洛竜
瞼を開くとそこは林であった。
全身に高い場所から落下したかのような衝撃を感じる。
自分はしがない日本の大学4年生で、翌朝の就職活動に備えていつもより早めにベッドに潜り込んだはずである。
しかし目の前には木々が鬱蒼と茂っており、頭上には青空が広がっている。
身体に異常がないか調べようとすると、驚くことに腕は鱗に覆われていた。
「!!」
指先には鋭い爪があり、恐る恐る頭に手を伸ばすと角が生えている。後ろを振り向くと尻尾まである。
そう、竜になっているのである。
状況が飲み込めずにぼんやりとしていると、右斜め前方から物音が聴こえた。
少女が大きな籠を背負って歩いてくるのが見える。キノコや山菜などを採りに来たのであろう。
「えっ...?ドラゴンっ!?」
少女は自分に気づくと一目散に逃げ出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
叫びも虚しく少女は元来た方向へと消えて行った。
改めて状況を確認してみる。周りは林。たくさんの草木に囲まれている。
しかしよく見ると、どの植物も見たことのないものの様に見える。
頭上には雲一つのない青空が広がっており、周りに高い建物の様なものは見えない。
そして自分は竜である。全身は生成色の鱗で覆われており、頭にドリルの様に捻じ曲がった角が伸びている。
背中に違和感を感じ、力を込めるとバササッと格納されていた大きな翼が開いた。
どうしたものかな、などと考えていると発砲音ともに右肩に衝撃が走る。
「いっっ!!」
反射的にその場伏せる。弾丸か何かが右肩を掠めたが、厚い鱗のお陰でかすり傷で済んだ様だ。しかし傷口は電気のようなものに纏わり付かれており、パチパチと火花がはじけている。
「当たったか!?」
ガサガサと草をかき分け何者かが走ってくる。
「ヤツがいたのか?」
「ヤツかどうかはわからんが、白い影を撃った」
どうやら複数人居るようだ。
「当たったならそろそろ感電しててもいいんだが」
弾にはやはり電流が流れていたらしい。しかし鱗の上で少し火花がはじけた後、纏わりついていた電気は消えていった。
姿を現せばきっと撃たれる、このままやり過ごそう。
息を殺して立ち去るのを待つ。
「この辺りに居たよな?」
「感知を使うか」
しばらく場が静まり返る。
パァァン
自分のすぐ近くの岩が撃たれた。
「手応えがないな」
「そこで反応がある」
こちらを向いて喋っているのがわかる。
もう駄目か、と思ったその時
「本当にこっちだった?」
「こっちだよ!」
さっきまで話していた声と違った男の声と少女の声が聞こえてきた。
「銃を降ろせ!人がいるぞ」
「ワルドーさんじゃないですか。こんな所で何をしているんですか?」
「すみません、狩り中でしたか。娘がこの辺りでドラゴンを見たと言うもんですから」
「ドラゴン?」
「ドラゴンなんてものがいるのか?」
「我々はミケワを追っていたんですよ」
どうやら自分を追っていた訳ではないらしい。
「いたよ!ドラゴン!白いの!」
少女が声を張り上げる。声をよく聞くと先ほど逃げ出した少女のようだった。
ここぞとばかり立ち上がる。
「うわっ!?」
「!?」
「えっ!?」
自分を見て驚きの声が上がる。
「ドラゴンだ!」
少女も声をあげる。
「すみません、少しお聞きしたいことがあるんですが」
自分が声をかけると、喋った!と言いたげな目をこちらに向けられた。
「な、何でしょう」
「ここはどこですか?」
一番気になっていたことを尋ねる。
「ラヴッドですが...」
ラヴッド。聞いたことのない地名だ。
「えっと...。何大陸の何地方ですか」
「ここはワイーン大陸スケイル地方ラヴッド。ラキア国の端にある田舎街です」
「....。」
地理は苦手だったとはいえ全くここがどこかがわからない。
嫌な予感がして聞いてみる。
「日本って分かりますか?」
「ニホン...?」
「アメリカ合衆国は...?」
目眩がしてくる。
「いえ、わからないですね」
どうやら自分はどこか違った世界、異世界に来てしまったようだった。