第32話〜文化祭二日目・後編〜
「七美!?」
「う、うん…」
俺は大浴場を出ようと風呂を上がる。しかし、風呂から出て扉を見た瞬間、不意に扉が開く。なんとその開いた扉の向こうには、裸の美少女、七美がいたのだ。不幸中の幸か、幸中の不幸だろうか、白いタオルで隠していたので、七美の大事な部分は見えなかった。
「うわわわわー!」
俺は慌て、そして再び風呂に入り身を隠した。そしてそのまま俺は七美がいる反対の方を見る。そこで俺は、どうして外に出なかったのかと、今更ながらも後悔した。
いや、今からでも充分間に合う。俺の頭に乗っているタオルで下半身を隠して…。しかし七美は…。
「じ、じゃあ俺は出るよ。ごめんな、女風呂に入ったのはわざとじゃないんだ。何て言うか、動揺してて。それじゃあな」
言っている事が支離滅裂だ。今もかなり動揺しているからだろう。
そうして俺は湯から身を−−。
「い、今は…。出ない方がいいよ」
「ふぁい?」
「洗濯機の前に人がいるから…。だから今出ると…」
それはまずい。洗濯機がある踊り場は、女風呂に向かう通路と男風呂に向かうそれが出会う場所。つまり俺が女風呂に入っていた事がばれてしまう。でも…。
「でも出るしかないよ…」
俺はそう判断し、七美にそれを告げた。そのまま目をつむって湯舟から出る。しかし、俺は目をつむったままだと扉まで辿り着けない事に気付く。
こればかりは無理なので仕方ない。七美の力を借りることにする。
「七美、俺の手を引っ張って扉まで誘導してくれないか?」
七美からの返事は無い。しかし、暫くしてから俺の右手に人の体温を感じた。おそらく七美の手だろうか。
そしてその手は俺を引っ張っていく。そして暫く引っ張った後止まり、右手に感じていた人の体温は、冷たい何かと変わった。
「着いたよ…」
「ありがとう。それで…。ごめん」
俺は目を開け、扉を開けてから謝った。視線は更衣室に向いているので、七美がどんな表情をしているのかは分からない。ふざけるなよエロ親父が! なんて表情をしている線が濃厚だろうか。
「ううん。慶二の事だから、わざとじゃないんでしょ?」
「ん、ああ…。でも、わざとだろうとそうでなかろうと、罪は罪だから言い訳にはならない。本当にすまん…」
どうやらその線は無かったみたいだ。
「とにかく、早めに出ないと誰か来ちゃうから−−」
「−−待って」
俺は本当に早く出たい。しかし、七美に止められる。
「どうし−−」
七美は俺の頭に手を回して、俺の顔を自分のほうに向けさせると…。
キスを…。
「慶二、好き♪」
本日二人目…?
「え…?」
「好き♪」
七美の好きな人は兼次じゃなかったのか!?
「そんな冗談は…」
「冗談でこんな事は言わないよ」
ふぁい?
「え、じゃあ本当に…」
「うん。大好き…」
「え、だとしても…。もっと雰囲気がある時に告白をするとか…」
って言うべきはこんな事じゃない。それに勇気を出してくれた七美に対して、今俺が言ったことは最低だ。
しかし七美は−−。
「ごめん、我慢できなかったんだ…。それにこの雰囲気は、ねっ♪」
「この雰囲気って…?」
「慶二が望むなら私を好きにしても…」
「いやいやいや! 人が来たらどうするんだよ!」
「私は構わないよ。むしろ来てくれた方が嬉しい。見せ付けられるからね♪」
ズキューン!
