戦国武術会編第5話〜川中島の再来・2〜
2っつうか後編ですね
「艶やかに舞え! 鬼百合!」
その名を叫び、彼女は武器を出した。彼女のそれは細身の両手剣。
対する俺の両手にはジュースとポップコーン。こんな状態で戦えるはずもない。つーか本当にこんな場所でやり合う気なのか!?
「ちょ、ちょ、待ってくれよ! 争いからは何も生まれ……。うわぁっ!」
俺は説得しようとしたが、彼女は有無も言わず、俺の首を狙うようにして切り掛かってきた。どうやら本気で俺を殺す気だ。
俺は後ろに下がりそれを交わしたが、今のはまだ一撃目。二撃目がくる−−。
「これで終わりにします……」
「なっ!? 風が!?」
風。なんと彼女の闘気が周囲に風を巻き起したのだ。風を巻き起こすその闘気は凄まじく、俺の足は震えが止まらない。じいちゃん以上の闘気を発する人間なんて初めて見た。逃げるか、ポップコーンとジュースを捨てて戦うか。どっちにしろ危険な選択に変わりない。これは本格的にやばそうだな……。
俺が考えあぐねているその最中、彼女を纏っている風が止んだ。
来るっ−−。
ドォーン!!
とその時、爆発音と爆発に伴う振動がこの闘技場を揺らした。リング上で誰かが派手にやらかしたのだろうか。とにかく、彼女の気が一瞬でも逸れた今、逃げるなら今のうちだ。この期を逃したら本当に殺されてしまう。
俺はすぐさまその場を離れ、人込みに紛れるようにして逃げる。その逃走は見事に成功したようで、彼女はもう追ってこなかった。
「逃がしましたか……」
慶二の逃げ足は速く、磯崎絵麻と名乗った少女は追い掛けるのを諦めた。そして、無表情のまま剣を消滅させる。周りの人は一人たりとも今のやり取りを見ていないようだった。
何もすることが無くなった絵麻は、慶二が逃げた方の反対に向かって歩き出した。しかし、その絵麻の前に一人の男が立ち塞がった。絵麻は立ち止まり、顔を上げてその男を見る。
「あ、あの…。誰ですか?」
「明日あんたらと対戦するチームの一員だ」
「ああ、そういえば対戦表に顔が載っていましたね。確か……直江兼次さんでしたか?」
絵麻の前に居たのは慶二の親友、兼次だった。兼次の後ろには、二人分のポップコーンを持った沙織里の姿もある。そしてその兼次は絵麻に、そうだ。と愛想無く言った。
「はじめまして。私は島津家久の子孫、島津伊江久です」
絵麻はえへへ。と笑って頭を掻いた。その姿はとても可愛いらしい。そんな絵麻を見た沙織里は、監視するかのような目で兼次を見る。
しかし兼次の表情は違っていた。
「お前らは不意打ちが好きなのか?」
「不意打ち? 何の事です?」
「とぼけるな! お前は慶二……」
しかし兼次はその先の言葉が出てこなかった。
「いい試合をしましょうね。ではまた明日」
何も言わない兼次を見た絵麻は言い、兼次の横を通その場から居なくなった。兼次は全く動かず、その場に立ち尽くす。去り際にそんな兼次の様子を見た絵麻は、クスリ。と笑みを浮かべた。
絵麻が去った後、沙織里は先程から魚籠ともしない兼次に対し、ふて腐れながら近付いていく。
「兼次さん、もしかして見取れたとかじゃ無いですよね!?」
しかし、兼次は何も答えない。そこで沙織里は思い切り息を吸った。
「兼次さーん!!!」
「うぉわっ!!!」
「やっと気付きましたね」
「ん、ああ、悪かった。それじゃあ見に行こうか」
兼次は一度も沙織里に振り返らずにそのまま歩き出した。沙織里はその後を追い掛け、横に並ぶ。
兼次はニヤついてるのではないか。そう思った沙織里は、横で歩く兼次を見る。しかし兼次はニヤつくどころか、強張った表情をし、さらにその額には汗が滴り落ちていた。
時を同じくして子孫宿泊用ホテルの中庭では、涼子達西日本チームが明日香達東日本チームとの試合に向けてチーム作りを行っていた。
メンバーは川岸澪、立花雪江、御堂涼子、鬼小島玲奈、五十嵐沙織里。ちなみに沙織里は、訳有ってこの場にはいない。
