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やあ、ちょっと聞いてくれないか? 僕は瀬戸京介38歳、しがない漫画家だ。

より正確に言うならエロ漫画家だ。そして、ここ半年はエロ漫画の仕事すらない状況だ。

そんな僕が、どうやって生計を立てているかと言えば清掃のアルバイトでなんとか凌いでいる。当然、貯金なんてありはしない。


「・・・・・・・・・はぁっ」


もうため息しか出ない状況だ。どうしてこうなったのかな僕の人生は?

きっかけは高校3年のときに進路について考えたときだ。皆が進学か就職かで悩むなか僕は思ったんだ。一度しかない人生、何か特別なことをしたいと。

色々考えて、出た結論が漫画家になることだった。漫画が好きだったし、絵も得意だった。売れっ子漫画家になれば、普通のサラリーマンよりもはるかに高い収入になる。何より、全国の本屋に僕の漫画が置かれれば、日本中が僕の事を認める事になると思ったんだ。

親や担任は反対した。だけど、僕は止まらなかった。進学も就職もせずに高校を卒業し、自分の漫画を描き始めると共に、勉強もかねてとある週刊連載漫画家のアシスタントを始めた。

正直なところ出だしは順調だったと思う。僕には若さと情熱があったし、絵に関しても才能があった。アシスタントとして四六時中絵を描く事で画力はぐんぐんと上がっていった。

二十歳の頃には幾つかの賞を取ったし、読み切りが雑誌に載りもした。編集者も、このままいけば連載出きる。そう褒めてくれた。

そして実際22歳の時に、とある雑誌で週刊連載が決まったんだ。そしてそれを自信にして、当時恋人だった女性に結婚を申し込んだ。

返事はOK。

仕事も恋も順風満帆だったあの時期は僕の人生の中でも黄金期だったと思う。

だけど、その黄金期は長くは続かなかった。

残念な事に僕の作品は1年で終わった。いわゆる打ち切りと言う奴だ。

周囲からの評価は、絵は上手いけど話作りが駄目。設定に無理がありすぎる。ストーリーが薄っぺら。絵は綺麗、絵はね。原作は他の人にやってもらったら? おおむねそんな感じの評価だった。

その後、絵が評価されて一年とたたずに今度は月刊誌で連載か決まったんだけど、今度も一年とたたずに打ち切られたんだ。

理由も一緒、絵はいいけどストーリーが駄目だってさ。

そして二度の打ち切りで、周りには悪い印象が残った。瀬戸大介は売れない漫画家だってね。僕の担当だった編集者なんかも、新作を持っていっても取り合ってくれなくなったしね。

そして周囲以上に僕自身に悪影響がでた。自分の作品に自信が持てなくなったんだ。新しいアイディアを考えついても、それが面白い自信がない。ちょっとした事ですぐ流される。結果、ふらふらとした、一貫性のない作品しか作れなかった。

そんなんじゃ連載出来る訳がない。

そして、連載できない僕はアシスタントでなんとか日々を食い繋いでいったんだけど、そんな僕を妻は見限った。彼女は離婚届と3歳の娘を置いて出ていった。

その時の事は今でも思い出すよ。妻を怨むより、情けない自分を責めたよ。

それからは更に大変だった。妻がいなくなった事で育児という力仕事が待っていたんだ。力仕事なんだよ育児ってのは。

とにかく、生計を立てる為のアシスタントと可愛い娘の育児は手を抜けないからね、結果、自分の作品に時間は取れなくなった。

それでも、時間のない中、頑張って色々やっていたら3年後。29の時かな。とある雑誌でチャンスが回ってきたんだ。とあるライトノベルのコミカライズをやってみないかってね。

正直、ラノベのコミカライズってどうなのって思ったんだけど、かなり人気のあるライトノベルだったし、僕の弱点だったストーリーはすでにあるわけだから、僕の長所である絵だけに集中すればやれるんじゃないか? そう思ったんだ。

それが最後のチャンス。三度目の正直とばかりに頑張っては見たものの結果は二度あることはなんとやらだった。

原作のファンからは原作クラッシュとか、ずいぶん叩かれたよ。

そして、それ以降僕は挑戦することから逃げた。

いや、当時は逃げた意識もなかったかな。

生活もあるし、娘ももう小学生なんだからお金がかかる。アシスタントで生計をたてることに力を入れて、自分の漫画を書くのは、ちょっと後回しにしようって考えたんだ。

可愛い娘の為って所が実にわかりやすい大義名分だったね。そしてちょっと後回しは、そのちょっとが過ぎるとまたちょっと後回しになった。延々とその繰り返しで自分が逃げている事に気付いた時にはもう何年も過ぎていたよ。