俺のライフポイントは0、いや、まだまだ理性は残っている。今のうちに逃げるか…。
いや、七美は真剣だ。それなのに俺が逃げる訳にはいかない。俺も恥ずかしいが、七美はもっと恥ずかしいだろうからな。
「ごめん、今は何とも言えない」
「それでもいいよ、慶二なら何をしても…」
「駄目だ。七美は真剣なんだろう? だったらそんな事を言っちゃ駄目だ。俺が言うのもおかしいかもしれないけどな」
「そうだね。ごめん…」
「今は何とも言えない。これが返事かな」
「そっか…。じゃあまだチャンスはあるわけだね?」
「ん、それも分からない。けど、客観視したら…。そうだな」
「わかった。私頑張って慶二のお嫁さんに相応しい女の子になるからね♪」
いや、相応しいどころか俺には勿体ないような…。
とにかく湯冷めしそうだったので、大浴場を出る事にした。
「それじゃ、私が出るまで待ってて♪」
「わかった」
俺は大浴場を後にした。
「やっと言えた…」
今まで何回言おうとしたっけ…。イメージトレーニングも数え切れないくらい熟した。
そして今日、私は慶二を探し回った。でも、どこを探しても慶二は見つからなかった。だから仕方なく諦めて、風呂に入ろうとしたらいるんだもん。運命としか思えないよ♪
「でも、本当に慶二なら何をされてもいいのにな」
極端だけど、慶二には私を殺す権利だってある。
「元々この命は慶二に助けられたんだからね…」
…
……
「それで、今は六時か…」
「始まってから一時間。残り十五分あるよ♪」
あの後俺は踊り場に行ったのだが誰もいなかった。本当によかったと思う。そして暫くしたらパンツとワイシャツが乾いたので、だ・ん・し更衣室でパンツを履き、ワイシャツをアイロン掛けした。浴衣から制服に着替えた後、調度七美が風呂から上がった。
そして今、俺と七美は食堂で軽く食べ物を口にしている。いや、食べ物っていうのは失礼だ。それくらい美味しいお料理を食べている。
「それで七美は見たか?」
「見た…。手を繋いでた」
この世の終わり…。
「そうそう、慶二は初の三冠王かもしれないよ」
「三冠王?」
「そっ。ミスター米沢、ミス米沢、米沢グランプリの三冠♪」
「グランプリは知っているけど、ミスターにミスって何だ?」
「カッコイイ人と可愛い人ランキングよ」
「ああ、文化祭中廊下にプリントがあったな。一般の人も投票できるわけか」
「そう。私は慶二と菌ちゃんに入れたけど」
ミスが俺って、そういう事か…。
「まあどっちにしろ、後で女装しなきゃいけないんだけどな」
兼次に言われたからな、菌でやれって。
と、そんな時食堂の扉が開いて、明日香とお嬢が入って来た。
「あら、慶二さん。ここにいらっしゃいましたのね」
「ふぅ…。しかし慶二達は見たか? この世の終わりを…」
あ、この二人も見たんだ。
明日香とお嬢はそれを見るなり、喧嘩をしていた自分達が無性に空しくなったらしい。
二人はそのまま風呂に入る為、二階へ向かった。
「あ、慶二に七美じゃない」
「急にいなくなったと思ったらここにいたのか」
「ねぇ、慶二くん達は見た? この世の終わりを…」
食堂に入って来た里美、涼子、澪の三人も見たようだった。この世の終わりを。
そうして三人も風呂へ向かう。しかし気になったのだが、さっきから七美が俺を見ながらニヤニヤしているのだ。
「何が面白いんだ」
「いやぁ〜。てっきり断られるって思ってたからさっ♪」
「そのことか…。いや、そんな断る理由が無いし」
「だから〜。断る理由が無かった事が嬉しいの♪ だってそれって好きな人がいないって事なんでしょ?」
「ん、ああ。今はな」
「だから嬉しいの。…って、今はって事は昔は…?」
「いた事にはいたさ」
「え、どんな人? どんな人?」
「気にするな。恥ずかしいから…」
しかし七美は引き下がらない。引き下がらないどころか、俺を揺すってくる。
「ねえ〜。教えてよ〜」
「わかったから。わかったから離してくれ」
「はいっ♪」
七美が手を離した。それによって俺の体に自由が戻ってきた。
「好きって言うか、憧れだったな」
「憧れ?」
「ああ。俺はその人を一回しか見た事がない。一目ぼれってやつかなぁ…」
「で、どんな人だったの?」
「そうだな〜。あれは俺が小学校一年生の時…」
「おーれーは慶二ー! ガーキだいしょー!」
当時の俺はかなり大人しくて、いついじめられてもおかしくないような、気弱なガキだったんだ。
そんな俺は、歌いながら河川敷を歩いていた。その前日は雨が降っていてな、川の流れがやたら速かったんだ。俺はそれを見たくてわざわざ河川敷まで出向いたってわけ。
そして俺はその川を見ながら歩いていた。すると上流から大きな桃がドンブラシドンブラシと…。
