19 光の軌跡
ネイドは神馬に飛び乗り、相手が気位の高い神馬だということも忘れて、急かすために腹に蹴りを入れた。
怒った神馬は嘶きをあげてネイドを振り落とそうとしたが、人間、必死だと馬鹿力が出るものである。なんと力づくで押さえつけて、ゴイン、と首筋を殴って、怒鳴りつけた。
「役に立たないなら、この首へし折るぞ!」
ネイドは本気だった。必要な時に言うことをきかない馬など、無用なのである。
神馬は不満げに蹄を鳴らしたが、ネイドの要求に従って走りだした。
ネイドは首飾りから伸びる光の軌跡を追って駆けに駆けさせた。アルス山中に入っても、姿勢を低くして神馬をいそがせる。しかし、急な斜面と木々に阻まれ、進みは遅い。
そうしているうちに、雪が降ってきた。神馬の体から湯気があがっている。ずいぶん気温が下がっているようだった。
ネイドは巫女姫が心配だった。女神が去った後、加護がどのくらいの間、彼女の上にとどまっているのかわからなかったからだ。
寒さに震えていないか、森の獣に襲われていないか。そうでなくても、山中の闇は深い。きっと心細い思いをしている。気が急いてしかたなかった。
途中で女神の言っていた温泉を見つけ、とうとうネイドはそこで馬を降りた。
「無理を言ってすまなかった。ここまでありがとう」
ふん、と神馬が荒い鼻息をもらす。まるでそれが、もういい、と言っているようで、彼は小さく笑った。
「ここで待っていてくれるか。……行ってくる」
ぽん、と馬の首筋を一つ叩き、ネイドは背を翻し、光の伸びる方へと走った。
はじめは藪を手でかき分けていたが、面倒になり、剣を抜いて切り払った。とにかく光の示すままに、一直線に進む。
尾根を越え、谷間に入り、また斜面を登り、汗をかいて息を荒げた彼は、ようやく巫女姫を見つけた。
地面に黒髪を散らし、うつぶせて雪に覆われた彼女に、息が止まる。
急いで彼女の脇に屈みこんだ。ネイドは剣をしまうと、籠手をとり、彼女の背中に触れた。間遠だが、呼吸とともに背筋が動く。安堵に震える息を吐き、今度は彼は彼女の首元へと手を滑らせた。
とても冷たい。はやく体を温めてやらなければ……。
ネイドは雪を払って巫女姫を抱えあげ、足早に来た道を戻ったのだった。