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第49話〜慶二心と里美心と秋の空〜

「いっけー!!!」


「里美、うるさい」



 今日は十一月最後の日曜日。太陽光線を遮る物は何も無い快晴。

 そんな素晴らしい天気の今日、里美の部活が休みという事で、俺達は初めてのデートらしいデートをしに、とても有名なスポットに向かっている。


 その名も−−。




「オラァオラァ!!!」


「アイアムチャンピオン!!!」




 米沢プロレス場…。




「なあ…。デート…だよな?」


「そ、そうよ。一々確認しないでよね!恥ずかしいんだから…」



 まぁ何処だろうと、里美が楽しめる場所ならいいんだけどな。

 さっきから里美は楽しそうな顔をしてるし、それだけで充分。


 え、だとしたら俺が楽しめないじゃないか?


 いやいや。俺にも行きたい場所は有るには有ったが(サッカー場)、里美のこの表情とどっちがいい。と聞かれたら、迷わずこっちを選ぶ。


 こう考えると俺は、遠慮しない女性との相性がいいんだろう。

 それに第一、俺もプロレス好きだしね。




「あー楽しかった♪」


 里美の顔を見ながらそんな事を考えていたら、いつの間にかプロレスが終わっていた。

 天山と蝶野の試合だったのに…見逃した…。



「ん、面白くなかった?」


「いや、かなり面白かったけど…な」


「ん?」



 里美も俺と同じ考え。下手に気を使わない、いつも通りの二人がいいらしい。

 直接俺に言った訳じゃないが、プロレスを見に行くと言った時点でそうだと分かる。

 まあ里美の場合、そんな難しく考えずに、本能の赴くままに行動しているだけかもしれないが。



「それで、これから何処に行く?」


「よし来た。俺に任せろ!」


 俺は以前からどうしても行きたかった場所に里美を案内する。


 その場所はプロレス場同様、駅近くの大通り沿いにある−−。



「プラネタリウム?」


 そう、俺が見たかったのは星だ。


「ああ。俺は星が大好きなんだ」


 俺は何か嫌なことがあった時、いつも星を見ていた。

 じいちゃんに叱られた時も、じいちゃんが借金作った時も、訳も分からず借金取りに殴られた時も、星だけは俺の味方だった。


 へっ!泣けてくるじゃねーか!



 そして里美は目を輝かせて言った。






「いいっ!最高よ慶二!」


「だろだろ?」


「似合わないけど。うん、私もここに来たかったんだー!」


 ん、今何か失礼な事を言われたような…。


「でも慶二はどうして星が好きなの?好きなのは星じゃなくて、星野秋ちゃんじゃないの?」


「違う!俺が好きなのは国外涼子であって、星野あ…ってそれも違う!!!」



「国外涼子と私、どっちが好き?」


「そんなの里美に決まっているじゃないか」


「兼次さ…じゃなかった。慶二さーん♪」



 この声は…。



「お前ら何やってんの…?因みに里美は、俺にさん付けしないからな」


 プラネタリウム会場の前にいる俺達の所に、後ろからやってきたのは兼次と沙織里だった。


「デートだが…。お前らもか?」


「何故疑問?」


「だってお前ら、距離離れ過ぎだぞ。デートにしては、な」


「そんな事言われても…」


 困った俺は里美を見た。


「な、何見てんのよ…!」



 今は一メートル以上離れているから、里美はまともに喋っているが、俺との距離が近いとまともに喋れなくなる。


「とにかく、里美はこれ以上俺に近寄れないんだよ」


「そ、そうよ!」


 どうして、そこでお前が威張るんだっての。


「あ、そう…。それじゃあ俺達は行くよ。じゃあな」


「兼次さん、もう行くんですか?」


「ほら、行くぞさおりん」


「はい…」


 沙織里は言って、先に行く兼次の腕に自分の腕を絡ませた。


「じゃあな」


「さようなら」


 俺達は何も言えずに、ただただその光景を眺めているだけだった。


 そして俺はそれを見て思った。里美が喋れなくなるとか、そんな理由を付けて恥ずかしさから逃げているのは自分だと。

 と言うのも、実は里美同様、近付いたら恥ずかしくてまともに喋れなくなるのだ。


 里美を見ると、彼女はそわそわしていた。こういう時は俺から歩み寄るべきなのだろうか…。

 いや、そうだろう。


 頑張れ俺!



