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綾子編第2話〜異変〜

涼しいと言うより、寒くなってきましたね。

やっぱり秋には栗、サンマ、ぶどう、梨、綾子編第2話。


という事で、綾子編の二話目です。

「綾子さん…」


「どうしたの慶ちゃん?」




「胸が…」


「胸、かしら?」



 冬に入って間もない休日、俺は綾子さんと二人でスーパーに買い物をしに来ている。


 一緒に買い物をする事は問題ではない。


 問題なのは、綾子さんが俺の腕に絡み付いている事だ。


 綾子さんが着ているセーター越しに、胸の感触が…。


「今日の夕御飯は胡麻味噌坦々鍋ですか?」


「ええ。寒いから、鍋で元気を出してもらおうかなって♪」



 この胡麻味噌坦々鍋。めちゃめちゃ美味いのだ。


 ご飯と一緒に雑炊みたいにして食べても、うどんを入れて食べても美味しい。

 俺はこの鍋が大好きで大好きで、堪らない。



「ありがとうございましたー」



 食材と鍋の素を買った俺達は、それらをビニール袋にゆっくりと詰め込んでいく。


 勿論俺も手伝うのだが、綾子さんの手際が良すぎるので、寧ろ邪魔をしている気がして仕方ない。



ウィーン



「寒っ!」


「本当。寒いわね〜」


 外に出た俺の第一声はそれだった。

 晴れているのにこの寒さ。この寒さを肌に感じると、冬だな。と、再認識される。


 冬か。


 俺がこの町に来てから早三ヶ月。本当に色々な事が−−。


「えいっ♪」


「うわっ!」


 綾子さんが荷物を持つ俺の腕に、自分の腕を再び絡めてきた。


「綾子さん、その…」


「慶ちゃん、とっても温かいわ〜」


「俺じゃなくても、人なら誰でも温かいですよ」


「そんな事無いわよ〜。それより慶ちゃん、これからお茶でもしましょうか〜」


「勿論いいですよ。行きましょう」



 しかし俺は、ここである事に気付く。


 ここで、と言うよりは昔から気付いていた事。




 俺の腕を抱きしめている綾子さんの体。



 その体が微かに震えているのだ。




 寒いから震えている、のではない。初秋でも震えていたのだから。



 米沢に着いて最初に会った時、綾子さんは俺を抱きしめた。

 その時は今以上に震えていた。



 しかし、家で抱きしめられた時なら、綾子さんの震えは感じられない。

 綾子さんは一体、何に震えているのだろうか。


 寒さからの震えでは無いとするなら、緊張からくる震えだろうか。


 それとも恐怖から…。



「えいっ♪」


「ふぁい!?」


 綾子さんに鼻を押された。



「慶ちゃん、着いたわよ〜」


「あ、着いたんですか」


 どうやら、俺が考え込んでいる間に喫茶店に着いたらしい。


 そして俺達はカップルのようにくっついて店内に入る。



カランカラン


「いらっしゃいませ」



 店内に入る俺達を、店員さんが席に案内してくれた。

 俺達が入店したこの喫茶店は、綾子さんが買い物後に何時も連れて来てくれる場所だ。


 この喫茶店は、主婦御用達といった雰囲気で、店内は買い物終わりの親子や、仲良し奥さん集団が大半を占める。



「慶ちゃんはいつものやつでいいわよね?」


「はい、今日は寒いので尚更ですね」


 俺達は二人掛けの席に、向かい合って座る。

 綾子さんの美しい顔をまじまじと見れる、この上ないベストポジション。こんなブイアイピー待遇を受けれる男性は全国で唯一人。


 俺のみ。



 フハハハハ!!!



