プロローグ
ーー辛い
絶対的に、間違っている蛇の曲がりくねった道を進んでいく、そんな気がした。何かを、決定的な何かを履き違えている様な、違和感もした。
如何なる人間だろうと、拒む様な悪夢の連続、負の連鎖が脳裏を襲う。拒みたくても拒めない、『行け』と命じられているかのように、進んでいってしまう。
ーーおいおい、聞いてないよ、こんなの
周りの人の、血。他人の脳から流れ出る灼熱の炎、哀しみより先に込み上げてくるのは、吐き気とその吐き気を押さえ込むような自制心。
押し殺せない悲鳴と、耐えきれない腕の震えが彼を襲い、次第に、大粒の涙によって床は濡れていく。
ーーそっちは地獄だ、行っちゃダメだ
年端のいかない少年は、好奇心だけで地獄へと向かう。戻ってきたのは腕、死に急いだ英雄の腕だけが、床に転げ落ちた。
自分を何故殺さないのか、疑問符が彼の頭を飛び回る。人間は、疑問を抱くとその疑問が解決するまで、悩み続けるというが、今回ばかりは恐怖の勝ちらしい。
脚が上手く動かない、なんて考えているのは、仲間、友達が死んだのに、逃げ出す事を考えているからかもしれない。
だけど、コレは本当にマズイ。
ーー運命には抗えないってわけかよ
できる事ならば、友達を、隣人を助けなきゃ。
だが、もう既に遅い。そんな綺麗事を吐く力さえ残ってはいない
もう、思考が安定しない内に、この場から逃走してしまいたい。考える事が、そこはかとなくしんどく感じてしまう。
村の外れまで逃げれば、誰も追えないかもしれない。追跡される心配は少なくとも、無い物であると考える事が出来るかもしれない。
だが、そんな思考が働いた時点で、彼に明日は見えていない。
ーーつまり、終わりってわけだ
何もかも諦めて、天井を見上げ、見えたのは、明るく照明のような月と、薄暗い夜空の星々。
せめて、この星と共に散れたなら、どれだけ幸せだろうか。
そう、『終わりの瞬間を感じ取った』という、人間の末期的な感情、生きるという淡き希望を投げ捨てた者の最後の足掻き。
人間として、美しく死にたいと願い、人間らしく、短い一生を描き続けるのだ。
「ーール・・・?」
可憐な、美しい声が脳裏をよぎる。
脳が喜んでいるかのように思える、何処か優しくて、上の空だった自分の感情を、まるで優しく抱擁してくれるような、そんな温もりを感じた。
ーーけれど
「大丈ーーー」
その瞬間は突然に来る、死という怪物は何よりも恐ろしい。
血が目の前で飛び散り、その身体が圧迫されて爆散し、百合の花が、赤く染め上がった。
叫び声が、雄叫びのように天に響く。もし、神様がいるならこの状況の打開策を見つけさせてくれるかもしれない。
そんな神様は勿論いない、打開策など、到底浮かばない。自分の出来上がっていない脳では、何一つ浮かばない。
だけどーー
「・・・必ず・・・守って・・・」
ーー守って、みせるから。
この瞬間、満月の夜空。
ーー高瀬 煜は、死んだ。