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短編集

夏の縁日にて

作者: 囘囘靑

「ぐはあっ?!」


 くそあつい夏の縁日のことである。

 射的屋のオヤジが、とつぜん口角から血の泡を飛ばしてたおれた。その拍子にオヤジの腕が棚に引っ掛かり、棚に陳列されていた射的の景品が、オヤジめがけて降り注ぐ。

 オヤジの瞳は濁り、やがて首ががくりと下がった。子供たちが射的銃で集中砲火したために、オヤジは蜂の巣になって死んでしまったのだ。


 だが、そんなことに気を払う人は誰もいなかった。オヤジが倒れたと同時に子供たちが殺到し、射的屋の景品が次々と奪われていったためである。


 僕は一部始終を見ていた。オヤジにとって致命傷となった射的のコルクは、僕の隣にいる少年が発射したものだったからだ。


 前々から周到に計画されていたものなのだろう。コルク弾をセットする前に、少年が銃の砲身に何かを詰めているのが見えたからだ。僕の見立てが正しければ、重ホウ酸マンガンと硝酸銀とが混ぜられたものである。


 少年が引き金を引くと同時に、射的銃内部のスプリングは弾け、詰め物に1平方センチあたり220キログラムもの圧力がかかる。気圧が上がると空気の温度は瞬間的に上昇し、最高で43℃にまで到達する。この段階で重ホウ酸マンガンは熱分解を起こし、マンガンは気圧が下がると同時に発光して周囲に拡散する。引き金を引いた瞬間、少年の周囲がまぶしくなったのはそのためだ。のこった重ホウ酸カリは硝酸銀と反応して、硝酸カリが化成するわけである。この硝酸カリは常温で高密度のガスとなり、とうてい射的銃の砲身に収まっていることはできない。いきおい、コルク弾は途方もない速度で射出されることになる。


 では、残ったホウ酸はどうなるのか? コンマ数秒の話になるが、実は硝酸とカリウムの化合速度よりも、細毛管現象のためにコルク弾にホウ酸が浸透する方が早い。コルクは通常スカスカなのだが、ホウ酸が浸透することによって縦方向に凝縮する。たとえばワインに使われるコルクは、ワインの風味を損なわないために横方向に裁断されているのだが、射的に使われているコルクは耐久力を増すために、縦方向に裁断されている。そのためにコルク弾はきわめて固くなり、ガス噴出に支えられた加速ともあいまって、人体を貫通するほどの凶器になるわけである。


 化学の知識に裏づけられた発砲に、生身の大人が堪えられるわけがない。銃撃にともなう激しい閃光で、周囲の大人たちの目がくらんでいるうちに、少年たちはいっせいに棚へと殺到して、景品を奪っていったわけである。あとに残されたのは、無惨に打ち捨てられた棚の残骸と、こと切れた射的屋のオヤジだけである。


 ようやく事態を呑み込んだ女性の一人が、


「キャーッ!」


 と声をあげた。あっけにとられていた回りの大人たちも、今さらになってあわて出している。だがオヤジを蜂の巣にした子供たちは、とっくのとうに逃げ出してしまった。もう全員を見つけ出すことは困難だろう。


 しかし僕は思うのだ、射的というのは、夏のようなものではないか、と。景品を狙うときにかく、あのじっとりとした汗や、景品を打ち落としたときに感じるあの高揚感は、夏全体に漂う開放的な雰囲気とそっくりではないだろうか。


 とはいえ、手放しに喜んでばかりもいられない。極熱の太陽は誰に対しても容赦ない。それは銃撃だって同じはずだ。自然が人間を苦しめるのはもはや幻想ではなく、人工的な力もまた不毛な争いを生むだけだ。もしかしたら、何も信じてはいけないのかもしれない。あるいは、何かを説明しようとしてはいけないのかもしれない。だって、すべては神秘なのだから。

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