「さ、里美…?」


「な…何、慶二?」



 里美に何を言おう。どうやって言おう。断られたらどうしよう。

 駄目だー!!!



「とにかく、入ろっか」


「う…うん…」



 チクショー!俺は駄目な男だー!



…。


……。


………。



「綺麗だったね」


「そ、そうだな」



 プラネタリウム上映が終わって、俺達は外に出る。外は既に日が落ちかけ、綺麗な晩秋の夕暮れだ。


 俺は里美の問い掛けに一応同意したが実際は、ずっと兼次達二人と俺達二人を頭の中で比べてたり、里美の事を考えていた。


 付き合うようになったのは向こうの方が早い。しかし付き合いは俺達の方が長い。

 里美も兼次達みたいに腕を絡ませたりしたいのだろうか。それとも嫌なのだろうか。

 手を繋ぐのは?抱きしめるのは?キスは?

 と、プラネタリウムどころではなかったのだ。


 昔だったら手を繋ぐ事ぐらい、何とも思わなかっただろうがー!!!

 あー駄目だー!!!俺は駄目な男だー!!!



「ねぇ慶二、これからどうする…?」


「ん、うん…。どうすっかな」


 俺は道路を右、里美は道路を左側に、二人で向かい合う形で言う。


 そして俺のぎこちない返事。

 はぁ…。兼次達のせいで気まずくなったよ…。って兼次の責任じゃくて俺の責任か。


 なんか里美と付き合うようになってから、逆に距離が離れている気が…。そもそも俺は里美が好きなのか?

 いや、それは杞憂だ。


 俺には髪、目、唇、里美の全てが可愛く見える。手を繋ぎたい、抱きしめたい、キスをしたい。里美の全てを自分の物にしたい。


 正直な所、俺は最近里美と二人きりになった途端、そんな事ばかり考えている。

 それは多分、里美が好きだからだろうな。


 でも、好きだからこそ大事にしたい。だから里美が嫌がる事をしたくない。嫌われたくない。


 だから無理矢理手を繋いだり…。




 言い訳だな。




 チクショー!!!俺はヘタレだー!!!




 はぁ…。プラネタリウムどころの話じゃなかった…。

 だって、隣の慶二を見ると、下を向いてるんだもの。星空が好きって言ったのは、私の為の嘘だったのかな…。

 それともやっぱり兼次と沙織里の事?私が慶二に近寄れないから?


 私だって慶二とイチャイチャしたいわよ…。でも、恥ずかしいんだもの…。


 ううん、駄目よ。恥ずかしいなんて言ってられない。そんな事してたら慶二を取られちゃう。


 慶二はどう思ってるんだろう…。私と手を繋ぎたいとか考えてくれてるのかな…。


 慶二も慶二よ。何されてもいいって言ったのに、いつまでもぐずぐずして…。

 それはもしかして私が可愛くないから?私に胸が無いから?



 それとも慶二は私の事が好きじゃないから…?


 ならどうして付き合うって言ったのよ!!!バカバカバカバカ!!!慶二のバカー!!!



 はぁ…はぁ…。

 脳内で息を切らしてどうするのよ…。



「キャー!!!ドロボーよー!!!」



 と、俺達二人がプラネタリウム会場前で困り果てている最中、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「里美、今泥棒って…」


「あいつよ!」


 里美は俺の後ろを指差し言った。

 振り向いた先には、歩道に座り込んでいる女性と、フルフェイスヘルメットを付けた、いかにも引ったくり犯といった感じの男が、その女性の物と思われる鞄を持って、走り去ろうとしていた。


「行くぞ里美!」


「任せて!」


 俺達は猛スピードで男を追った。しかし男の足が速く、なかなか追いつけない。

 それに加え、通行人が壁になってしまい、追い掛ける事自体が困難だ。

 しかし、その逃走する男とすれ違う通行人は、みんな呆気にとられて男を捕まえようとしてくれない。


「どうする里美!」


「任せて。私にはあれがあるから」


 あれって、縮地法とか、舞空術とか?

