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9ページ

僕は常盤さんの書いたネームを読み終えた。うん、確かに花梨の言うとおりで、小説を読んでから読むと落書きにしか見えなかったネームも理解できる様になった。そして、花梨の言うとおり・・・・。


「・・・・・」


そういえば何時間も小説を読みふけっていたから喉が渇いた。

僕は立ち上がり冷蔵庫からお茶を取り出すと、コップに注ぎ一息で飲み干した。

そして、コップを軽く洗うとテーブルに戻り常盤さんのネームを手に取る。


「・・・・・」


水の音がうるさい。風呂場からだ。このアパートは結構な年代物なのでしっかりと蛇口を閉めないとポタポタと水滴が垂れてうるさいのだ。そういえば小説を読む前にシャワーを浴びたとき、しっかりと蛇口を閉めなかったのかもしれない。

僕は立ち上がり風呂場の蛇口をきっちりと締めてから再度ネームに向き直った。


「・・・・・」


あー・・・ちょっと体がこわばっている。小説とネームを読んでいる間ずっと同じ姿勢だったからな。こんなに体がこわばっていたら冷静に考えることが出来ないじゃないか。

僕は立ち上がりストレッチを始めた。

そして、アキレス腱を伸ばしながら今からベランダに出て好きな歌を全力で歌ってみようかなんて、ちょっと理解不能な事を本気で考えていた。

いやいや、夜中の3時に何を考えているんだろう僕は? 近所迷惑もいい所だろう、やるならせめて真昼間だろう・・・な訳がないよな? 夜中だろうが昼間だろうが、そんな事をしたら変な人だ。

そうじゃなくて、そうじゃなくて、そうじゃなくて・・・。

僕は必死に自分を押さえようとしていた。うん、自覚はある。今、僕は冷静じゃない。氷の上を走る車がブレーキを踏んでも止まらない。今の僕はそんな感じだ。ちゃんと物事が考えられる程落ち着く必要がある。

・・・。

・・・・。

・・・・・・・・。


うん、大丈夫。落ち着いた。まだちょっとふわふわしている気がするけど、もう大丈夫だ。

僕は改めて常盤さんのネームを見た。


「絵が汚ないのはしょうがないとして・・・文字も汚ないし、ふきだしの位置もワンパターン、よく他の漫画から構図をそのまま抜き出したシーンがある」


僕はあえて悪い点からとりあげた。常盤さんのネームはやはり素人が作ったもので粗はいくらでも見つけられる。


「でも・・面白い・・・よな?」


そう、面白い気がするのだ。それも小説よりも遥かに。

キャラクター、セリフ、世界観。それらは基本的に原作の設定を忠実に再現しているのだが、それらが所々常盤さんの解釈で斬新と言えるまでに変えられている。

例えるなら『パンドラの契約者』という作品をバラバラにして常盤さんの思うように繋ぎ合わせて作っている。そんな感じだ。

そんなんで面白いはずがないと思うのだが、実際に現実に面白いのだ、

まず目についたのは冒頭だ。悪魔が存在して、日本に悪魔が飛び散るまでの部分。花梨曰く、始まりのとっつきづらい所。 僕もそこは面白いとは思わないが、世界観を表現する為に必要だと思っていたシーン。これがごっそりと抜けている。


今、日本では摩訶不思議な事件が多発する様になった。それは悪魔の仕業だと人は噂した。


だったこれだけ、わずか2ページで終わらせている。そして、即本編に入っている。しかも説明が無い分、悪魔とは何だろうと興味が惹かれる感じがある。

本編にしてもそうだ。バトル漫画なのに肝心のバトルシーンは3話までお預けにしている。しかもわずか4ページ。でも、不足しているとは思わない。むしろ、やっと来たバトルシーンがもの凄い異彩を放っている。そして、一話、二話では黒矢と葵ちゃんの関係に焦点を当てている。バトル物というより恋愛漫画の様な展開だ。常盤さんは『パンドラの契約者』をバトル物だと思ってないのかもしれない。そんな風に感じた。

なんにせよ、面白い。強烈に続きが気になる。そう思う。少なくとも僕はそう思うんだ。

・・・。

・・・。

・・・・・。


「さて、どうしようか?」


表面上は落ち着いた声で自分に問いかけた。内心はそうでもない。期待が6割、不安が2割、苛立ちが2割といった所だ。

正直、常盤さんからこの話を持ちかけられたときは金持ちの道楽というイメージが先にたった。報酬の話にしても20万の契約金と1ページ1万円の方ばかり気にしていたと思う。印税に分配など気にも止めなかった。つまり、印税なんか入る訳がないと思っていた訳で、漫画化するという常盤さんの話を本気で受け止めていなかったんだ。

でも・・・。

常盤さんのネームを見ながら思った。

常盤さんはきっと本気だ。本気で『パンドラの契約者』を漫画化するつもりだ。

そして、このネームはまだネームだ。当たり前だが完成してない。このネームを漫画として完成させる事、それが常盤さんの僕への依頼なんだ。


この話を僕が完成させる。


そう思った瞬間、身体が痺れた。僕の身体を何千という虫が這い回っている様な感覚に陥った。

咄嗟に太ももをつねりながら痺れが通り過ぎるのを待った。そして悶えながらも、はっきりと自覚した。

これはチャンスだと・・・。鳴かず飛ばずの20年。清掃のアルバイトで食いつないでいる僕に漫画化のチャンスがきた、漫画家だと胸を張れるかもしれないチャンスなんだと自覚した。

もちろん、簡単だとは思わない。簡単だったら僕は今清掃のアルバイトをやっていない。

それでもこれならと思う僕がいる。あれだけの熱意で僕に漫画を書いて欲しいと頼む人がいる。僕の書く『パンドラの契約者』を見てみたいと笑って言った娘がいる。

だったら僕は・・・。


痺れが治る頃には考えがまとまっていた。

今日はもう寝て、明日の朝、常盤さんに連絡を取ろうと。

僕は小説とネームを片付けて自分の部屋に入り布団の中で横になった。


きっと、今日は眠れないんだろうな。


そう思いながらも僕は目を閉じた。

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