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人生が何の意味を生み出すのだろう?
僕は自分がクズ人間だと知っているし、それはもうどうしようもないことなんだと思う。昔は、自分を変えようと努力もした。でも出来なかった。あまりにも簡単にあきらめてしまう人間。それが僕。それを知っている。これはそういう事実なんだ。アヒルとして生まれた鳥は、死ぬことを除けばアヒルとして生きていくしかない。それが嫌で、生きる希望もないと言うくせに、死ぬ勇気もない。だからアヒルとして生きていくことにした。醜く飛ぶくらいならば、地をはっていよう。風に煽られることもなく、誰にも見られることもなく・・・ただ自分を、自分の世界を傷つけないようして・・・
お昼休み。僕は誰にも迷惑にならないように、外のベンチで食べていた。人がたくさんいるところで食べたくないというのもある。いい天気だ。春の陽気につられて、少し気分が高揚しているのだろうか、数人の大学生が不必要なくらいの大声で話している。正直不快だ。でも、僕がとやかく言うことはできない。仮に僕が友達と一緒に歩いていても同じような迷惑を誰かにかけるだろうし、これまでにかけてきたことだって否定できない。それをやらない、と胸を張れるもののみが彼らを注意する資格を持っている。
僕のいろはすが、彼らの荷物にあたって倒れた。水がどぽどぽとこぼれていく・・・彼らが倒れたいろはすが顧みることはない。おおよそ、気づいていないのだろう。でも僕は強く言うことはできない。僕だってこれまでの人生、人の飲み物を倒して気づかなかったこともあるだろう。だから僕は、彼らを責めることはできない。僕も彼らと同じことをし得るのだ。そんな人間がどうして他人の生き方を指図できようか?
世の中には、気に食わないものが、人がたくさん溢れている。でも、それらはあくまで僕が気に入らないだけだし、ほかの視点から見つめれば僕にも価値が分かるものばかりだ。世の中のすべてのものが、何らかの点において僕よりも優れている。僕は、どんなものにも後れを取ってしまうような人間だ。ならば、自分の何を肯定的に捉えればよいのだろう?それを認めてやったとしても、根拠のない自信だけが独り歩きし、いつか恥をかくに決まっている。繰り返すが、地に足つかずに飛ぶくらいならば、地面を這っていたほうがいい。
「もっとさ、自分に自信を持てよ」
「・・・根拠のない自信なんていらないよ。恥の元だ」
「新はさ、なんでそんなに恥を怖がってるの?誰も気にしないかもよ?」
「僕が気にするんだ」
「詰まる所、君は自分の事しか見ていないんだ。他人に寛容で、でも優しくはない、むしろ自己中心」
「知ってる」
「変わりたいとは思わないの?」「そんな生き方でこの先も幸せなの?」「努力しないと変われないよ?」「頑張れば変われるよ!」「失敗は成功の母だよ」「新ならできるよ」「もっと皆と仲良くしよう」「本当の新をみせてよ」「もう一度やってみよう?」「少しずつ」「こっちにおいでよ!」
僕は、変われるのかもしれない・・・
そんな思いを、また抱く。
何度目の失敗をするつもりだ・・・僕は。
馬鹿なのか。
もう、何も思わない。いつも通り、自分の周りに波風が立たないようにゆっくりはぐらかしていく。
「さようなら、また今度ね」
不必要なくらいの笑みが、僕の顔に張り付いている。
お読みいただき、ありがとうございました。