血の川 2014年12月31日投稿(1)
仕事が休みの日に、徐々に書いていければと思っています。
少ししか書けていませんが、続きが気になる方はコメントをいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。
十二月二十日。
時折ビューッという強い風が吹き、それに合わせて、教室の窓ガラスがガタガタと大きな音を立てて揺れている。石沢ユウトは、なんとなく嫌だな、と思った。
「ほらー、みんな静かにー。ちゃんと先生の話を聞いてくださーい。いいですかー」
帰りのホームルーム。教壇で、普段の真っ赤なジャージ姿とは違う黒のスーツを身にまとった白石先生が、冬休みの宿題についての話や、不審者には気をつけなさい、という話をしている。
服装はちゃんとしていても、話し方は普段となんら変わっていない。語尾を伸ばす癖のせいなのか、新任教師ということのせいなのか、白石先生はほかの先生と比べて、少し頼りないように思える。ユウト以外のクラスメイトもそう思っているようで、普段から、みんなはあまり先生の言うことを聞かない。
(せんせー、なんで今日はメイクしてるのー?)(ほんとだ、いつもと全然違う)(だっせー)
そんな言葉が、教室中を飛び交っている。白石先生はその一つ一つに応えようとしているのだが、その慌てた姿が、よりクラスをうるさくさせることに、本人は全く気付いていない。
「はーい、静かにー。冬休みは明日からですよー。それに、みんなもあと少しで五年生になるんだから、静かに先生の話を聞けるようになりましょうねー。話を続けますよー」
どうせ静かになんてならないのだから、早く連絡事項を済ませてしまえばいいのに。
窓際の一番後ろの席に座るユウトは、外の景色に目をやった。
校庭に人影はなく、冬の景色は、なぜだか色が薄い気がする。葉がすべて枯れ落ちてしまった木々は、どこか悲しそうだ。その中で、緑色のコケで汚く染まったプールの水面だけが、校庭の中で浮いている。
空を見ると、朝までは天気が良かったのだが、今は少し雲がかかり始めていた。十二月も終わりに近づき、ここ数日は寒い日が続いている。そのため、もしすると今日は雪が降るのかもしれない。ユウトは、常に折り畳み傘をランドセルに入れて持ち歩いていた。だから、もし雪が降ってきても大丈夫だな、と思った。
その時、ひときわ強い風が吹いた。
――ユウト――
風の音と共に、ユウトを呼ぶ声が聞こえた。
それは、母さんの声だった。
えっ、と思い、ユウトは校庭を見渡そうとする。しかし、その風と共に窓ガラスがまた大きくガタガタと揺れ、その激しさに驚き、つい目を瞑ってしまった。
(うわっ)(なんでこんなに風強いんだよ)(帰り道、風に飛ばされないかな)
風が強いことに初めて気が付いたのか、クラスメイトが驚きの声を上げた。
ユウトは慌てて目を開き、校庭を見渡した。
しかし、どこを探しても、校庭に母さんの姿は見つからなかった。
おそらく、風のビューッという音が、「ユウト」と聞こえたのだろう。
ユウトは、そう思うことにした。
外を眺めるのをやめて、ふと教室の、廊下側の真ん中の席に目をやる。
リナちゃんはいつもと同じように、綺麗な姿勢で椅子に座っていて、先生に迷惑をかけるようなことも言わず、静かに教壇に顔を向けている。さすが市長さんの娘さんだ。他の子たちとは違う。
しかし、その視線に気付いたのか、リナちゃんがユウトのほうに顔を向けた。
そして、目が合った。
ユウトは恥ずかしくなり、慌てて顔をそむけ、前に向き直った。
「――ここだけは、しっかり聞いてください。みんなも知っていると思いますが、先月に起こった、あの事件の犯人は、まだ捕まっていません」
白石先生がまじめな顔をして話を続けていた。
(こわいね)(早く犯人捕まえてほしい)(俺たちは大丈夫じゃね?)(早く帰りたい)
怖がるような声、悲しそうな声、能天気そうな声、興味のなさそうな声。様々な声が、ユウトの頭の中に響いてくる。
「もし何かあった場合、すぐに近くの住宅へ逃げ込むようにしましょう。また、そうした場合、すぐに学校へ連絡をしてください。電話番号は今渡した紙に書いてあります。外へ遊びに出る時には、常に持っておくようにしましょう」
白石先生は右手でプリントを持ち上げて、左手で学校の電話番号が記してある場所を指し示した。
ユウトは自分のプリントに記してある電話番号には目もくれず、先月に起こった、その事件について考えを巡らせた。
十一月二十九日、雨が強く降る日だった。
その日の深夜、渡辺芳樹という人が仕事から家へ帰る途中、何者かに襲われた。鋭い刃物のような物で、何度も何度も体を刺された。渡辺さんの悲鳴を聞き、その近くを車で通りかかった人が駆け寄ってきたため、そのことに気付いた犯人は、すぐに現場から立ち去ったようだった。渡辺さんが発見されたときには、すでに犯人の姿はなく、その後の捜査でも、犯人の目撃談は出てこなかった。体中から大量に出血をしていた渡辺さんは、意識不明の状態で、救急車で病院へと運ばれた。しかし一度も意識を取り戻さないまま、事件の翌日、渡辺さんは亡くなった。当然、渡辺さん本人からも犯人の情報を聞くことはできなかった。
とはいえ、事件について有力な目撃情報はあった。
血まみれの渡辺さんを最初に発見した人物、その車に同乗していた家族が、犯人が乗っていたと思われる車を、目撃していた。その家族の人の話では、車の車種は分からなかったが、車体の色は薄いピンク色だったそうだ。
警察はこの目撃情報をもとに、捜査を進めた。防犯カメラなどから、事件発生時刻前後に現場近くを通りかかった薄いピンク色の車は、何台か見つかったらしい。しかし、犯人を特定することは出来なかった。
結局、事件発生から三週間以上が経った現在も犯人は捕まっておらず、捜査もほとんど進展していないようだった。
これらのことをこの前、渡辺さんの葬儀に参列したお父さんから聞いた。渡辺さんは、お父さんの中学時代の部活の先輩だったらしい。珍しく一緒に夕飯を取ったあと「昔は楽しかったな」と、ビール片手に寂しそうに呟いたお父さんの姿が、忘れられない。
この阿加川市は電車も通っていない小さい市で、ユウトが知っている限り、このような事件が起きたことは、今までに一度もなかった。そのため、この市の住民は事件以降、不安な日々を過ごしていた。
いったい誰が犯人なのだろう。そんなことを考えても、ユウトに犯人が分かるはずもなかった。だからユウトは、考えていた。
渡辺さんを刺した時、犯人はどんな気持ちったのだろうか。
後悔しただろうか。それとも、うれしかっただろうか。
渡辺さんの体から流れ出る血を見た時、
後悔しただろうか。それとも、うれしかっただろうか。
自分が人を殺したと分かった時、
後悔しただろうか。それとも、うれしかっただろうか。
――なんで、殺しちゃったのかしら――
この事件の数日後、帰りのホームルームで呟くように言った白石先生のその言葉が、ユウトの頭の中で、何度も何度も反響する。今でもその言葉が、頭から離れない。
ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴った。