「いやいや、そんな子供はあんな歌歌わないよ! あと桃の効果音違うよ。それ以前に桃は流れてこないでしょ?」
「冗談だ。本当は上流から猫が流れてきたんだ。その川の川幅は広い方だったから、猫にはどうすることもできなかったんだろうな」
「ふーん。それで慶二はどうしたの?」
「迷わず助けに行こうとしたさ。そう思ったから、猫を追い掛けながら河川敷を走ったんだ」
「でも小学校一年生だったんでしょ。だったら助けを呼んだとか?」
「いや、俺は飛び込む事を決心した」
「うそっ」
「当時の俺は自分の体力に自信があったとはいえ、さすがにこの流れの速さだ。決心するまで時間がかかったよ」
そうして決心した俺は荷物を放って、俺は飛び込もうと川に向かって走り出し、そして川に飛び込んだ。
「冷たっ!!」
川の水はかなり冷たかった。なんせその日は一月だったからな。でも、そんな事を気にしている時間は無かったんだよ。
「一月だったの!? そりゃまた凄いね〜」
「心臓が止まるかと思ったよ。おまけに流れの速さが尋常じゃない。本当に死ぬかと思ったよ」
「そうなんだ」
「でもさっき言った通り、猫の命が掛かっているんだ。そんなことを気にしているわけにはいかなかった」
「そうだよね。それでどうなったの?」
「俺は猫のいる所にはたどり着いた。だが案の定、自分まで流されてしまったんだ」
「よしっ助けた」
助けたまではよかった。そして岸に戻ろうとしたのだが、無理だった。そもそも俺が猫のいる場所まで行けたこと、それ自体が奇跡だったんだ。
でも死ぬ訳にはいかない。俺は頑張って泳ごうとする。でも駄目だった、溺れないようにするだけでも精一杯な人間が泳げる道理は無い。せめて猫だけでも岸に、と思っても川幅が広いから投げても届かない。
打つ手が無くなった俺は、結局体力が尽きて溺れてしまったんだ。
「まさにミイラ取りが、ってやつだ」
「そうだね。でも、そこを初恋の人が助けたんだね♪」
「そう」
「んっ…」
俺は目を覚ました。しかし、俺の目の前には予想だにしない光景が広がっていたんだ。
「起きましたか…」
目の前には綺麗な女性が俺にキスをしていたんだ。いや、小学校高学年くらいの女の子がキスをしていたんだ。どうやら俺は彼女に助けられたようだった。
キスって言っても、ただの人工呼吸だったようだった。でも、当時の俺にとっては凄まじい衝撃だった。おまけにその女の子はかなりの美人。
俺は、そのまま彼女に一目ぼれをしたんだ。
「あなたは優しい人ですね。猫を助ける為に命を賭けるなんて…」
「は、はいっ?」
俺は心臓を締め付けられるような感覚に襲われた。
「フフッ。そのタオルは持って帰って下さい。それでは…」
俺がお礼を言う前に、その人は必要最低限の事を言い残し、そしてタオルを残して行ってしまった。残ったのは、タオルから香る彼女の香り、そして唇に残った彼女の感触だけだった。
「そのタオルは今でも使っている。でも、その時の香りはもう消えちゃったけどな。」
「いい話だね。で、その人とは会っていないの?」
「同じ学校だったら会えたんだがな」
「違う学校だったの?」
「ああ。俺は恋の為に違う学校まで探しに行く、なんて事まではしなかった」
「まあ、小学生だしね」
「そして俺の初恋は終わったんだ」
「今でもその人を好きなの?」
「それは会ってみないとわかんない」
「そっか」
キーンコーンカーンコーン
イーベンートシューリョー
と、チャイムが鳴って企画終了を告げた。
時刻は六時十五分か。
「さっ、後夜祭を楽しみましょうか」
「そうだな」
…
……
「さあさあエロエロ校長の特別企画も終わって、いよいよ後夜祭の始まりだー!」
司会は兼次。その兼次の一声に、体育館の中に物凄い歓声が響き渡る。ついに後夜祭が始まったのだ。
「みんなのってるかーい!」
イェーイ!
「じゃあ始めるよ! 後夜祭スタート!」
ドーン!
爆薬が物凄い音を出し、会場を盛り上げる。
まず始めにバンド演奏が行われる。そうしてそこからダンスなど、有志のパフォーマンスが行われていく。どの有志グループも、この後夜祭に向けて沢山練習したらしく、どれもクオリティが高かった。
そして一通り有志パフォーマンスが終わると、兼次が出てきた。
「それじゃ次の企画はこれだ! 米沢グランプリ!」
来たか…。
「ボク達はプライドを捨てたんだ。絶対に貰わなきゃね」
「そうよ。ブルマなんて恥ずかしい事をさせておいて…」
「俺もそう思うよ」
「それじゃあまずは講演部門からだ!」
米沢グランプリは講演賞、食・物販賞、その他賞、グランプリの四つに分かれている。グランプリは総合優勝団体に与えられる賞だ。選出方法は、一般客と教員の投票で選出する。
「講演部門は!」
ドラムロールの効果音が流れる。そして…。
ジャーン!