 …自慢話もそこそこに、綾子さんが言った、いつもの。とは、ホットココアの事だ。

 ここのホットココアは格別美味い。他のココアとは桁が違うコクと旨味。正に蟻と象、亀田と内藤だ。



「慶ちゃんは本当にココアが好きなのね〜」


「ココアが好きと言うより、この店のココアが好きなんですけどね」


 注文が終わるや否や、綾子さんは俺に言った。



「あの人もそんな事を言ってたわ〜」

「あの人って…」




「敏雄さんも、ね。昔は二人でよく来たのよ〜」


「そうだったんですか」


「ええ。何度も何度も。毎日のように来たわ」



 今まで気にしていなかったが、二人はどういった経緯で出会ったんだろう…。


 俺の母も綾子さんも十五の時に俺達を産んだ。つまり二人は、高校一年生の時に俺達を産んだことになる。


 この時点で凄いのだが、とにかく、母さんの性格なら未だしも、綾子さんの今の性格からすると、その年で子供を産むのはちょっと考えられない。


 敏雄さんは一体どうやって綾子さんを…。


「知り合ったのは中学三年の時よ」


「はいっ!?」


 綾子さんはまるで俺の心を見透かすかのような事を言った。



「教師と生徒。私達はその関係から始まったの」


「教師と…生徒?」


「ええ。私が昔、暴れ回っていた事は慶ちゃんも知っているでしょう?」


「はい…」


「その私が変われたのは、敏雄さんのお陰なのよ」



 綾子さんを変えたのは敏雄さん。それは大体目星が付いていた事だ。

 しかし、俺が気になるのは、綾子さんはどうして暴れ回っていたのか、という事。


 どうして気になるのか。その理由は単純で短絡的だが、今の綾子さんを見ていると、そんな事は想像すらつかないから、だ。


 だが、これは聞いていい事なのだろうか。


 玲奈さんから、鬼小町と言われた時。綾子さんの顔から笑顔が消えていた。


 誰にだって触れてほしくない過去の一つや二つはある。

 聞いちゃ駄目だよな…。



「そうだ綾子さん」


「どうしたのかしら〜?」



 俺は話を反らし、先日行われた球技大会の話を始めた。



…。


……。


………。



「さっちゃんの、その時の顔。あれは駄目よね〜」


「ですよね〜。空手は大変ですね」


「でも、野球部やソフトボール部に入られるよりは良かったわ〜」


「どうしてですか?」


「洗濯が大変。あの真っ白な服が、茶色い泥を沢山付けてくるんですもの〜。野球部の子を持つ親は大変そうだわ〜」


「ああ、確かに…。俺も中学の時はサッカー部だったんですけど、靴下の汚れが凄かったですよ。そして雨の日の試合になると、ソックスは勿論。髪の毛やパンツまでドロドロ。気持ち悪いことこの上なかったですよ」


「フフッ。慶ちゃんも大変だったのね〜」


「試合で疲れようが、それらを全部自分で洗わされましたからね。じいちゃんも、キャバクラに行ってるくらいなら、手伝えって話ですよ」


「フフッ、そうよね〜」


「あのじいちゃんは長生きしますよ。今現在長生きしてますけどね」


 もうすぐ百歳のじいちゃん。体内年齢はなんと四十歳。あと四十年くらいは生きれそうな予感。


「あら大変〜。もう六時よ〜」


 と、綾子さんが時計を見て言った。


 しかし全く危機感が感じられない。



「相当話してましたね。帰りましょうか」


「急がなきゃいけないわね〜」



 全く危機感が感じられない。


 そして俺達は、ココアと紅茶で三時間も居たので、罪悪感を感じながら、勘定を済ませた。


カランカラン


「寒っ!!!」


 店を出るなり、北風が俺の全身を貫く。

 流石に冬と言われるだけの事はある。この寒さは尋常じゃない。コートを着ようが関係ない寒さだ。


 と、そこで−−。


むにゅ〜


 綾子さんは、以下略。


「温かいわ〜」


 温かいし、柔らかいし、いい匂い。もうたまりませんな。



 って、もしかして浮気はこうして始まるのか!?


 すまん里美…。



「もう真っ暗ね〜」


「え、ええ。流石に冬と呼ばれるだけの事はありますよね」


 米沢の冬は久しぶりだ。流石に愛知とは訳が違う。


 寒いのは苦手だ。



「はぁ〜。フフッ♪白いわね〜」


「そうですね」


 公園前を通るなり、綾子さんは自分の吐き出す息が白い、と再認識した。


 綾子さんのその姿は、綺麗の一言に尽きる。



 やはり思うのだが、この人が暴れ回っていたのには、何か重大な事があったに違いない。

 先生、親がうざったいから、などの理由では無いだろう。


 俺はどうしても理由が知りたくなった。


 聞こう。



「綾子さん…」


「あら慶ちゃん、そんな真剣な顔してどうしたのかしら〜?」



「綾子さんは−−」


 と、そこで俺は二人の男が、公園から俺達へ近付いている事に気付いた。


「−−昔…。一体何の用ですか?」


「野郎に用は無い」



ドガァ!!!