 里美にそんな技があったのか?


「いくわよ、覚悟はいい?」


 え、それは俺に言うべき事じゃなくて、あの男に言うべき事で…あれ…ちょっ…どうして俺を持ち上げっ…。


「いっけー!!!」


「うわぁぁぁー!!!」


 投げんのかよー!!!




 ガーン!!!



 俺の頭が男の頭にぶつかった所で、俺の意識は途絶えた。




「もしもし」


 私は気を失っている男を捕まえて警察に電話をした。

 警察の人はすぐにパトカーをよこすとの事。これにて一件落着ね。


 それにしても、背に腹は変えられないって言うけど、慶二には可哀相な事をしちゃったな…。


 なんて思いつつ慶二の顔を見る。



「気絶した顔もカッコイイな…」



 …って私は何を言ってるのよ!!!慶二に聞かれてたらどうするのよ!!!



「起きてる…?」


 頬っぺたを軽く叩いて呼び掛けるが、慶二からの反応は無い。どうやら本当に気絶しているようだ。


 慶二に聞かれてなくてよかったと思う。聞かれてたら慶二に何を言われるか分かったもんじゃないから。


 でも、慶二が気絶してるって事は…。




 慶二に何してもバレない?




 だだだだ、そんなの駄目よっ!

 抵抗できない人間にあんな事やこんな事するなんて、空手道以前に人道に反するわ。



 でも、見ず知らずの人なら人道に反するけれど、私達は恋人同士だから何をしたっていいのよね?



 それなら誰にも責められずに、あんな事やこんな事を……って、あんな事やこんな事って。私ったら何て事を考えてるのよ!バカバカバカ!






 …手を握るくらいならいいわよね?



 恋人同士だし、昔だってよく繋いでたし。



 よしっ!



ギュッ



 私は歩道に寝ている慶二の左側に座り、左手を両手で握った。



 慶二の手は久しぶりで、昔と変わらない。


 幼稚園の頃、慶二と手を繋いだ事はしばしばあった。その時の感触は今でも覚えている。








 バウムクーヘン。




 当時の私は何故バウムクーヘンという単語が出てきたのか、それは未だに分からない。

 でも、慶二と始めて手を繋いだ日以来、慶二の手の感触を味わった日以来。私はバウムクーヘンが大好物になった。



 慶二の手を食べているみたいだった。



 慶二と喧嘩した時はバウムクーヘンのやけ食いもした。


 慶二と同じクラスになれた日もバウムクーヘンを沢山食べた。


 慶二が帰って来た時はバウムクーヘンを沢山食べた。



 今でも慶二の手の感触はバウムクーヘン。


 出来立てホヤホヤ。温かいバウムクーヘン。



 私は幸せ。



「ありがとうございます!」


「ひゃいっ!!!」


 手を繋いだまでは良かったが、ここは歩道。人前だという事を忘れていた私。

 私は驚きの余り、慶二の手を地面にたたき付けてしまった。


 とにもかくにも私は声がした方を見る。そこには鞄を取られた女性がいた。


 私は気を失っている男から鞄を取り上げて、それを女性に渡す。その女性は私に御礼を言い、慶二にも御礼を言っておいてくれ、と言われた。


「そのお兄さんは大丈夫ですか?」


「ああ、こいつなら大丈夫です。もうちょっとしたら起き…」


「んっ…」


 と、タイミングよく慶二が意識を取り戻した。




 ここはどこ?俺は誰?


 ここは天国。私は神。


 よし、頭は大丈夫だ。


 俺はむくりと起き上がって周囲を見渡す。そこで里美と、例の鞄を取られた女性の存在を認識した。


「大丈夫ですか?」


 その女性は三十才前後。至って普通のOLのように見える。


「大丈夫ですよ。里美に気を失わされるのには慣れてますから」


「慣れてるって何よ!」


「今までの行動を思い出せっての!」


「うっ…」


 へっ、正義は勝つんだよ!


