表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(自称)愛の女神と巫女姫と護衛騎士  作者: 伊簑木サイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/26

21 ネイドの望み

 笑う巫女姫は感動的に可愛らしかった。松明の明かりしかないのが惜しいくらい。いや、この程度の明かりでよかったのかもしれない。はっきり見えていたら、心だけでなく、体も持て余しただろう。

 ああ、いいな、とネイドはしみじみと思った。こんなふうに、いつも笑ってもらえたら、と。愛しくて、ものがなしくて、切なさに胸の奥が締まった。

 やがて、二人とも自然に笑いやんだ。ネイドはなごやかな雰囲気に後押しされて、口を開いた。

「ここにお連れしたのは、体がひどく冷えていたのと、女神が聖下をこの湯に浸からせるようにと仰ったためです。肌に良いのだそうです。それと、緊張がほぐれるだろうと。……ですが、聖下の許しも得ず服を脱がせましたこと、まことに申し訳ありませんでした」

 ネイドは四の五の言い訳をせず、とにかく頭を下げた。どんな理由があろうと、心を許してもいない男に勝手に服を脱がされたら、どんな女性だってショックを受けるに違いない。少なくとも、妹がそんな扱いを受けたら、ネイドなら兄として相手の男を殴り倒す。

「いいえ! いいんです! 気にしないでください! 私が逃げたりしたのがいけなかったんです。でも、あんなになるなんて思わなくて……、すごい勢いで飛ばされて、怖くて、心細くて、気が遠くなって……、私、気を失ってしまったんですね。……あああの、すみません、見苦しいものをお見せした上、探していただいて、お手数までおかけして、本当にかさねがさね申し訳なく……」

 せわしなく手振り身振りを加えて、一所懸命に気にしていないことをアピールしていた巫女姫は、途中からいつもみたいに小さくなっていった。

 ネイドは慌てた。そんな顔を巫女姫がしなければならない理由は、何一つとしてない。

「いいえ、あのような場所にいた私の落ち度です。その後も、私がすぐに駆けつけられなかったせいで、ずいぶん体を冷えさせてしまいました。申し訳ないのは、私の方です。体は大丈夫ですか? 具合悪くはありませんか?」

「大丈夫です! 私、小さい頃から体は丈夫なんです。風邪もほとんどひいたことがないです。……本当ですよ?」

「ええ。信じます。ですが、巫女姫に就任してから、慣れないことばかりで疲れていらっしゃるでしょう。どうか、些細なことでもよいので、不調があれば教えてください。私は不調法者なので、そういったことには気づいてさしあげられない」

「は、はい。ありがとうございます」

 巫女姫は恥ずかしそうに、ぺこりと頭を下げた。

 彼はさらに、巫女姫の頑なな思い込みをほぐしたくて、真面目に言いつのった。

「それから、あなたは見苦しくなどありません。むしろ、眼福でした」

 言い切ってから、ネイドは自分の失言に気付いた。

 苦手だと思っている男に下着を見られて、眼福と言われたら、……普通、嫌だと思うんじゃないだろうか……。

 ざーっと血の気が引いていく。動きを止めた彼の耳に、巫女姫の平坦な呟き声が届いた。

「……眼福」

 彼はいたたまれなくなって顔をそむけ、右手を額の生え際に突っ込んで、半ば目元を隠して、謝った。

「申し訳ありません。ただ、あなたは魅力的だと伝えたくて」

 沈黙が落ちる。ネイドは恥ずかしくて、とても向き合ってなどいられなかった。いっそ消えてなくなってしまいたかった。

「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、本当でっすかっ」

 勢い込みすぎて妙なイントネーションになった可愛らしくも艶やかな声が聞こえて、ネイドは物憂げに手をどけた。育ちのいい彼は、淑女からの質問に、おざなりな態度をとるという頭がないのだった。きちんと向き直って、相手の目を見て答える。

「はい。本当です」

 巫女姫が目を見開いた。口もぽかんと開いている。それが、見る見る恥ずかしげな表情に変わり、どうしていいのかわからないというように、お湯に視線を落とした。……小さな呟きとともに。

「ありがとうございます」

 それが、ネイドの言うことを信じたというより、お世辞に対するお礼に聞こえて、彼は微妙な心持ちになった。

 長く付き合わなければならない相手だ、気まずくなりたくないなら、このまま大過なくやり過ごしてしまえ、という思慮があった。だが、彼女を誰よりも魅力的だと感じていると、……特別に思っているのだと、伝えたい気持ちもあった。

 彼の逡巡は短かった。

 二年越しの想いだ。それが、開放感に満ちた露天風呂で二人きりで、しかもいつになく会話が成立しているという状況に、思慮を押し切った。

 考えるというより、こぼれだした言葉だった。

「あなたを、探していました」

「え?」

「ずっと」

 彼の言葉に引かれて顔を上げる巫女姫の様子をつぶさに見ながら、ああ、そうだ、とネイドは思った。もう、ずっと前から。出会ったあの日よりも、もっと前からだった、と。

 どんな女性を見ても、心惹かれなかった。でも、誰かを探していた。ずっとずっとずっと、求めていたのだ。求めて、求めて、求めて、やっと出会えた人だった。だから、探した。

「もう一度会いたくて」

 そうして、抱きしめたかった。腕の中に囲ってしまいたかった。自分のものにしたかった。

 そう。彼女を伴侶にしたいと思ったのだ。

 彼女を腕に抱き留め、深い色の瞳を覗きこんだ、あの時から。

 ネイドは強い想いを吞みこんで、痛みを宿した瞳で微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