「痛っ!!!」


「慶ちゃん!?」



 どうして殴り飛ばされなきゃいけないの?


 まあとにかく、俺とくっついていた綾子さんは、一緒に飛ばされはしなかったようだった。

 綺麗な肌に傷が付かなくてよかったと言うべきか、俺の上に乗るといったハプニングが無くて悲しい、と言うべきか…。


 なんて考えている場合じゃなかった。狙いは綾子さんだからな。



「よっ」



 俺は一気に起き上がった。

 そのまま綾子さんを見ると、まだ腕を掴まれたりは−−。



「止めて!!!来ないで!!!触らないで!!!」


「大人しくしなって」


「そうそう。俺達手荒な真似はしたくないから」


「嫌ー!!!触らないで!!!来ないで!!!」


 俺が起き上がった時には既に、綾子さんの腕は、掴まれ引っ張られていた。


 それにしても、綾子さんの嫌がり方が尋常じゃない。


 綾子さんは掴んでいる腕を離そうとしているんじゃない。ただ暴れているだけだ。

 俺が居るんだから、そこまで恐がる事は無いと思うのだが…。



「キャー!!!」



 とにかく綾子さんを助けなきゃいけない。


 俺はじいちゃんに感謝しつつ、男二人に近付き−−。


「うっ…!」


「うわっ…」



 本当なら殴り返したかったが、目には目をなんて言ってたら駄目だから気絶させるだけにしといた。


 これで綾子さんも−−。



「来ないで!!!近寄らないで!!!」



 えっ?




「綾子さん…。俺ですよ…?」


「来ないでぇぇぇ!!!」



綾子さんは持っていた荷物を俺に投げてきた。


 避けれる筈も無く、俺は当たる。



「嫌ぁぁぁー!!!」


「綾子さん!!!」



 俺は公園に逃げようとする綾子さんの腕を掴んだ。

 すると綾子さんは今までに無い奇声を発する。



「離してぇぇぇ!!!」


「綾子さん!!!」



 両肩を掴み、顔同士を近付けた。


「俺です!!!慶二です!!!」


「止めてぇぇぇ!!!」


 俺が誰だか分かっていない…?



「離して離して離してぇぇぇ!!!」


「綾子さん!落ち着いて下さい!!!」


「離してって言ってるの!!!」



 言って綾子さんは、俺の手を振り払おうと暴れる。



「綾子さん!!!」


「離して離し…。さっちゃん助けてさっちゃん!!!」



「里美って…あっ!」



 里美と言った事に気を取られ、綾子さんから手を離してしまった。

 俺は慌てて綾子さんが逃げた方を見−−。



「助けてさっちゃぁぁぁん!!!」



 綾子さんが逃げた方向、公園の出入口には制服姿の里美がいた。どうやら部活帰りのようだ。

 そして綾子さんは、その里美に抱き着く、ではなく、しがみついた。



 綾子さんの物とは思えない叫び声と共に。


「お母さん…。もしかして…」


 綾子さんの状態を見て、何かを悟った里美は、そのまま俺を睨みつけてきた。




「慶二!!!あんたは一体何をやってたのよ!!!」


「俺は……」


「何をやってたの、って聞いてるんでしょ!!!」



 珍しく里美が本気で怒っている。

 しかし、俺も状況が飲み込めていないので、何も言えない。



「とにかく里美、落ち着いてくれ…」


「これが落ち着いていられるの!?」


「そうだ。俺も何があったのかよく分からないんだ…」



「何言ってるのよ!!あんたが…お母…さんを…」



 気を失っている二人を見た里美は、悔しそうに言葉を飲み込んだ。



「なぁ里美…。綾子さんは…?」



 俺は里美に聞くが、里美は自分にしがみつく綾子さんを見たまま、質問に答えない。



「大丈夫お母さん…?」


 綾子さんに反応は無く、ただただ里美にしがみついているだけだ。




「慶二、荷物をお願い。私はお母さんを家に…」


「…」




 里美は綾子さんを立たせて、そのまま連れて行ってしまった。


 公園に残される俺。

 この苛立ちは何処に持っていけばいいのだろう。


 俺達は普通に話しながら、普通に帰るだけだった。


 それなのにどうしてこうなった?


 どうしてこいつらは俺達に絡んできた?









 綾子さん、あなたに何があったんですか?

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