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「うーん、さっぱりわからない」
あの後、常盤さんと別れ帰宅してから、常磐さんの書いたネームを一通り見たのだが、面白い、面白くない以前の問題でキャラの区別がつかないので話の流れがさっぱりとわからない。時々、主人公なのかヒロインなのかモブキャラなのかサッパリわからなくて「お前は誰だ?」なんてネームに突っ込みを入れてしまった。まれに矢印で名前を書き込んである辺り常盤さん本人でもわからないんじゃないかと思う。
これを漫画化するのか・・・。
自分の胸中に虚しく風が吹いている気がして、肌寒くなった。これが面白い気がしない。ぶっちゃけ、少し失望してる。
だからと言ってなぁ、この話を蹴るのもなぁ・・。
率直に言って美味しい話だ。これからやる時給950円の清掃の仕事に比べたら遥かに。
そんな風に失望と打算で悶々としていると、
「ただいまー」
娘が学校から帰ってきた。
花梨は鞄を自分の部屋に置いてくると、着替えもせずに制服のままで居間にやってきて僕に尋ねてきた。
「ね、どうだった?」
その、好奇心を隠しもしない顔からして、花梨もずいぶんと気になっていたみたいだ。
僕はその無邪気な笑顔に癒されながら今日の出来事を話した。
「それはまたとんでもなく変な人だね、その常盤さん」
僕の話を聞いた花梨の第一声がそれだった。そしてそれには全面的に同意する。
「それで、じゃあそこにあるのが、その漫画にして欲しい小説と常盤さんの書いたネームなんだ・・・見てもいい?」
「ああ、いいけど本当に酷いぞ」
「そこまで言われると、逆に気になる・・・・うわ!これは酷い!」
花梨が驚き呆れたよう顔をした。
「うわー・・・・一応聞いておくけど、ネームってこんなに汚いの?」
「まさか!そんなわけないさ!」
「だよね・・・じゃあ常盤さんが特別下手な訳だ・・・凄いなぁ、これを元に漫画を作らせようとするなんて勇者だなぁ。その常盤さんはよっぽど『パンドラの契約者』が好きなんだなぁ」
「そうだな、『パンドラの契約者』に対する情熱は初対面の僕にも分かるくらい凄かったな・・・っと、そろそろ仕事の時間だ。花梨、行ってくるよ」
僕は立ち上がった。花梨はネームから僕に視線をずらして、
「うん。お父さん、いってらっしゃい」
そう言って、軽く手を振ってくれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夜の10時30分、清掃の仕事を終えて帰宅した。
玄関で靴を脱いでいると、居間から花梨が僕を呼ぶ声がした。
「お父さん! お父さ〜〜ん!」
普段ならいうおかえりの言葉すら省いて僕を呼ぶ花梨に何事かと思いながら居間にいくと花梨はすでにパジャマに着替えていた。そして興奮した表情で、常盤さんの書いたネームを持ちながら言った。
「お父さん!この話凄く面白い様な気がする!」
「・・・・」
そんな、花梨に僕は何も返事を返せなかった。返せなかったが率直な気持ちはこうだ。
は? そんな馬鹿な?
そんな気持ちを口にはださなかったが顔には出ていたらしい。
「お父さん。本当だよ! とにかく座って座って・・・あっ、お夕飯は冷蔵庫にあるから後で食べてね」
食事を用意してくれる出来た娘に感謝しながら、娘の言うとおり座った。
「じゃあ結論から言うね。私はこの『パンドラの契約者』のファンになりました」
そう言って花梨はパチパチパチと手を叩いた。
花梨はわかりやすい性格なので本当に本当の事なんだろうけど正直、まだ信じられない。
「あっ。その顔は信じられないって顔だ。いや確かに最初にネームみた時は全然理解できなくてつまらなかったんだけど・・・それで一旦ネームの方を後回しにして小説の方を見たんだ。お父さんはまだ小説は見ていないんでしょ。最初はちょっととっつき辛かったんだけど中盤から終盤の展開が良くて面白かったよ。それでつい気になって2巻、3巻と一気に読んじゃった。それがまたいいところで終わっているの。主役の二人に世界が気付いてこれからどうなっちゃうのか?みたいな所で終わってて、確かにこれは続きが読みたいな」
楽しそうに『パンドラの契約者』を語る娘を見て、昼間の常盤さんが重なった。
「それでね、小説や小説の中のイラストを見た後に、もう一度常盤さんのネームを見たら、ここはこのシーンかって理解できるようなってきて、理解できるようになるとこのネーム、おお!面白いよこれはー‼︎ ってなっちゃった。だから、最初は小説の方から読むのがオススメ」
そう言って僕に『パンドラの契約者』の1巻を渡すと「じゃあ、私もう寝るね」と言って居間を出て行こうとした。だけど、出て行く前に「あ、そーだ、お父さん」と僕の方を振り返り、
「常盤さんは確かに変わった人かもしれないけど、それでもお父さんの絵が好きでお父さんに『パンドラの契約者』を描いて欲しいって思っているんだよね?
・・・私もかな・・・最終的に描くか描かないか決めるのはお父さんだけどさ・・私もお父さんが描く『パンドラの契約者』が見てみたいって思っちゃったよ」
そう言って今度こそ花梨は出て行った。
僕はその後ろ姿を眺めていたけど、ふいに手渡された小説に視線を落とした。
なんとなく・・・なんとなくなんだけど胸が騒いでいる。それはさっきはなかった感情・・・期待という奴だ。
「とりあえず、ごはん食べて、シャワーだけ浴びてから読んでみようか」