で、逃げている事に気付いたからって立ち向える訳じゃないんだよね。

漫画家ってのはさ、スポーツ選手とかと違って年齢に左右されるもんじゃないけどさ、それでも30過ぎて雑誌に持ち込みするのはきついんだ。

夢を持つのが若者の特権なら、夢を諦めるのが中年の特権じゃないかな? とかつまんない事考えちゃうんだよね。

とまあ、煮えきらない思いを抱えながらもアシスタントで生計立てていたんだけど四年ぐらい前かな、アシスタント先で問題を起こした。

具体的にはとある週刊連載作家の漫画家をぶん殴った。で、ぶん殴られた先生は首のむち打ちで半月ほど入院。人を殴った事なんて初めてだったけどさ、あんなに威力があるとは思わなかったな。もしかしたら、プロボクサーって道もあったんじゃないかって思ったよ(笑)。

まあ、でも笑い事じゃないよね。非は相手の方にあったから罪には問われなかったけどさ、当然そこのアシスタントは首。しかも殴った先生は、雑誌の中でも五本の指に入る稼ぎ頭だったから編集者とか周囲に影響あってさ、アシスタントの仕事にありつけなくなったんだ。

殴った事を後悔はしなかったけどマジで困ったね。

アシスタントで生計は立てられないとなると、会社に勤めるしかないかなって最初は思ったんだけど、社会ってのはそんなに甘くなかった。今まで漫画しか描いて来なかった30代には中小企業の正社員ですら、手が届かなかった。結局、コンビニのバイトとかがやっとだった。

そんな時だ、とある成人向け雑誌の編集者から雑誌の表紙を描いてみないかって声が掛かったのは。

というか前々から、そう言う話しは何回か来ていたんだ。ただその時は断ったんだけど、今はバイトでなんとか凌いでいる状況だ。

やるかやらないか悩んだよ。

だってさあ、娘の花梨が中学一年生なんだ。そんな年頃の娘を持つ父親の仕事かって話だよ。

いや、ほんと葛藤したよ。

でも、最終的にはやる事にした。背に腹は変えられなかったんだ。

娘が学校に行っている間に書きあげて、漫画家としてのペンネームも変えて成人向け雑誌の表紙に載せたよ。

そしたら、その表紙が反響を呼んだ。エロくていいねって。

そして、今度は表紙じゃなくて中身を書いてみないかい? って話がきた。

仕事のオファーなんだから、ありがたい話なんだけどさ・・・、少なくとも経済的にはありがたい話なんだけさぁ・・・。

まあ、更に葛藤したよ。

そして、やっぱり背に腹は変えられなかった。

仕事を受けることにしたんだけど、問題が一つ。娘にどう説明すればいいのか、いやほんと難題だった。

ちなみに隠し続けるという案は却下するしかなかった。

だって、仕事場が自宅だよ。売れない漫画家に専用の仕事場なんてないよ。狭いアパートの僕の部屋が僕の仕事場なんだ。

雑誌の表紙のときは、何とか誤魔化せたけど何十ページと書くとなるとねぇ。

もし奇跡的に誤魔化せたとしても花梨から「お父さんは、今どんな漫画を描いているの?」 そう聞かれたらどうしようもないよね。

僕はきっと浮気をしたら即座にばれる奴なんだろうね。まあ、妻には逃げられたからいいけどさ。

と、そうやって色々悩んだ末に正直に話す事にしたよ。

とある日の夕飯の後に切り出したんだ。現在家計が苦しい事。この前、成人男性向け雑誌の表紙を描いた事。それが評価されエロ漫画を描いてみないか打診されている事。そして、生活の為に仕事を引き受ける事。もう恥ずかしい事のオンパレードだったよ。

