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3 彼の事情

「お兄様、どう?」

 ネイドの前で簡素な白いスカートの裾を揺らし、くるりんとまわったカテアは、最後にちょんと腰を落として、優雅というより愛嬌のある淑女の礼をしてみせた。

 白金の髪に、クリーム色の肌。そこに絶妙なバランスで配されているのは、真っ青に煌めくパッチリとした目に、小生意気そうな鼻と、花びらのような唇。彼女は実に魅力的な容貌をしていた。

 なにより素晴らしいのは、その体型だった。細い手足はのびやかで、薄い胸と主張しない尻がすんなりとした曲線を描いている。まさに(うた)に謳われる初代巫女姫のごとき清楚さなのだ。

 十六歳のカテアは、文句のつけようのない、イステア王国で理想とされている女性の体型を所持していた。

「ああ。綺麗だよ、カテア。女神もおまえを(よみ)し給うだろう」

「そうかしら。……べステス家に生まれたからには、巫女姫としてお仕えする覚悟はあるけれど……」

 そこで彼女は言葉をにごした。

 ベステス家は過去に何代も巫女姫を輩出し、王妃にのぼった者もいる、初代巫女姫の血筋を引く名門の家系だ。巫女姫選定時に年頃の兄弟がいれば、候補を上げる義務がある。今回はちょうど、ネイドとカテアが適齢期だった。

 巫女姫に選ばれるのは、女神お墨付きの国一番の美女だということであり、たいへん名誉なことである。しかし、処女性が要求されるため、どうしても婚期が遅くなってしまうのだ。

 もちろん、それだけの美女だから、退任すればすぐに結婚が決まるのだったが、……というより、結婚退職が一般的なのだったが、一番美しい季節を、見つめ合って手を取り合うのがせいぜいなお付き合いしかできないのは、恋に恋する年代の彼女には、とてもじれったく辛いことに思われるのだった。

 もっとも、そうやって愛を育む巫女姫とお相手の恋物語は、国民の間で大人気で、彼女も憧れている。もしも選ばれてしまったとしても、そんな素敵な恋ができるならと、おおいに期待する気持ちもあるのである。乙女心は複雑なのだった。

「お兄様こそ、質素なお洋服でも、とっても素敵よ。私が選ばれてしまったら、溜息をこぼす女性が、またたくさん出るんでしょうね」

 カテアはませた目つきで兄を見やった。ネイドはそんな妹を微笑ましく見つめかえした。

「どうしてだ?」

「まあ、どうしてだ、ですって! お噂通り、氷の貴公子ですこと!」

 彼女は呆れたように肩をすくめて、くるりと瞳をまわしてみせた。

 妹よりも色の薄い白金の髪に、どこまでも透き通った水色の瞳。騎士修行ですら焼けない肌はあくまでも白く、それが精悍に整った顔を彩るさまは、日の光に輝く氷の欠片を思い起こさせる。

 その上、完璧な貴公子の振る舞いで女性を恭しく扱いながら、けっしてそれ以上立ち入らせない。しつこくまとわりつこうとすれば、柔和に微笑みながらも、吹雪のごときまなざしで拒絶する。

 家柄、容姿、将来性と、三拍子そろった未婚女性の憧れの的であるにもかかわらず、いまだどんな女性にもなびかない。それでついたあだ名が、『氷の貴公子』なのだった。

 もし妹が選ばれれば、血の繋がった彼が護衛騎士に就任することになる。護衛騎士就任中は、常に巫女姫を守らなければならないため、結婚は許されない。

 そろそろ結婚適齢期にさしかかってきた彼には、渡りに船な話だった。

 べつに結婚したくないわけではないし、断じて男色なのでもない。ただ、心惹かれる女性がこれまで現れなかっただけである。

 イステアは初代国王より恋愛結婚が理想とされている。だいたい、守護神が愛の女神フェスティアなのだ。愛の名の下であれば、身分差も、生まれた国も、性別や種族さえ関係ない。

 そのかわり、愛のない結婚は許されない。神の前の誓いで、必ずはじかれてしまうのだ。つまり、それなりな女性を見繕って適当に結婚することができないのである。

 彼は、女神のそんな祝福という名のお節介を、大迷惑だと思っていた。本当に、大きなお世話なのである。

 生まれた時から惚れっぽい人間もいれば、そうでない人間もいる。なかなか思う相手の一人もできないからと言って、欠陥があるかのように思われるのは心外だった。

 これでカテアが巫女姫に選ばれれば、彼女の一人もいない状態でも許される期間が伸びる。それに、家門の一ページに、自分たちで華々しい功績を添えることができるのだ。できるものなら、カテアに巫女姫になってもらいたいものだと、ネイドは思っていた。

 秋晴れのその日、べステス家の兄妹は、希望を胸に、新巫女姫選定の式に挑んだのである。

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