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5 護衛騎士選定

 祭壇に登った女性は、フロアを一眺めしてから、己の体を見下ろした。

 左右の手がそれぞれべつべつに、両脇から体の形を確かめるように撫でさすって這いのぼっていく。

「……ヒップ87、ウェスト58……」

 呟きながら、右手が段差のはげしい腰のラインをつうっと辿った。左手は腿から丸みをおびた尻をひとめぐりして、腕の付け根から首筋を通り、後ろ髪に差し入れられる。そうして胸に辿り着いた右手が、ボールでそうするかのように、ぼよんぼよんと掌の上で(もてあそ)びはじめた。

「……アンダー70、トップ98、……身長は157というところか。体重は……乙女の秘密だな」

 うっそりと笑って、左手で髪をかきあげ、右手で胸を揺らす妙齢の女性。人前でするには、あまりに扇情的な姿だった。

「よい手触りだ」

 艶やかに髪を払い、人々を睥睨した彼女は、左手も胸にあて、指を柔らかなそこに食い込ませた。

「見よ、この巨乳! 見事なものではないか。なあ?」

 熟れていて啜りたくなるような唇から、ぞんざいな言葉が吐きだされる。男の背筋から腰へと戦慄がはしり、女性でも体の奥が熱くなるような声で。それは淫らで、それでいて人を惹きつけてやまぬ美しい旋律であった。

「それに、この声も良い。情熱をかきたてる。そうであろう?」

 とうとう身を強ばらせたり居心地悪げにもぞもぞと体を揺らす者が何人も出て、女神はしてやったりという顔で、ニッと笑った。

「これぞ、女体の神秘。ふふふ。見よ。このむっちりとした白い(もも)。そそるぞ?」

 右手を下ろした女神は、スカートの裾をたくしあげようとした。

「女神よ、どうかそこまでに。巫女姫がお気の毒です」

 前代の巫女姫となった女性が、歩み寄って女神の手を止めさせた。

「む。そうか。まったく、いつからこんな因習となってしまったのか。貧乳は貧乳で()でがいがあるし、おまえたちも清楚で守ってやりたくなる乙女たちだったから、ついそのままにしておったが、……我は飽きた」

 一同に緊張がはしった。

 神の加護があるかないかは、国家の存亡に関わる。過去にも守護神の不興を買い、加護を失い、滅びた国は数多(あまた)ある。

 そうならぬように、守護神を崇め、国民はその本性に添う生き方をし、神の望みを満たす巫女を用意するのに、全力を注ぐ。……イステアでも、建国以来、そうしてきたはずだった。

 それが、飽きた、とは。

 女神は胸を玩ぶのをやめて、フロアの男女を指さしながら声をはりあげた。

「兄妹、姉弟、きょうだい、キョウダイ! 麗しのキョウダイ愛! それも良いがな、いいかげん、つまらん! あれか、それとも、禁断ものがおまえたちの好みなのか!? そのわりには、そういった展開は、一度もなかっただろう。いっつも、親友だの、自分の認めた男だのを連れてきては、姉妹に娶せておったではないか。それで、親友と姉妹が我慢しているのに、自分だけ抜け駆けできないと、自ら禁欲したりしてな。男二人で、愛する女をモノにする日を夢見て、飲みあかしてたりしてたな。べつに私は、処女でなくてもかまわんというのに。ただ、妊婦や老婆に巫女姫をやらせるのは負担が大きかろうというだけだ。まったく、それで何人の巫女姫たちが切ない涙で枕を濡らしたか。寸止めの腰抜けどもが」

 王太子と前巫女姫護衛が、すうっと無表情になった。前巫女姫は、ぽっと頬を赤らめ、うつむいた。男たちがうろたえたのを表に出さないのは立派だったが、それはそれで窺い知れるものがある。どうやら、世に流布している、手を取り合って見つめ合う以上の何かがあったらしかった。

「あれか、最初がそうだったから、そうするべきだと思ったのか? あれはな、貧乳清楚な処女に目がなかったネイサンからアンジュを守るためだったのだ」

 女神は初代国王と初代巫女姫の名をあげて、苛立たしげなため息をついた。

「あのバカは、発育途中みたいな処女を口説くのが好きで、思いを遂げれば、とたんに興味を失うという男のクズでな。それで、アンジュの弟と協力して、あれの毒牙からアンジュと乙女たちを守っているうちに、どういうわけか巫女姫と守護女神などということになっていたのだ」

 今度は国王が無表情になった。自分のことではないが、直接の先祖のことだ。気まずいにもほどがある。……自分の父も自分も息子も、兄弟も従兄弟も、それどころか先祖代々、貧乳の清楚系美人に目がないとなれば。

「王妃は女傑だった。鉄拳でネイサンを躾けた。私も夫婦の祝福をかけてやって、他の女とコトにおよぼうとすれば、左の小指に結ばれた赤い糸が締まって指をちょん切るようにしてやった。アッチが切れてしまったら、王妃が寂しがるからな」

 あっはっは、と女神は笑った。

「建国王と初代巫女姫を崇めるのも良いがな、女の(ちち)は、女の(ちち)というだけで、大きくても小さくても貴いものだぞ。どれも尊び、愛でるに値する。それに、愛とは自由なものだ。己でもどうしようもできぬ、体の奥底から湧き出るもの。つまらぬ偏見に左右されて、芽吹いた愛を見失ってはならぬ。我が加護は愛に向かう。ただ、享受することのみ心掛けよ。我が祝福を疑えば、我が加護もまた失われるだろう」

 女神は最後を厳かに締めくくると、さて、どうするかな、と立てた人差し指を、淫らに己の下唇につけた。

「護衛騎士は、誰にしたら、面白いかの」

 右から左に、左から右へと、視線をフロアにめぐらせる。……男たちを物色して。

 ふふふ、と笑う美しくも蠱惑的なまなざしは、しかし男たちを震え上がらせた。いろんな意味で。

「まあ、そうだな。酷いろくでなしはいなそうだから、誰でもよいか。小ろくでなしなら、調教すればよいだけだしな。よし、決めた」

 女神は真面目な顔になって、目をつぶって、すうっと己の首筋を両手で撫でた。すると、手が触れた場所に、ピンクの雫を宿した繊細な首飾りが現れた。

 そうして目を開け、握っていた指を開くと、そこにもまた同じ石が輝く、巫女姫のものより重々しいデザインの首飾りがこぼれおちて、シャラリと音をたてる。

 どちらにも付いている甘いピンク色の石からは、一条の光芒が放たれており、その光の線によって二つの首飾りは繋がっていた。

「これを護衛騎士の首輪とする。落としてはならぬぞ! 落としたら、我が加護を失うと思え! いくぞ、受け取れ!」

 女神はまたもや目をつぶり、大きくふりかぶって、えーい、と言って力いっぱい投げた。

 首飾り、いや、女神曰く首輪は、キラキラと光りながら飛んでいった。……避けるに避けられず、落とすに落とせず、目の前にやってきたそれを男らしく受け止めざるをえなかったネイドの(もと)へと。

 こうしてめでたくネイドは、生贄、もとい護衛騎士に就任することになったのだった。

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