そして、僕が恥ずかしいだけじゃなく花梨にとっても恥ずかしい話だったはずだ。

なんせ父親が成人向けのエロ漫画を描こうってんだ。ましてや十代前半の多感な時期なんだ。「お父さん不潔!」そう言って嫌われたっておかしくない。

実際話を聞いている最中の花梨は顔を赤くしたり、目を白黒させたり、結構な衝撃を受けたと思う。

きっと言いたい事も色々あったと思う。

でも花梨は、


「職業に貴賎なしだよ。お父さんは私の為にいっつも頑張っているんだから、そんな事で嫌いになったりなんかしないよ」


そう言って笑ってくれたんだ。

そう言って気遣ってくれたんだ。

僕はその日の夜、布団の中で音を外に出さない様にして泣いた。まるで幼稚園児の様に大声をあげながら泣いたよ。

そして、つぎの日から僕はエロ漫画家として働いた。それだけじゃ食べていけないから清掃のバイトと二足草鞋だ。

そして、何作か作品を書いたんだけど、ある時編集者に、


「瀬戸さん。エロ漫画ってのは裸の女性を描く仕事だけどさ、最低限のストーリーは必要だよ」


そう言われた。

グサリと心臓を刺された気がした。

要するに最低限のストーリーすら作れないって言われたんだから。

実際に雑誌を見返すと編集者の言っている事がわかる。わかりはするんだ。足りないって事が。

けど足りない事がわかっても、どうすれば上手く行くのかがわからない。足りない部分の埋め方がわからない。わからないんだ・・・。

結局、エロ漫画の仕事も徐々に減っていった。

仕方ないから、清掃のバイトを増やしたんだけど、もうどちらが本業かわからない状況だ。

今になって親や教師が漫画家の道を止めた理由がわかったよ。

正直、道を間違えたかなぁ・・って気持ちも少なからずあるんだ。

・・・・・・今年の4月にさ、花梨が高校に入ったんだ。県内では中の上の公立高校。まあ、いい所だと思う。でも本当は花梨の学力だったら一番上を狙えたんだ。

担任の先生からも花梨ならまず間違いないって言われたしね。

でも花梨はそうはしなかった。理由は色々言っていたよ。そこまで勉強頑張るつもりないとか、近場の方がいいとか、制服が可愛いとか、親友のりっちゃんと一緒だとか色々とね。

でも花梨は本当の理由を言わなかった。まず間違いないと言われていても、万が一にも失敗して、経済的に負担の大きい私立に行く訳にはいかないって考えていた事を。

花梨が本当の理由を言わなかったのは僕に気を使ったんだろうね、でも花梨は僕に似たのかな、嘘が下手でさ、すぐに分かったよ。担任の先生なんかも分かっていたんだろうね。三者面談の時に惜しいなって呟いたけど、それ以上進学校を変えた方がいいとは言わなかったんだから。


親の僕が言うのもあれだけどさ、花梨はさ、本当にできた子なんだ。可愛くて、明るくて、優しくて、成績も良くて、家事も色々やってくれて、その他にも美点を挙げればキリがないよ。

そんな花梨に唯一欠点があるとすれば、父親が僕だって事だ。

僕が親じゃなければ花梨には母親がちゃんとそばにいたんだ。僕が親じゃなければ、もっと色々な所に旅行させる事ができたんだよ。僕が親じゃなければ、放課後スーパーのタイムセールよりも、友達と遊ぶ事を優先できたんだ。

最近の花梨の言動からは高校卒業後、花梨は進学せずに就職するつもりなんじゃないかって気がしているんだ。もちろん、経済的な事情が理由だよ。もし僕が親じゃなければ、花梨はそんな心配なんかせずに自分の希望を言えたんだ。

本当に僕は花梨の父親として相応しくない駄目親父だと思う。

僕はさ、漫画の仕事が、なくなった今でも毎日2時間は絵を描いているんだ。画力が落ちない様にってね。 でも、そんな事ぐずぐずやっている位なら読み切りを描いて雑誌に持ち込みでもすればいいんだ。つまんないよって酷評される事も覚悟してさ。

逆に、漫画家を諦めるなら、絵を描く時間を無くしてその時間で清掃の仕事をするなり、就職活動をやるなりやればいい。一円でも多く稼いで花梨を少しでも楽にさせてやればいいんだ。

どちらにも舵を切れない僕は本当に中途半端な男だと思う。


とまあ、ここまでが僕こと瀬戸京介という売れない漫画家の半生だった訳だ。

そして最近はそんな自分に軽い自己嫌悪を感じながらも、惰性で清掃の仕事をしながら日々を繋いでいたのだが、そんな時に成人雑誌の編集者から久しぶりに電話があった。久々の仕事かなと思いながら話が聞いてみるとどうも様子が違った。


「という訳で瀬戸さんを紹介してくれってうるさいんですよ。とりあえず、携帯の番号は控えたんであとはそっちで何とかして下さい」


そう言って投げやりに携帯の番号を伝えてくる編集者に僕は、


「はあ。ありがとうございます」


なんか気の抜けた返事しか出来なかった。

それから、電話を切るとメモ用紙に書かれた連絡先をぼけっと眺めた。


編集さんによるとどうやら、この連絡先の人が僕に漫画を書いて欲しいらしい。

らしいと、ややあいまいなのは、相手の素性がハッキリしないからだ。どうも、話がかみ合わないらしい。

相手は僕の連絡先を聞いてきたが、編集さんは個人情報は教えられないと断った。

そしたら、絶対に損はしない話だからと言って食い下がったそうだ。胡散臭い。

そして、どうしても僕の連絡先を聞き出せないと悟ると自分の連絡先を伝えてくれと言ってきたそうだ。

胡散臭いけど、仕事の依頼かも知れないからとりあえず伝えますね。あとはそっちで何とかして下さい。と言うのが編集さんのスタンスだ。

僕の扱い軽いなぁと思う。これが人気漫画家だったらそっちで何とかして下さいとか絶対に言わないはずだ。まあ人気漫画家じゃないから仕方がないんだけどさ。


兎にも角にも、そんな経緯でメモした電話番号をしばらく眺めていたんだけど、思いきって電話する事にした。

どんなに胡散臭くても、仕事の依頼かもしれないんだ。藁にもすがるってこういう事かなって思いながら、僕は番号を押した。







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