玲奈以外の三人は丸くなって話していたが、玲奈だけは一人で稽古を行っていた。
「なるほど。つまり私達子孫は武器を出す事で常人以上の動きができる、と」
「そうです…。武器を出さずに超人的な動きが出来るのは……四分蔵さんくらいなものでしょうか……」
雪江は四分蔵がスカートをめくる時など、セクハラ時の動きの事を言ったのだろう。その意見には涼子も澪も頷いていた。
「だったらわたしもそうなの?」
「そうです、澪……」
「そっか。前に慶二君が、能力を使うとすっごい体に負担がかかるって言ってたけど…」
「常人以上の動きをすることで、骨や筋肉に多大な負担をかけてしまうのです……」
二人は雪江の言葉にふーん。といった顔をして首を軽く縦に振った。そして二人からの質問が終わった所で雪江が立ち上がる。
「二回勝てば、慶二さん達と試合です…」
「そうか。負けられないな」
「えいえいおー!」
雪江と涼子が右手を天にかざしながらニコニコしている澪を見る。
「ほらほら二人も、えいえいおー!」
「「えいえいおー……」」
涼子も雪江も、乗り切れてはいなかったが、澪と同じようにした。しかし澪はまだ気に食わない様子で唸っていた。
そして引っ掛かる原因が分かったのか、ハッと何かを思い付いたような顔をして−−。
「アタイに何の用だい!?」
−−玲奈を連れて来た。
勿論玲奈は全く乗り気じゃなかったが、澪の再三の説得。いや、正確に言えば澪は説得をしたわけでは無いのだが、玲奈は何故か澪のお願いを断れなかった。おそらく澪は玲奈の母性本能をくすぐったのだろう。
「明日は絶対に勝とうね! えいえいおー!」
「「「えいえいおー……」」」
『アキちゃんの勝利〜!』
俺がおつかい、もといパシリから戻った時には三回戦目も終わっていた。
たかだかポップコーンに四十分もかかるなんてな! はっはっはっ!
「たかだかポップコーンに四十分よ」
「遅いぞパシリ……」
「まあ、殺されかけましたからね」
「アハハッ。冗談が上手いのね」
「全然笑えない……」
冗談じゃ無いけどね。
とにかく俺は今までの試合結果を二人に聞いた。一回戦目の勝者は山県、二回戦目は北条。三回戦目が今言ったアキちゃんだそうだ。これで上杉は王手だな。
四回戦までで四十分。一回戦は平均十三分程度で終わるのか。
『馬場小春選手と里美はリング上に登ってください!』
向かって右から里美が、同じく左から小春さんがそれぞれリング上に登った。
「負けんなよ里美ー!!!」
俺は大声で叫びながら手を振った。そんな俺に里美は気付いていなかったが小春さんは気付いたらしく、ちらっと俺を見た。
ごめん小春さん、俺は里美を応援するよ。
『それでは試合開始ー!!!』
悔しいけど、私と彼女の実力差は明らか。私が勝てる可能性は限りなく0に近い。
そんな私に勝機があるとしたら−−。
「全てを零に! 氷狼!」
−−短期決戦。
私はグローブを装備し、間もなく彼女との間合いを詰める。
射程圏内に入った。右手を上から振り下ろす。当たると思ったが、彼女はそれを後ろにすっと、最小限の動きで交わしてみせた。的が無くなった右手はそのままリングを破壊し、右手がぶつかった場所を中心に、半径一メートルくらいのクレーターができた。
私の一発目は交わされたが、次の攻撃をすぐさま繰り出す。それが交わされたらその次、またその次と。手数を増やし反撃の隙を与えない。この戦法はとても疲れるが、手数を増やせばそれに比例し、攻撃が当たる可能性も上がる。
私の狙いはそこ。自分の方が強いと思っている人は一発でも攻撃が当たれば動揺、もしくは頭に血が上る。私はその動揺を突き、短期決戦に持ち込む腹でいる。
だから体力を気にする必要は無い。とにかく攻撃を当てないことには話にならないから。
「持つんですか? 体力」
「うるさいわね、あんたもさっさと武器を出したらどうなの?」
彼女は一向に武器を出そうとはしない。
チャンスは今!
