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ゆびきり  作者: sugarl
6/6

6 その色は

 午後六時。


「もう……仕事したくない……」


 休憩室でうなだれ、小さく呻く。

 業務の終了時間はいつもより少し早めと言えるけれど、心身の疲労感はこれまでの比ではなかった。正確に言えば、精神的なものから来る肉体疲労だろう。


(……どうやって接したらいいのかさっぱり分からん)


 意思疎通のスムーズな患者とは違うコミュニケーションの取り方を求められているのが分かっていても、引きつった苦笑いしかできてなかった気がする。

 今日は中村先輩の後ろをついて回っただけだというのに。


「悩んでるね、鈴木くん」

「あ……お疲れ様です、今日はありがとうございました!」


 遅れて入ってくる中村先輩のからかうような声に、つんのめるように立ち上がった。

 君はいつも大袈裟に反応するね――返答に詰まっているとやわらかく問われる。


「明日は鈴木くんがメインだけど、できる?」

「……頑張ります」

「……まだ、呼吸器は、吸引は怖い?」

「!」


 反射的にビクリと肩が痙攣するのが分かり、中村先輩もそれに気づいたろう。

 かける言葉に悩んだように吐息し、出てきたのは。


「しょうがない、とは言わない」

「…………」

「でも、あのとき、鈴木くんの対応は正しかった。君が呼んでくれたから、篠原さんは今も生きてる」

「……はい」


 聞こえているか分からないほどのか細い応答。

 脳裏によぎるのは、ヒューヒューと裂けるような呼吸音、苦悶に満ちた瞳。そして、あらん限り掴まれ爪が刺さって血が滲んだ自分の手首にふれる。


「あとひとつだけ伝えとくと――新人はできなくて当たり前だし、完璧は求めてない。だから分からないことやできそうにないことは聞いてくれていい。でも」


 言葉を区切って、淡々と、あるいは飄々と。


「患者さんを不安にさせたらダメだよ」

「…………」

「はい、それじゃ、今日はおしまい」


 お疲れ様、と何か答える間もなくいつものバッグを手に背を向けられ、立ちすくんだまま、目を伏せたまま一礼した。

 そっとドアが閉められ、足音が遠のくのを聞きながら腰を下ろし、盛大な嘆息ひとつ。


「……ダメ、だよな」


 新人だけど、新人だから仕方ない――とは、中村先輩は一言も言わなかった。

 髪をくしゃりと掴み、視界に入る水色。昨日との違いは、着信の点滅がないことだろう。

 この空間とはあまり合わない色だ。

 数秒沈黙し、叫ぶ。


「――ってだから先輩!」

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