第1話 「 使い古したイヤホン 」
秋が始まった。
秋と言えば、モミジの紅葉が見られ、真っ赤に染まったモミジが可愛らしいというのが評判だ。
故郷では、学校の授業中、紅く染まったモミジを良く窓から見ていたものだ。
秋と言えば、寒くて風邪も流行るし、秋休みも無いし、学生にとっては体育祭だとか、文化祭だので大忙しになるのに、中間期末のテスト連続で、悪行だなんだのと言われて、母親に怒られたりするものだ。こう長ったらしく比喩するのもなんだから、簡潔的に言ってしまえば、面倒な時期だ。
そんな面倒な時期ですが、今こっちはさらなる悪夢に立ち向かっています。
それは、
「さて、とー……ここはどこなんですかねー……」
道に迷っちゃいました、で済むならまだ良しとしてもいいのだが、もはや見慣れない風景の問題ではなく、街を歩く人の耳や背中に注目すると、エルフのように尖った耳を持つ美少女やら、背中に羽根を持っているのに羽を使えず、歩くのを面倒そうにしている学生達がいた。
「…つまり、つまり……どういう事だ?」
顎に手をつけて、ゆっくりと立ちながら考えてみたが、やはり良く分からない。異世界転移ものなのは確かにわかっているのだが、その正確な中身を全く理解していない。
この青年、高瀬 煜は、正真正銘、絵に描いたようなアホの具現化に過ぎなかったという事なのだろう。トンチを思い浮かばせるお坊さんの如く、胡座を書いてとんちんかんちん、とんちんかんちん。
「とりあえず、まずすべき事はここがどこかを理解する事だよな!うん!それが良い!」
急に大声で喋り出したことに、周りのエルフ耳の少年少女が此方を見ている。じーっと見つめた事に気付き、煜は何もなかったかのように「さーせんっしたー」と呟いて、走り出した。
前を向かず、後ろのこちらを見ているエルフ耳の少年少女を見つめ続けていた。その少年少女は、不覚にも全員が美男美女。煜が、普通の青年としての魂なら、賞賛を送るのだが、煜は少し変わっていて、美男美女は全員は全員リア充を生きる根暗壊しだと思っているため、舌を出して白目を向いて、何も喋らず顔でその怒りを表現していた。
ずっと後ろを向きながら走っているのだが、良く転けないものである。
しかし、悲劇は突然に、
「わっ!?」
「うおっ……!?な、何!?当たり屋!?」
「自分からぶつかっておいて、その言い草は無いんじゃない……?というか、当たり屋だったらあんたがアウトの立場だからね!?」
交差点で(多分、別に交差点でなくともぶつかっていたのだが)偶然に、自分と同じくらいの赤髪少女とぶつかってしまった。
唐突過ぎてビックリしたのか、煜は無責任を貫き通そうと言い訳を繰り返しているのに対し、少女は、言い訳すんな、と正論をぶちかましてくれている。
「と、とりあえず、俺は知らないからな!」
「あ、ちょっとぉ!」
煜は、「責任は取らないからな!」と一言呟いて、方角も解らないまま走り出した。
異世界であろうと、人は責任を取りたがらないのだ。
そもそも、どうして異世界に来てしまったのか?という事だが、これには深い理由と意味があった。
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高瀬 煜は、そこらにいる学生とは少し違う。
そこらにいる学生は、自分が頭の悪い、と思っていて、努力をすればなんとかなるような学生が多い。煜は、そんな学生を凌駕するくらいに頭が悪い。ゲームや漫画を見て、国語力だけは無駄に高く、明るい性格なだけで、それ以外の良い点はない。
授業中は、ずっと昔から使ってきた古いイヤホンを耳につけ、バレないように服の下に線を入れておくという姑息な手を使う。
そんな煜だが、テストの点数は良いのかと訊かれたなら、最悪と答えるしかない、かなりの劣等を貫き通している。
唯一の特徴は、首に何かの跡がある事だ。これは、イヤホンを同じ位置に入れ過ぎて、跡が残ってしまっただけで、大したものではない。
勤勉にバイトしたわけではなく、勉強を頑張ったわけではなく、唯一褒めることが出来る点は皆勤で学校に通ったことくらいのアホだが、日々を何もせず毎日を塗り潰していた。
異世界に行った原因は、おそらく現実で煜に起こった悲劇のせいである。
通学中、突如に現れた車に轢かれかけ、それ以降の記憶が曖昧になっている。
そして、
「誰か助けてー!変な人に追いかけられてまーす!!」
「誰が変な人よ!私から見たらあんたの方が変よ!」
目を開けたらこの世界にいたわけだ。異世界転生に近いが、死に至る程大きな車ではなかったし、そこまでスピードが速くなかったので、幸いと言うべきか、ギリギリ救って貰えたのである。
装備品は、イヤホンのみ。それ以外は、夏用の学生服と、学校用の鞄だけ。
鞄の中には、弁当やお菓子、キンキンに冷えたジュースが入っているので、助けてもらえなくとも、1日なら生き長らえる事が出来るだろう。
謎の少女との追いかけっこは、体育だけはまともに受けていた煜の圧勝で終わったが、少女は飛んでまで「待てーっ!」と追いかけてくるので、少し申し訳ない気分になった。
「す、すぅ……ストーップ!」
「ようやく謝る気になったのかしら?」
「謝る……?俺は謝らないが……一つ、聞いても構わないかな……」
1つ、大事な事を聞かないとダメだと思ったのか、「ちょっと待って」と、掌を前に出して、息を整える。
少女はわからないまま、小首を傾げてキョトンとした表情を浮かべている。
「ここは……何処なんだ……?」
「ここ?……ここって言われても…?」
この世界に来て、初の会話がこの少女になるわけだが、この少女は他の世界の事を何も知らないでいる。深妙な顔をして、深く考えているが、何も分からないみたいだ。
煜は、そう悩んでる少女を見て、今が好機だと思った。ゲームでいう理不尽なゲームオーバー確定イベントには乗っかる気がなかったので、暗く大きな部屋に無断で入っていった。
そこはーー
「…屋敷……か…?」
不可思議な屋敷。灯の一つもないが、微妙に明るく、巨大な玄関で迎えられた。
暖かいわけではないが寒いわけではない、絶妙な暖かさに包まれており、歩くたびに奇妙な音が足元から聞こえてくる。
まるで、水分を帯びた固形物。
ーー固まる前の、血塊。
「…なんだよ、これ……」
意味の分からないその場で突然現れた血の塊、臓物の零れ落ちる音が、未だなお聞こえてくる。煜の研ぎ澄まされた第六感が、煜自身の脳に危険信号を送り付ける。
ーーその部屋から立ち去らねば。