を抱いてくれたあの少女を助ける為だけに、無我夢中で燃え盛る屋敷内を走り抜けるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