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「まずは、そうだね・・・大学時代の話かな、その時の私は卒業後の進路について悩んでいたんだ。まあ正直に言うなら働きたくないなと思っていたんだ」
長ったらしい話になるかもしれないとは言われていたが初っ端から飛ばしていた。一体何年前の話しだ?
「働きたくない。そう心底思っていたんだが、その為には金がいる。色々考えたんだが株式投資で稼ごうと思ったんだ。だけどそれをやろうとしても元手が必要だろう?結局就職することにしたんだ」
それを聞いて僕はクスッと笑った。働きたくないという考えから始まって就職するという結論はなかなかに皮肉が効いている。
「最初はね、3年もすれば仕事を止めようと思っていたんだ。君は知らないだろうけど本屋には投資の本も色々あってね、中には3年で資産10倍とか1億突破とか調子いい事書いてある奴がたくさんあるんだ。それを当時の私は間に受けていたんだけど、いざトレードしてみるとやれリーマンショックだ、やれ倒産だで全然上手くいかなかったんだ」
「大変だったんですね」
「ああ。それからも七転び八起きして、つい先月やっと目標に到達して仕事を辞めたんだ。まったく3年のつもりが5倍以上かかってしまったよ」
「・・・・」
常盤さんは自虐的に話しているけど、僕と同じ世代で働かなくて良いなら凄いことだ。
もしかしたら、僕はただの自慢話を聞かされてる?
少しそんなことを思ってちょっとげんなりしたんだけど、同時に1ページ1万円の報酬に真実味が増してきて期待が膨らむ。我ながら現金だと思う。
「そんな働きたくない私にとって、働くのは大変なストレスだったんだ。そして、そのストレスを解消する為の手段が漫画や小説だったんだ」
お、やっと近づいてきた。
「本はいい。大したコストがかからないし、一度買えばずっと使える。どこかに出向く必要もなければ、疲れることもない。人類にとって最高の娯楽だな」
人類にとって、とはちょっと大袈裟だとは思うけど、漫画家の端くれとして、ある程度同意はできる。
「そして7、8年前かな。私が轟平太先生の小説『パンドラの契約者』に出会ったのは。もともとは先生の前作『リミットオーバー』という作品のファンだったんだ。全15巻の良作でね。それが良かったから先生の次回作なら買ってみようと、いわば作者買いをしたんだが、これが私には大ヒットだったんだ」
作者買いか・・小説家と漫画家、畑は違えど正直羨ましい。憧れてしまう。
「いや、はまったよ。1巻を買ってから3カ月くらいはずっと、仕事から帰ってから『パンドラの契約者』を読むのが日課だったからね。早く続きが読みたくて、新刊の発売日をチェックするようになって、発売日の半月前からは仕事が手につかなくなってさ、一日千秋という言葉を実感したよ」
嬉しそうに語る常盤さんから『パンドラの契約者』に対する思いが伝わってくるのだが、同時にちょくちょく挟まれるエピソードからサラリーマンとしては駄目な人だったんだろうなと思う。
「だけど、『パンドラの契約者』は3巻で打ち切られてしまった」
この世の終わりを迎えた様な顔をする常盤さんは続けて凄いことを言った。
「ショックでね、3日仕事を無断欠勤したよ」
・・・いや、駄目だろうそれは。
「それまでは下っ端は下っ端なりに、やるべきことはやろうとしていたんだけどね、もう何もかもがどうでもよくなってさ、無断欠勤を知って心配して電話してきた上司にも『もう、仕事辞めるんだから、赤の他人がうっとうしい!』とか怒鳴り散らしてさ、いや我ながらひどかった」
上司の人、かわいそうに・・・。
「ほんとだったら、そこで仕事を首になってもおかしくなかったんだが、その上司が『暫く休め、そして落ち着いたら連絡しろ』そう言ってくれてさ、3日後には頭も冷えて頭を下げに行ったよ」
上司の人、いい人だ!
「で結局、その時は仕事のストレスで鬱病にかかったって事になったんだ。いや、さすがに好きな小説が打ち切られて自暴自棄になったとは言えなかったな。そして、仕事を続けたんだけどモチベーションの下がり具合がハンパなくてさ、流石に自殺までは考えなかったんだけど、でもこの先『パンドラの契約者』を読めない人生に何の意味があるんだろうって、ずいぶん哲学的な事を考えたよ。そしてある時閃いたんだ『パンドラの契約者』を漫画にしようと・・なあ瀬戸さん、ライトノベルと漫画、どちらの方が市場が大きいと思う?」
「・・・漫画」
「だよな、私もそう思う。小説はかったるいけど漫画ならみるという人も大勢いるだろう。つまりライトノベルの世界で受け入れられなかった『パンドラの契約者』も漫画の世界なら受け入れられるかもしれないんだ。少なくとも可能性はあるだろう? そして人気が出れば轟先生に続きをお願いする事も出来るかもしれない。私にはそれで充分だった。早速、紙とペンを用意して漫画版『パンドラの契約者』を書き始めたんだが二つ程問題があったんだ」
二つといわず、問題だらけだと思ったけれど無難に対応をした。
「どんな問題が?」
「うん、一つは私の絵がひどかった事だ。いや、学生時代の美術の時間とかで、ある程度分かっていたんだけど、いざ漫画を描くとなると、自分の才能がない事を思い知ったよ。そして二つ目は、これもやっぱり当たり前なんだけど、サラリーマンやりながらだと仕事が大変でさ、まあ無理だったんだ」
まあ、聞いているだけでも無謀な話だ。
「そこで、計画を変更したんだ。株式投資で成功してサラリーマンを辞めたら絵の上手い漫画家を雇って『パンドラの契約者』を描いて貰おうってね。それ以来条件に合う人を探していたんだけど、君の描いた絵を見た時にこの人にお願いしようと決めた。それからずっと、そう思っていたんだ」
「・・・・・」
「そして、めでたくつい半月前、私は仕事を辞めた。そして今、私の夢を叶える為に君に話を持ちかけているんだ」
そう締めくくった常盤さんはぎらついた瞳で僕を見つめていた。