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6 彼女の事情

 リサは今年二十一歳になる。王都近隣の農村の生まれだ。生家はものすごく貧しいわけではなかったが、裕福な家でもなかった。

 二人の兄が結婚し、姉が結婚し、本当だったら次は自分の番だったが妹が先に結婚して、その結婚式で、兄のところの甥っ子(八歳)が彼女を思いやってくれた言葉に、心が折れた。二年前のことである。

「リサねーちゃん、心配するな。ねーちゃんが結婚できなかったら、俺が結婚してやるからな」

「……ありがとう、ホルス」

「俺はねーちゃんのおっぱい好きだぜ。ふかふかしてて気持ちいいからな」

 甥っ子はリサに抱きついて、胸の谷間に顔を押し付けて、ぐりぐりとした。

 その頭を撫でてあげながら、リサは思ったのだった。

 こんな醜い私を嫁にと望む人はいない。両親が生きているうちはいいが、いなくなったら兄夫婦に迷惑をかけることになる。やっぱり神殿に奉仕に上がるしかない、と。

 悲しいが、リサの容姿には一つもいいところがなかった。

 リサの胸はとても大きかった。時々、胸が邪魔で下が見えなくて、手元や足元に苦労するほどに。肩もこるし、走るとボインボインと揺れて走りにくくてしかたない。

 それだけならまだしも、リサはお尻も大きかった。立ち姿が平坦であればあるほど良いとされるイステアで、彼女の瓢箪みたいな体型は、みっともないと万人が眉を潜めるものだった。

 その上、髪は、愛の神であるフェスティアを思いおこさせる光に似た淡い色が良いとされるのに、リサは真っ黒だった。父や兄弟たちも濃い髪色だったが、姉妹の中では彼女だけが父に似、そして父以上の黒さだったのだ。

 光を全部吸い込んでしまう闇色のその髪を、リサは恥じて、いつでもひっつめて、頭のてっぺんに留めつけていた。

 それだけではない。清楚な容貌が最上とされるこの国で、リサの目はあまりに蠱惑的だった。真っ黒な長い睫毛がびっしりと目の縁を取り巻いて作りだす影は、少し上目遣いになったり横目になったりするだけで、妖しい気配をかもしだしてしまう。

 それに、熟れたようなぷるんとした唇も、そこから紡ぎだされる艶やかな声も、清純さからはかけ離れていた。

 村の男たちは、けっして彼女と目を合わせようとしなかったし、絶対に話しかけようともしなかった。

 女たちも、幾人かの友達以外は、リサを気の毒がるか見下げるかだった。

 小さな村の中の、さらに限られた狭い中にしか、リサの居場所はなかった。

 ここで一生、小さくなって、愛する家族に迷惑をかけていると思いながら、死ぬのを待つのかと考えたら、目の前が真っ暗になった。

 だったら、女神に忠誠を誓えばどんな人間でも受け入れてくださるという、神殿に行って一生を捧げる方がいい。

 神殿には、リサみたいに行き場のない女の人たちが、いっぱいお世話になっているという。そこでなら、少なくとも自分が一番醜いというわけではないだろうという、憧れの気持ちも持っていた。

 明日にでも、神殿に行くと、家族に打ち明けよう。

 妹夫婦の輝くような笑顔を見つめながら、リサは覚悟をかためたのだった。


 家族はずいぶん渋ったけれど、最後はリサの気持ちを受け入れてくれた。リサは迷いが出ないうちにと、了解を得てから三日後に家をたった。

 神殿は、思ったよりもリサのように黒い髪の者は多くなかった。リサほど胸が大きい者も、お尻が張りだしている者も、太って元気のいいおばさんたち以外いなかった。

 でも、愛の女神に仕える神官たちは人格者たらんという人ばかりだったし、行き場がなくて身を寄せた神官見習いの者たちも、夫を亡くして生活に困ってだとか、孤児だとか、なにかしら辛い経験をしてきた人たちばかりだったから、リサの容姿だけで目をそらしたり、口をきかなかったりということはぜんぜんなかった。

 誰もが、神の(しもべ)として、リサを平等に扱ってくれた。

 それは、国一番の美女である巫女姫も同様だった。彼女は貴族の娘であるにもかかわらず、リサが神殿にあがったその日に自らリサを探してやってきて、あなたは共に女神に仕える姉妹です、困ったことがあったら相談してくださいねと、手を握ってくれたのだった。弟だという護衛騎士も、彼女と握手をしてくれた。

 リサは神殿に来て、はじめて心底からの安寧というものを感じたのだった。

 女神に深く感謝し、一生誠心誠意お仕えしようと思った。女神の依代たる、美しくも優しい巫女姫にも。

 リサはようやく人生の目標とでもいうべきものを見つけ、熱心に仕事に打ち込んだ。自分が、美しくて優しい女神や巫女姫のお役に立てるのが、嬉しくてたまらなかった。

 こんなに充実した日々を送ったのははじめてだった。

 そうして、彼女はもう一つ、人生はじめての体験をする。

 そう。彼女は恋に落ちたのだった。

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