私はさらに攻撃速度を上げた。自分で言うのもなんだが、空手をやっている私は攻撃の種類も豊富だ。下段蹴りから逆足で上段回し蹴り、そこから跳び膝蹴り。どれも自信のある一級だった。
どうして当たらないのよ……。
私は攻撃を止めた。そして私と彼女は試合開始時と同じ場所で向かい合う。
「技のキレ、スピード威力。どれを取っても素晴らしいです」
「はぁ……はぁ……。ならあんたはどうしてそんな簡単に交わせるのよ……?」
私は息を切らしながら聞いた。疲れを隠せない私とは対照に、彼女は息一つ乱さず涼しげな表情をしていた。
彼女、もしかしたら……。
「貴女の攻撃が当たらないのは、それは実力差があるからではありません」
「え、だったら……?」
どうして攻撃が当たらないの?
「貴女はただ手足を素早く動かしているだけ。そんな攻撃が私に当たるとでも? 貴女には私を倒そうとする覚悟が無いんですよ」
嘘だ。私は本気で彼女を倒そうとしている。覚悟が無いなんて、そんなの嘘だ。
でも、だったら……。
どうして私の攻撃が当たらないの……?
「分からないならいいんです。そのまま負けなさいっ!」
ドンッ!
彼女の口調が強くなる。突如、私の腹に何かが食い込んでくるような感触を覚えた。彼女に殴られた衝撃だと気付く事は無かった。
『伊勢選手が気絶した為、馬場選手の勝利です!』
小春は本気で殴った。
鍛えているはずの鋼鉄のような里美の腹をいとも簡単に貫き、里美をそのままリングと場外を覆う観客席の壁まで殴り飛ばした。
里美はうつぶせになり、ピクリとも動かない。そんな里美の下に上杉チームの面々が集まる。
「あの小春って子、強いわね」
「…私より強いかもしれない……」
横で見ていた二人がそれぞれに言う。
確かに二人が言った通り、小春はあの面子の中でも段違いに強い。これはひとえに、小春には才能があるという事なのだろう。
かく言う俺も武器を出す所までしか見えなかった。俺も武器を出せば動体視力が上がるから見えるようにはなるが、問題はそれを交わせるかどうか……。
そして綾子さんは里美の看病の為棄権し、代わりに出た北条も先の戦いで体力を消耗した為に、缶助に負けた。武田の勝利だ。
試合が終わると、観客はどっと雪崩の様に会場を後にする。俺は成美さん達と別れ、闘技場にある医務室へと向かった。
コンコン
「は〜い」
この間の抜けた声は綾子さんのだ。
「俺です。慶二です」
「あ、慶ちゃん? 入っていいわよ〜」
俺は手首を捻ってドアノブを回し、そのまま前に押し出した。部屋は保健室の様な部屋で、ベッドが二つ。その片方に里美が寝ていた。
「里美は大丈夫なんですか?」
俺はベッドの横で、丸い椅子に姿勢正しく座っている綾子さんに問い掛けた。
「ええ、気を失っているだけ。外傷も何も無いって言ってたわ」
「そうですか。よかった」
「ええ。でもやっぱりこれは彼女のおかげね」
小春さんか……。
「んっ……」
お、里美が起きた。
「あれ……私……」
「さっちゃん、どこか痛い所は無い?」
上半身だけをベッドから起こした里美に綾子さんが優しく声をかける。
「大丈夫だけど……そういえば試合は!?」
俯き答えた里美は試合の事を思い出したらしく、綾子さんを向き問い掛ける。
「負けたよ。里美も、チームも」
綾子さんに言わせる訳にはいかないと思った俺は、綾子さんの代わりに答えた。
