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13 女神の要求

「護衛騎士」

 巫女姫の声なのに、明らかに彼女のものではない声に、ネイドは表情を引き締めて顔を上げた。

 巫女姫は淡い光をまとっていた。泣きはらしていたはずの顔はもとの状態に戻り、いや、それどころかさらに美しく、妖艶に輝いて、そしてなにより、(おか)しがたい神々しさにあふれていた。

 ……女神だった。なんの前触れもなく、女神が降臨していた。

 ネイドはすぐに片膝をつき、頭を垂れた。

「我が箱庭を侵そうとする痴れ者がいる。馬の用意を。我をここから南西200キロにある山の麓に連れていけ」

 ネイドは頭の中で地図を描き、確認のため尋ねた。

「ドレクサスとの国境にあるアルス山でしょうか」

「ん。……そのような名であるようだ」

 女神はわずかな沈黙をはさみ、遠い目で答えた。

「失礼ながら、もう一つお聞きしたく存じます。御身ご自身が馬を駆られるのでしょうか」

「護衛騎士」

 彼の頭の上に、呆れたような声が降ってきた。

「我が一人で馬に乗って、何が楽しい」

 ネイドは、自分の質問の答えが、なぜそのようなものになるのかまったくわからなかった。女神が一人で乗れるなら鞍を付けた馬を用意すればよいし、そうでなければ、馬車を用意しなければならない。

 当然、両者の移動速度は異なる。そうすると宿泊場所も変わるから、旅程も違ってくるし、運ばねばならない荷物の量も変わる。護衛の編成から荷馬車の数、その他諸々まで、まず、女神の騎馬の腕前に左右されるのだ。

 彼は少々考え、女神は一人は楽しくない、つまり、単騎での移動は嫌だと言っているのだろうと捉えて、今一度質問した。

「では、馬車でよろしいでしょうか」

「馬車、なあ……」

 やれやれというように、溜息がつかれた。

「まあ、馬車も悪いとは言わんがな。なにしろ密室に二人っきり。ある意味やりたい放題だが、おまえは同乗するつもりはないのだろう?」

「はい。護衛の指揮を執らねばなりませんので」

「将来、『仕事と私、どっちが大事なの!?』と聞かれたら、『おまえのために仕事をしているんだ』と言えよ」

「はい」

 頷いてはみたが、途中でキイキイ声と低い声の寸劇を混ぜた、またもやわけのわからない返事に、ネイドは当惑していた。

 神族との会話は難しいとは聞いていたが、想像以上に意味不明だった。同じ言語で話しているなずなのに、少しも意味がつかめない。

 背筋に冷や汗がにじむ。女神フェスティアは人間好きで鷹揚で寛大な神だ。が、神というのは、そもそも非礼を受け付けない。非礼に対しては、必ず神罰を下す。そしてまた、その神が非礼と見做すものが、人間と(ことわり)を別にするために、よくわからないのだ。

 これまで、少々突拍子もない言動が目立つが、加護を与えてくれる祝福の女神だとしか思っていなかったものが、にわかに恐ろしいものに感じられ、ネイドは身を低くして畏まるしかできなかった。

 しかし、女神の声は、たいそう陽気なものだった。

「護衛はおまえ一人でじゅうぶんだ。そしてもちろん、移動方法は相乗りだ。巫女姫は前に乗せて、横抱きにするのだぞ。いいか、必ず横抱きだからな」

「承知いたしました」 

 では、大きめの鞍と替えの馬を用意して、と瞬時に考えをめぐらせているところへ、

「神馬を召喚した。あの馬を使え」

 女神が雪降る薄闇に手招きすると、見えぬ入口から真っ白い巨体の馬が現れた。

「あとは、現地調達のつもりで、金だけ用意しておけばよい。さて。我は着替えてくる。なぜにこの巫女姫は、こうも地味な格好ばかりしたがるのか。もっと惜しげなくさらして誇ればよいものを。……おお、そうだ。いいことを思いついた。……ふふふ。護衛騎士、期待しておれよ」

「は」

 短く首肯してみたが、そのいいことというのが、おそらく巫女姫がまた悲鳴をあげそうな格好をするつもりなのだろうと予想されて、期待と同情と恐怖が入り混じった心情に見舞われた。

 なにしろ、馬に乗っている間中、巫女姫を抱きしめているのである。役得もいきすぎれば、目の毒、体の毒、心の毒である。

 女神が羽織ってくれるかは別として、自前でもう一枚マントだけは用意しておこうと、ネイドは心に決めたのだった。

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