「失礼ですが、お二方はどういった間柄なんでしょうか」


 俺は恥ずかしくなり、里美を睨みつけていた視線を外した。

 里美も俺と同じような仕種をする。



「ウフフ。言わなくても分かりますよ。幼なじみ、もしくは恋人ですね?」




「両方です…」



 隠す事でもないので、素直に言った。

 里美は綺麗な肌色の頬をトマト色に染める。



「あら、見事に的中したんですね」


「まあ…そうですね」


 するとその女性は鞄の中に手を入れ、中からカメラを取り出した。


「突然で申し訳ありませんが、写真を撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「写真?どうしてです?」


「実は私、新聞のネタを探す仕事をしているんです」


 と、いうことはもしかして…。




「お二方を新聞に載せたいな、と」



「「嘘ー!?」」



…。


……。


………。



「里美、慶二くん、これ見たよー!」


 朝、俺と里美が教室に入るなり澪が新聞に載っている例の記事を俺達に見せるようにしながら、言ってきた。


「私も見ましたわ。見た瞬間、新聞を破ろうとしましたけど」


「私は剣で切り裂こうと思った」


「どうして?慶二達が新聞に載ったんだよ」


 新聞を忌む明日香と涼子に、忠海が言う。


「お手柄高校生カップル。愛の力で引ったくり犯を撃退、ね。ケイと里美の、あ・い・の・ち・か・ら。だってさ」


「慶二さんも里美さんもカッコイイですね」


 続いては五十嵐姉妹が俺達をからかう。


「お前ら、あの後引ったくり犯に出くわしたのか?」


「兼次殿は見ていないのでござるか?」


「ああ。俺ん家新聞とれないし。それで、そこには何て書いてあるんだ?」



 その新聞にはこう書いてあった。


 お手柄高校生カップル。愛の力で引ったくり犯を撃退。


 米沢市在住の高校生、前田慶二君と伊勢里美さんの二人が、22日午後5時頃、愛の力で引ったくり犯を撃退した…。



「…前田慶二君は、『俺は何もしていない。ただ里美に投げられただけだ。引ったくり犯より里美の方を裁くべきだ』伊勢里美さんは『慶二が頑張って倒してくれた』と、二人の発言に若干の食い違いが有るものの、愛の力で撃退した事に変わりは無いだろう。後は犯人の動機などが書かれていたでござる」


「なるほど。しかしこの写真はどうかと思うが…」


「本当ね。妬けちゃうな〜♪」


 四分蔵の話しを聞き終わった兼次が、新聞に載せられている写真を見て、言った。

 それに七美も同意する。



「仕方ないじゃない!あれは慶二が無理矢理…!」


「え、慶二から無理矢理やったの!?」


「おい忠海!勘違いされるから、あまり大声で言うな!」


「ボク廊下に行ってくるよ」


「忠海!!!廊下で言い触らすなよ!!!」


 俺は廊下に出ていく忠海を追い掛けた。



「里美さん、よかったですね」


「べ、べつによくなんかないわよ!」


「里美ったら、ケイが無理矢理とか言っちゃってさ。折角ケイが勇気を出したってのに、可哀相ねぇ〜」


 五十嵐姉妹は今度は里美をからかった。


「そ、それは…」


「里美さんも嬉しかったんじゃないですか?」


「そんなの嬉しいに決まってますわよね!」


 里美の代わりに、苛立ちを隠せない明日香が答えた。



「そうだな。あの慶二が自分から…」






「キスするなんてね♪」




 言って七美は新聞に載っている写真を見る。




 その写真に写るはずの里美の顔は、慶二の後頭部に隠れてしまっていた。

たまにはこういった話もいいですね。打っていて面白いです。



ちなみに企画は毎回やらず、気が向いた時にやりますんで、止めた訳ではありません。

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