それを聞いた里美は俺を見て、そして再び俯いてしまった。手は布団を握り、震えている。
「慶ちゃん……」
俺は綾子さんと一緒に医務室を出て、ホテルへと向かった。
里美の泣き声は廊下まで響いていた。
−−−−−−−−−−
「そうですか……里美さんは負けてしまったんですね……」
夕食が終わり風呂に行こうとした最中、ホテルロビーで雪江さんとバッタリ鉢合わせになってしまった。
「雪江さんは明日明日香達とですよね?」
「はい……。慶二さんはどっちを応援してくれますか……?」
オムライスには、バターライスかケチャップライスどっち。って聞かれている様なものでしょ、これ。
「ど、どっちも応援しますよ」
「……しょぼーん」
う、雪江さんがしょぼーん。ってなっちゃったぞ。
「じ、じゃあ……雪江さん達寄りで、応援しますよ」
「そんな安っぽい同情ならいっその事……」
話がどんどん変な方向に向かっている気が……。
「じ、じゃあ、雪江さんを応援しますよ」
これなら文句ないでしょっ!?
「……ぽっ」
雪江さんの顔が見る見るうちに赤くなっていった。
雪江さんめっちゃ可愛いなぁ。
「慶二さん……」
「はい?」
「お背中流しましょうか……?」
待て待て待て! 雪江さんが背中を流すって……。
一緒にお風呂入るって事でしょ?
〜妄想〜
『慶二さんの背中って大きいですね……』
『はい。でもこの背中以上に……』
『雪江さんへの愛は大きいですよ』
『慶二さん……』
『雪江さん……』
ってよく考えたら、風呂は男女分かれているじゃん……。
「慶二さん、そういえばお風呂は男女分かれていましたね……」
「はい。残念ですよね」
って俺は何を口走ってんだよ!?
どうか雪江さんが聞いてませんように……。
「……ぽ」
何故か顔が赤くなってるっ!
「お背中を流されたくなったら、いつでも洗ってあげますからね……。ではまた……」
雪江さんはそう言い残して部屋へと戻って行った。
さてと、風呂に入るとするか。それにしても、しょぼくれた雪江さん、可愛かったなぁ。表情は微妙にしか変化してないんだけど、それがまた−−。
「あら、慶二さん」
声のした方を見ると、明日香が走ってこっちに近づいて来ていた。どうやら風呂上がりらしく、髪の毛が微妙に湿っている。
「これからお風呂ですの?」
「ああ、そうだよ。そういや明日香に聞きたい事があったんだけどさ」
俺はポップコーンを買った時に聞いた、南条院グループについて、明日香に問い掛けた。
「さあ。私も初めて聞きましたわ」
らしい。知らないのなら仕方ないので、それについては後で拓海さんに聞く事にしよう。明日香にはもう一つ聞いておこうと思った事があった。
「里美はどうしてる?」
明日香は首を横に振る。
「一人で部屋にこもってましたわ」
「そうか……」
「慶二さん……。私分かりますわ……」
何だ明日香、お前も里美の悔しさが分かるのか。お前らは犬猿の仲だけど、やっぱりなんだかんだ言っても、親友なんだよな。
「慶二さんはいじける里美を捨てて、私に乗り換えたいのですわよね? 大歓迎ですわ」
「俺、風呂入ってくるよ」
俺はそのまま風呂へと向かった。
明日香……。恐ろしい子っ!
最近は遊んでばっかりで、更新が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
しかし今日から心機一転。カブけよカブけの更新を早めたいと思います。