「三年い組、座頭壱!」
例のたけし映画で知られる下駄タッピングを行ったクラスらしい。らしいと言うのも、俺は見ていないからな。
「クラス代表者は前に出てください!」
三年い組の代表者がステージ上に行く。
兼次はその代表者にトロフィーを授与する。ステージ上にいない三年い組の人達は大騒ぎだった。
「続いて食・物販部門は!」
「ついにきたですわね」
「新撰組の実力を見せてやる」
「ラムちゃんは負けないよ〜」
代表者がステージ上から下り、会場が落ち着いた所で兼次が言った。そして先程と同様ドラムロールの後−−。
ジャーン!
「三年ほ組、ラーメンほ組屋!」
それを聞いたと同時に、俺達は全員落胆した。これで俺達に残るのは米沢グランプリのみ。もう後はない。
「続いてその他部門は!」
ジャーン!
「ミスターAと、ミスターNによるスピリチュアルカウンセリング。オーラの湖!」
うへぇぇぇ!!!
「いやいやどうもどうも。グツリアイカサでーす!」
「わしはサマオナイイじゃーい!」
例の二人が出てきた。どうしてここにいるんだろうな。
「何か一言ありますか?」
「ケチャップカラス!!!」
意味がわからん。
「ウナライトカタカナカナカマタクウアタラナーイ」
何語だよ。何気に、占いなかなか当たらなーい、って言ってるし。
「あの二人なら納得ですわね」
「そうだな」
「え、明日香も涼子もトラウマになったんじゃ…」
「それがいいんですのよ」
「その通りだ」
洗脳と、言うやつか…。
「そして米沢グランプリは俺達だー!」
酷いフライングー!!!
「代表者は前田慶二!」
俺!?
「何か一言」
「ミスターAと、ミスターNは死ね」
「ありがとうございましたー!」
俺はステージ上から、元の場所に戻った。
「さすが兼次さんですわ。読者は私達がグランプリを取るって分かりきっていた最中」
「分かりきった事を勿体振っても、仕方ないと考えたんだろうな」
「成る程。読者のことを考えてる司会でござるな」
俺には何とも言えないな…。
「さあ続いては、ミスミスミスミスミスッター米沢だー!」
ミスった? スミス?
「ランキングは五位から発表します。そしてその人にはステージ上に出てもらって、何か一言をいってもらいます!」
会場の盛り上がり方は尋常じゃなかった。勿論俺は、後の事を考えるとテンションなんて上がりようがなかったのだが。
「ミス・ミスター五位はっ!」
ジャーン!
「三年は組、鬼小島玲奈さんと、二年は組大空大地君! 二人は前に出てきてくださーい!」
五位はどちらも知っている人だったが…。
ステージ上に出てきたのは、ヤンキーとキスマークだらけの男だった。
「これは酷いキスマークですね。ファンクラブの人達にやられたんですか?」
「カノジョタチハ、スウコウナニンゲンデス」
うぉぉぉい!!!洗脳されてるよ!!!
「そうですか。それでは一言どうぞ」
まず玲奈さんがマイクを持った。
「おいテメエら! 慶二様に手を出すんじゃねえぞ! あの人は私の王子様だからな!」
会場が凍り付いた。
「はい、ありがとうございましたー! それじゃあ次は大地!」
「カノジョタチハ、スウコウナニンゲンデス」
「はい、ありがとうございましたー!」
大地やばいってやばいって!!!
「続いて第四位!」
兼次は切り替えて言った。続いては四位の発表のようだ。
ジャーン!
「二年は組の島兼次こと俺と、二年は組の五十嵐沙織里こと俺の女!」
早送りしようか。
「続いて第三位!」
読者も見たくなかったでしょ? え、見たかった?
ドンマイ。
ジャーン!
