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プルルルルとなる着信音を若干緊張しながら聞いていた。そして9コール目半ばで相手が出た。
「はい常盤です」
男性の声だった。
「常盤さんですか・・あの、僕は瀬戸と言います。実は先ほど◯□△出版社の編集者さんからお話を聞いたのですが・・」
「ピンクライトさんですか!」
「あっ、はい、ピンクライトです」
一応補足すると、このピンクライトは僕のエロ漫画家としてのペンネームなんだけど、こうも大きな声で呼ばれるとかなり恥ずかしい。
正直、呼ぶ方もそれなりに恥ずかしいと思うんだけど、この常盤さんは全然気にしていないようだ。
「うおお、やっとピンクライトさんにつながったのか!あの編集、ピンクライトさんの連絡先は個人情報だから教えられないとか。そりゃ、確かにわからなくもないけど私の話しはピンクライトさんにも絶対損はさせない話しなんですよ。だったらピンクライトさんの為を思って伝えるべきでしょう!ねえピンクライトさん!」
「あの、ペンネームではなく名前で呼んで頂けますか?」
「? いいですよ?」
僕はピンクライトと呼ばれる事に耐えられなくなった。オトナ向けだからとペンネームもそういう風にしたことを今になって後悔した。
「それで、早速要件に入らせていただくが、瀬戸さんには漫画を書いて欲しいのです。より正確にはある小説を漫画にしていただきたい!」
常盤さんのこの言葉は僕の心拍数を急上昇させた。
本当に仕事の依頼なんだ。
「ええ、こちらとしても願っても無い話ですけど・・つまり常盤さんの小説を漫画にするという事ですか?」
「? いや、違います。私は小説家ではありません」
「すいません。雑誌の関係者の方でしたか」
「それも、違います。今まで漫画に関わった経験は皆無ですな」
「・・・・・ええっと、では常盤さんはどういったどういった立場の方なんですか」
「はい。轟平太先生の大ファンですね」
「・・・・・・・・ファン?」
えーと、その轟平太先生とやらが僕に漫画を描いてほしいお話を作った作家だとして・・ ファン? えっ?ただのファン?
「ええっと・・・その・・常盤さんはその轟先生とご面識は?」
「まだ、お会いしたことはないのです。まず瀬戸さんにある程度、漫画を描いてもらってから原稿を持って一緒に先生に会いにいきましょう!」
「・・・・・・・・」
うん。これは編集さんが正しいな。この人胡散臭いなんてレベルじゃないよ。
僕はどんなリアクションをとれば良いのか迷っている内に常盤さんが押してきた。
「いや、無論自分がおかしな事を言っている自覚はあるのですよ。なんせイチファンが漫画を描いてくれと依頼しているのだからおかしな話でしょう!だが心配ご無用! 私の中では全ての問題が解決され誰も損をしない計算が成り立っているのです。大船に乗ったつもりで安心してください!」
「・・・・はあ・・」
僕はそれしか言えなかったな。たぶん安心しろって言葉をかけられて、これほど不安になったのは初めてだと思う。だって脳裏に浮かんだのがタイタニックだもの。
だが、常盤さんの次のセリフが不安を吹き飛ばした。安心できた訳じゃないよ。より大きな驚愕がやってきたんだ。
「とりあえず、契約金として20万、そして1ページにつき1万円でいかがでしょう?」
「え?」
「ネットで調べたところ漫画家の原稿料は1ページ8千円から1万2千円ぐらいが相場だとか?私はわかりやすく1ページ1万円が良いと思っているのですよ。それから、この話が上手く行ってコミックが発売される様な事になれば。その印税は、瀬戸さん、轟先生、私の3人で分ける事になると思います。まだ分配率は決めてありませんが瀬戸さんの不利になるような事はしないつもりです」
「・・・・」
「ついては瀬戸さん、詳しい話をする為に一度会って話しをさせていただきたいのだが・・・どうだろうか?」
契約金20万、1ページ1万円。この言葉が僕を揺らした。
正直、出てもいないコミックの印税よりもはるかに強烈だ。
今の僕にはどでかい金額だ。正直、話がうますぎて振り込め詐欺にでもあっている気分だ。
でも、そんな不信感を感じつつも断わる選択肢はなかった。だって美味しい餌が目の前にぶら下がっているからだ。
ああ、これは詐欺師に騙される人がいなくならないわけだ。
そんな事を考えながら僕は常盤さんの提案に同意した。