「二年は組愛川七美さん、二年へ組吉川隆景さん」
お、七美か。それは妥当な結果だろうな。
そうして二人はステージ上に立った。しかし吉川って奴、顔がめちゃめちゃカッコイイ。
「じゃあ一言!」
「慶二〜♪」
七美は俺に手を振ってきた。周りにいる人達の視線が痛い。
「ありがとうございましたー! それじゃあ二人共戻って−−」
「−−待ちたまへ!」
吉川…。そういう人間だったのか…。待ちたまへって、へって。
「え、何? お前も何か言いたいの?」
「失礼じゃないか。僕の言葉を心待ちにしているハニー達に、失礼じゃないか」
「はい、ありがとうございましたー!」
「だから待てって言っているだろう!」
「いや、今一言言ったじゃん。つーか手を離せよ、気持ち悪い」
「僕に一言言わせるんだ」
二人は一分ほど戦った。そして兼次は諦めてマイクを吉川に渡した。
「僕に投票−−」
「−−続いては第二位です!!!」
「おい、ちょっと兼次!」
効果音担当の人も兼次に味方し、ドラムロール音が流れた。吉川はまだごちゃごちゃ言っているが、無視。
「そして第二位がっ!」
ジャーン!
「二年は組伊勢里美と、二年は組前田慶二!」
俺ランクインしてたのっ!?
「行こう、慶二」
「え、やっぱり行くのか?」
「当たり前じゃないの!」
俺は里美に連れられ、再びステージ上に上った。前回上った時と違って、視線の刃が俺を貫く。非常に恥ずかしい。
「はい、この有名な美男美女幼なじみの二人です」
会場から、ヒューヒュー。と聞こえてくる。
「それじゃあ皆さん、この二人に何をしてほしいですか?」
一言言うだけじゃなかったのか!!!
「手を繋ぐー!」
それならなんとか…。
「それじゃあ温い! 二人には抱き合ってもらおう」
「そのまま踊るとかー」
会場はどんどんエスカレートしていく。
そして−−。
「抱き合ってキスとかー!」
「採用!」
「おい兼次! どうしてそんな案を採用するんだ!」
「慶二、里美の顔を見てみろよ」
「あ? 里美も何か言ってや−−」
俺は里美の援軍を期待し、里美の方を見たのだが。
「ん〜」
「バカヤロウ!」
「いったーい!」
里美はキスを待ち構えていた。俺はそんな里美の頭を叩いた。
「まあいいや。お二人さん、一言言ってくれや」
急に適当になったな。
「えーっと。私に投票してくれて、ありがとうございました」
「ミスターAとミスターNは死ね」
「はい、ありがとうございましたー!」
そして兼次は俺の側に来て、耳打ちをした。
「今すぐ女装しろ。七美にはいってあるからな」
「分かったよ」
俺はステージ裏で女装をし始めた。
「さて、みなさんお待ちかね。一位の発表でーす!」
会場が、人工サウンドに揺れる。この建物が偽装建築じゃなくてよかったよ。
「その前に、十位から五位まで発表します。呼ばれても前には出ないでね」
俺は化粧をされながら耳を傾けた。
「十位、川岸澪…八位、五十嵐詩織里…七位、北条院明日香…六位、石田成美」
みんなそれぞれランクインしていた。しかし、涼子の名前が無い。まさか一位か!?
「それではミスター米沢、一位の発表です!」
ジャーン
「二年は組、御堂涼子!」
そっちの一位か…!!!
「はい、これが賞品だ。皆さん拍手!」
兼次は涼子に賞品を渡したらしく、会場中に拍手の嵐が巻き起こる。
「涼子、何か一言」
「私は女の子だ…」
「はい、その通りです。ありがとうございましたー!」
「よし、女装完了」
「ありがとう七美。しかし一位は誰だろうな」
「さあ♪」
「それでは一位の発表です! そして今回、最後のバンド演奏のボーカリストが一位ということで、発表と同時にバンド演奏を行います」
俺はこの時、罰ゲームの理由が分かった。
「それでは一位の紹介です!!!」
ジャーン!
「二年は組、菌ちゃんこと…!」
「どうも、前田慶二です…」
そう、俺は元々おおとりバンドのボーカリストだったのだ。この事は文化祭委員と俺しか知らない。そしてあの時、兼次に言われた罰の内容は、最後は女装でやれ。こういう事だったんですね。
そして、どこからかメンバーと楽器が一緒に登場し、そのまま演奏が始まった。
どうやらみんなショックだったらしく、演奏中に、男だったのか。とか、男でもいいや。とか、慶二君かわいいー。とかの声がちらほら聞こえてきた。
ギターを弾きながら、歌いながら、それらの声を聞きながら。俺の米沢初の文化祭は幕を閉じた。
「何か一言」
「ミスターAとミスターNは死ね」